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一人称彼女  作者: さみうち まつも
待っている 第八章
46/55

その4(46)

 少年はバケツからXモドキを全て地面に流した。まだ跳ねるだけの元気をもったのが数匹いた。そんなことを観察できていることから分かるように、僕は霊になっても視力があった。


 ……がそこまでだった。ピントの合っていた視界が突然ピントが合わなくなってぼやけ出した。眼を細めて対処しようとして、いつまでも細められない。そうか、今は目という物体はここにないのだと気づく前に、目の前に広がるのは暗黒のみとなった。とうとう見ることさえ出来なくなったのだった。


 近くにいる二人の声も物音もしないのだから、音も聞こえていないであろうし、とうとう自分も死んでしまったのだという気になり始めていた。ただ、悪臭が僕の嗅覚をないはずなのに刺激していた。見えない聞こえない中で、Xモドキの臭さだけはしっかりと認識することができていたのだ。巨漢の臭い息を吹きかけられるイメージが色鮮やかに広がっていった。最悪だ。


 直後に臭いの往復が始まった(と思われる)。崖の方に少年が戻ろうとする度に魚の臭いがした。しかしそれはXモドキではなく、あの川辺に生息する中でも食える魚の腐った臭いだった。何度か食べきれない分を保存しようとして、失敗した経験があるから間違いない。少年もまた魚を保存しようとしたのだろう。しかし臭いからして、僕より上質の魔術が使える少年も、魚の保存に関しては素人のようだ。


 ひょっとすると僕から奪った魚なのかもしれない。Xモドキを流したところに臭いが溜まっていくのを感じ、吐くものがないのに吐き気が催してきた。よくもまあこんな臭い空間で作業を続けられると思う。というか実体がない僕がどうして臭いに苦しんでいるのかさっぱりだ。


 臭いに苦しんで二時間以上は経ったと思われる。少年が元の体に戻る手がかりかもしれないことを忘れて、僕はその場を離れようとした。臭いのあまり、頭がおかしくなりそうで耐えきれなかったのだ(物理的に考えれば、既におかしくなる頭などなかった)。


 しかし臭いは遠ざかるどころか、こちらに迫ってきた。悪臭が僕に投げキッスをしているような雰囲気である。そんな馬鹿な話があるか、と思うのは当然だろう。だがそんな馬鹿な話なのだ。見えていないから、嗅覚を頼りに説明するしかないのが原因かもしれない。


 僕という魂は池に投げ込まれた大きな餌の塊の扱いを受けた。つまり僕という餌にたくさん魚が直進で迫ってくるイメージだ。魂という観念的存在が物体のように、魚に食われ、食われる度にポロポロと溢れていく感覚に襲われた。くすぐったいどころか、飢えて獰猛になっている魚に齧られている気分だから不快極まりない。それに臭い。


 その臭さが頂点に達した。僕は殺意を持った衝動を完成させ、破壊を望んだ。まだ実体があった頃のように、壁か何かを殴りつけたくて仕方がない無邪気な八つ当たりの衝動である。


 衝動の最中、八つ当たりしようとして、テルテの笑う姿を思い出した。目が見えなくとも、記憶は色を持っていた。


「自分が誰か分かる?」


 その直後の問いかけがこれだ。目の前にはテルテがいるのだとばかり思っていた。今思えば意識がはっきりしていない時点である。


「僕だよ、僕。分かるだろ」


 まだはっきり見えていないが、テルテ相手には十分な返事をした。テルテが相手ならばの話だが。先程までいた場所のことはすっかり忘れていた。


「そうとも君の名前は照手だ。まさか教えなくてもいろいろ知ってる?」


「テルテだって!君はテルテを知っているのか」


「そりゃまあ、君を造ったのは俺だし。照手の名付け親だし」


 ニブイチではない!テルテとして扱われている!それも、僕がテルテにはじめて話かけたあのときのように!


 理解しがたいこの現状に強く引っかかり、その摩擦がトリガーとなって、僕の失われた感覚を蘇らせた。


 眼前には少年と背を向けている女がいた。今のやりとりからして少年の声だったのだと知った。


 下を向いた。ニブイチの体ではなかった。僕が宿る体はテルテが砂でできていたように、魚でできていた。しかしどの魚も死んだ物体と化していた。少年には単に人間の肉体として映っているのだろうか。


 テルテは砂でできた体を見て何を思ったのだろうか。僕はこんな体に縛り付けられて、酷く屈辱的だった。以前のように体毛を操れるなら、少年の口に体毛を流し込みたいくらいだ。



 しかしこれ以降、僕は照手として生きていくことになった。かつて理想の女性としてテルテを造った僕が、少年に理想の存在として造られ、それにふさわしい振る舞いを求められた、というわけである。




リポーターA(以下、A) <……なんなんですかこれは。私たちはニブイチで呼ばせておきながら、実は照手だったと>


 少年はそう呼んでいたけれど、僕はニブイチであることを捨てた覚えはないからね。


リポーターB(以下、B) <この世界には人造人間に、てるて関連の名前をつけないといけないルールでもあるんですか>


 そんなの知らないよ(笑)。たまたまだよ。僕が造った人形にはテルイチだのめるめだのそのルール外もいるでしょう。


B<その二体は造ろうしたんじゃなくて、なぜか造っていた二体ですよ。経緯からして例外的だ>


 そう言われると、返す言葉がないなあ。


A<その二体のように無意識に人形が造られることは、めるめ以降あったのですか?>


 なかった。というか、あるはずがないんだよ。川辺で魚獲りをしている時点で、もう使えなくなってた。なんたって自分の体を維持するために持続的に魔術を施さないといけなかったからさ。


A<だから少年の魔術に実体を奪われたとは限らないわけですか>


 そうそう。別の可能性がある。


B<その二つの可能性なら、少年にしてやられた方がいいような気がします。体が捨ててあるなら拾えばいいが、メルメの魔術でバラバラにされれば、それこそ元の体に戻りようがない>

 

 そこらへんの話はまた今度。


 

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