その47
二十八日にも及ぶ照手こと僕のメンテナンスを終えて、僕らは地下道を歩いていた。狭い空間特有の入り込む風に吹かれながら、暗黒の奥へと突き進んでいる。目隠しでもされている気分である。足場は簡単に躓かせるための岩の凹凸で溢れており、それも靴から湿りと足首に飛びつく水滴からして水の膜で覆われているのだろうと推察される。油断すればたちまち躓くなり滑るなりして転けそうなのでじっくり足場確認して歩きたいのだが、「少年」は熟練度の高さからか早歩きのペースでぐんぐん先へ行ってしまうからそうもいかない。必死に食らいつき、時には無様に転倒し、疲労と妬みばかりで僕を再構成しながら出口の到来を待った。
地下道だけでも本来僕に縁のなかった場所であるが、どうもこの「少年」はどこかしらのコンクールに参加するつもりらしかった。そこで照手こと僕はお披露目になるらしい。僕自身がテルテに求めたことは別の形で承認欲求を満たすつもりのようだ。しかし他人というものの価値判断など、些細な不運で左右される繊細に繊細を束ねた代物で忌々しいもの。それも少数派に属するであろう僕なんかならば、審査員はまともに僕を見ようともしないのではないか。もっとも見られたところで賞賛される出来ではない。まだテルテを出品する方が期待値は高いはずだ。
しかし「少年」は君は自信作だと僕に言うだけではなく、一人嬉しそうに呟いてもいるのである。
それまでにいくらの人造人間が試行錯誤の過程で造られたのかと考え出し、ついでに転倒した。ハンコに朱肉を染み込ませるように前半身が水浸しになった。僕は残念ながら試行錯誤も何もテルテだけしか造ったと思える人形はない。テルイチだのめるめだのは自然発生に近いと言っていい。テルイチは水をかけられて消されたが、めるめは今もどこかで活動しているかもしれず、コンクールで思わぬ再会を果たす可能性もある。
「少年」にこれまで造った人形について尋ねようとして、
「君、臭いな」
と冷たく押し潰された。話したくないことなのか、それとも文字通り僕から伝播する臭いがあまりに酷いのか……でもそれは自業自得だろう。僕を構成する素材に無難な砂を差し置いて、腐った魚を使ったのだから腐った臭いがするのは当然である。砂にしておけと言う機会はあったし、数回は強引に切り出したというのに、とうとう臭いまま人前に出なければならないのはどうしたことか。繰り返されたメンテナンスにおいて一度も手をつけようとしなかった臭いに、ここにきて言及するのはどうしたことだろう。
この日までに毎日何度も何度も聞かされている臭いの言葉は、僕の発言を遮るための便利ワードになっているのではと疑心暗鬼になっている。悪臭を彼自身の魔術で追い払えそうに思うのだが、全くその素振りはない。ただ臭い臭いと言ってそれで問題は自己完結してしまう。
一方で僕自身はこの悪臭にあまり抵抗がない。というよりは、全く感じない。彼が臭いというから僕は臭いのかと知っただけのことである。魂をこの魚に閉じ込められるまでは吐き気にも似た拒否反応が鳴り止まなかったというのに、自分自身が拒否反応そのものになってしまったゆえだろう。実体のある体の有無が原因という見方もある。
「少年」は勝手に話し始めた。
「知っての通り、この地域では魔術士の取り締まりが厳しくてね。どうしても地下だとか、山奥だとかそんな場所にでないと大規模な集まりを作れないんだな。それでいて取り締まる側の正体も魔術士なんだよ。だから、集まりに国のスパイが紛れ込んでいると大騒ぎになる。もっとも俺のような悪知恵が働くと、役人が来るのを見越して、そいつらを次の人造人間の素材にしてしまうんだがな。野放しにしたらこっちがやられるからか、役人を人体実験台にしてもそんなに罪悪感はないしな。気兼ねなく使い捨てできるから楽しい。
ところで君は人造人間と人形をあたかも同じ言葉のように使っているがね、それはどうかと思うよ。俺に言わせれば人形の中に人造人間があるという感覚かな。人形というのはぬいぐるみなんかに代表されるように用途が非常に限定的なんだよ。だから想定されていない活用法にはめっぽう弱い。ぬいぐるみをカカシとして使おうとして見事に失敗した話を何度か耳にしたことがあるよ。観賞用なんか子供におもちゃとして与えたら数日で壊れたとか言う。
じゃあ人造人間はどうなんだって言うと、それこそ人間の模倣なんだから多方面の用途が期待されているな。先の例に合わせるなら観賞用かつ子供のおもちゃかつカカシ、どれもこなせることが求められる。どれも中途半端なのは論外だよ、何の役にも立たないなら人造ゴミだね。人造人間と人間との違いと言ってもね、極言すれば人造人間なんてのは人工の奴隷なんだ。人工のペットでもあるだろうな。
そしてその無機的構造ゆえに叛乱の心配はないってのが最大の強みのはずだ。はずなのだが、叛乱は何も人造人間そのものが引き起こすばかりではなく、その人造人間に勝手に期待して勝手に裏切られる自滅のケースもあるからね。勝手に失望して生きたまま死んでしまうんだ。だから叛乱0%にはできそうもない。
自滅だなんて言うと滑稽な響きかもしれないがね、これは気の毒でもあるんだよ。人間っていうのはどうしても魂を自分の体に縛り付けられているだろ。人間はその不可分の体の翻訳を通してしか物事を捉えられない。他人の体で翻訳できない。だからプラスエックスという言葉がなぜかプラスアルファに変態して伝わるような事態が起こるんだ。発言者の体で発言を翻訳できれば、意思疎通なんかずっと簡単になるだろうと思うけどね。
それが叶わないなら、代わりに他人の体という文脈に俺たちはたくさん接して、観察するべきなんだよ。その一案として、自滅対策として、俺は人造人間というものに期待しているんだ」
だから僕という存在に期待しているわけだと僕が言い切る前に、
「自分の体の文脈に近い世界に閉じこもればコミュニケーションに苦しむことは減る。人造人間はその負の作用を促進する可能性もある。人造人間を飼う人間の大半はその負の作用に欲求を重ねるんだろうね。馬鹿馬鹿しい。折角の練習用の人間なんだから勢いに任せて壊しても道徳的に問題はないのだし、あれこれ試してほしいものだよ」
肉体と魂が分離した今、もはや自分が人間だと証明することは根拠が僕の言葉しかない以上、できそうもなかった。しかし人間の魂を持つ僕からすれば、使い捨て扱いされるのは看過できない話である。使い捨てにしていいと言う「少年」の前提は人造人間の中身が人間ではないというためだ。そこを指摘してやれば、発想を変えてくれるかもしれないと、僕はあれこれ言葉を組み立てていたのだが、
「少年」の勇ましい放屁が地下道一面に鳴り響き、それで言葉は放屁ばかりを話題にしてしまうせいでしばらく役に立たなくなってしまった。




