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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第七章 そして街は……
41/55

その5(41)

 宿で会話をするうちに、夕暮れ時は終わり、外が真っ暗な夜となった。外に街灯は皆無なのに加え、この日に限って言えば、上空を雲という雲で敷き詰められているために、月明かりすらあてにならないという具合であった。


 めるめはドアに手をかけた。すると()()以前と違って簡単に開き、内部と外部の隔たりは蓋然性のみとなった。要は地球上でありふれているドアに変貌したということだ。それはメルメの魔術が修復されていない状態を意味する。


「どうです、気分転換に散歩でもいかがですか」


 めるめは宿の女に冗談半分で勧めた。外からぬるい風が流れ込み、気の抜けた音を背景に、女の長い髪は小気味よく踊り出した。室内の清掃中だった女は、一瞬痙攣したかのように反応してドアに向かい、めるめを静かに引きはがし、静かにドアを閉めた。


「困ります……街の秩序が壊れてしまうじゃないですか」女はめるめを咎めた。


「すす、一度壊してしまわないと、新しい秩序は浸透させられないでしょう。今のままではいられません。分かりますよね。ドアの開閉が任意になった以上、その前提で生活する様式に、自分自身を再構築しなければならないのです」


「再構築……そういえば私自身は動いていないのに、遠くから物音が聞こえるようになった気がします」


「それは我々の誰か立てた音ではありませんか」


「いいえ……その音ではないと思うんです……例えるなら、近隣の家から漏れ出ているかのような……」


 例えというより、それが答えな気がしていると、実際にテルテが検証しようと、壁に耳をすませていた。


その結果、

「確かに聞こえています。なんでも室内作物の発育が悪くなったとかで、その責任を巡って喧嘩の真っ最中ですね」


「え……作物の発育が悪い……そんな……」


 女は何かに急き立てられているかのようにして奥の部屋に消えていった。

 

 それを見たテルテは、一瞬にして、部屋の中央の僕との間合いを詰め、


「ねえ、外で走り回ってもいいかな。街の人々の傾向が分かるかもしれないし」


 却下した。女に対する迷惑を、さらに増やしてしまう懸念があるのだから、当然と言えば当然だろう。

女がいるときには触れないようにしていたいのだが、僕らは勝手に人の家に上がり込んでおいて、我が物顔で居座っているのだから、最低限マナーを守り、女を必要以上に不快にはさせたくないのだ。



A<いやいや、悪いことをしている意識があるのなら、さっさと出ていけばいいのではないですか。強引に宿を借りずとも、自分自身とサカの防衛を、テルテに任せれば済む話でしょうに>


B<それはメルメを過小評価しすぎですよ。もっともニブイチ氏が女の発言力が弱弱しいことに甘んじているのはいただけないですが>



 女が奥の部屋から戻ってきて、作物について話してくれるものとばかり思っていたのだが、女は雲隠れでもしたのかのように気配が消え、こちらに戻ってきそうになかった。時間の経過とともに僕は退屈になっていった。そこでようやくサカが上の階にいたことを思い出し、階段に足をかけるに至ったのだった。


 横目で部屋を眺めたとき、テルテとめるめがにらみ合っていた。



 上の階にいたサカは窓にへばりつき、外を眺めているらしかった。昨日の今日だからまだ人が多く外出しているとは思えないし、静画のように変化のしない外に関心があるのは意外だった。この部屋はそれ程までに遊び用がないのかと、少し考え込んでしまった。


 サカは僕の気配に気づいて振り返ったのだが、室内と外との光量のギャップからまぶしそうにしながらも、野生動物が人を見つけたかのように警戒しつつ、


「テルテは本当にサカを殺したの」


「殺していないよ。造るときに殺人できないように仕込んでおいたんだ。だからそんなことをできるはずがない」


 嘘だ。そこまで考慮してテルテを造る技量はなかったし、今もない。脇毛の一本すら言うことを聞いてくれるか怪しいレベルなのだ。しかしこう言い切った方が、「僕はテルテを信じている」と言うよりも信用してくれるであろうと僕なりに考えた結果だった。


「メルメがおれに嘘をついたってことだね」


「そうとも。メルメは悪いやつなんだ。あんなやつの言うことなんか一文字も覚えちゃいけないよ」


 これも嘘だ。むしろ僕の方が嘘しか言っていない。



A<とんだほら吹きくそ野郎ですね>



「じゃあ、エブは今も生きているの」


「ああ。ここじゃないどこかで生きているよ」


 勢いに任せて言ってしまったが、果たしてこんな返答でよかったのだろうか。下手に期待を持たせてしまったときの方が、落胆するときの衝撃は大きくなってしまうのだから。


 そんな僕の心配など知らず、サカはようやく警戒をやめ、今度は懐いたペットのような雰囲気で話したかったであろうことを話し出した。


「前にいたエブとネーテの人形が欲しいな」


「外なんか見ても何も面白くないだろうに」


「外?外はね、ドアがおもしろいよ」


 サカに促されるままに、外を覗いた。目が慣れるまでは黒の折り紙でも凝視しているような気分だった。目が暗闇に慣れてくると、建ち並ぶ家の姿が確認できるようになった。次にサカの指摘したとおりにドアの方に目をやると、いくつかのドアがひとりでに開いたり、閉じたりしているのだった。


 それもあっちが開けばこっちは閉まるというふうにリズミカルである。ドアの開き具合も示し合わせたように、同じ具合で人ひとり出入りするのは困難な幅。音といえばドアを流れる空気の流れが主役だった。僕の予想を超え、街の人たちは魔術から解放されてまだ一日経つか経たないかというのに、街の変化に気づいていたのである。この街は既に夕暮れの街ではなくなりつつあったのだ。


 これはね、内側から人がドアを動かして遊んでいるのだと言おうとした矢先、宿の女が外を歩いているのを発見して、用意した言葉は口から吐き出されずに終わった。

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