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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第一章 人造の少女
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その4

 テルテは確かにそう言った。少しドスを利かせていたような気がした。話をまとめると、ネーテとルタは母親に薬を飲ませて看病しているはずが、逆に苦しめる結果を招いているということになる。それが二人の本来の目的ならば、僕は彼らの印象を改めなければならない。ちょっとした小悪党とばかり思っていたが、その実は陰湿な悪人であったと。

 それでそのあとはどうなる?

 ここで正義の拳をふるったり、正論を述べたりしたところで、薬を飲ませるのをやめるだろうか。最悪金は盗みを繰り返せば薬代は作ることができるだろう。そのため僕が薬をそして金貨を取り上げたところで、彼らの意思次第ではトカゲの尻尾切りにしかならないわけだ。

 いや、それよりもそんな犯行に首を突っ込んだ僕らは平凡な生活を続けられるのだろうか。テルテが勝手に始めて、釣られて僕もこうして関係者になってしまった。僕はその薬がぼったくりであるか薬でも何でもないブツであることを期待してテルテに向かわせたが、やはり浅はかな判断であったと言わざるを得ない。

 いずれにせよ、これらの不安はネーテとルタが故意にしていたことが前提である。そうすると今度はファスという男について考えたくなるが……。

 さて、その決め手となるネーテの反応だが、これがなかなかアグレッシブなものでテルテに掴みかかったのだった。先程のような下手な芝居ではなく、瞼を切り詰めて目を広げ、素の感情が剥き出しになっていた。

「ふざけるな。それじゃあおれたちが母ちゃんを殺そうとしていたことになるじゃないか」

 テルテはネーテを振り払っただけで何も言わず、僕の方を向いた。それまで明るい顔しか目の当たりにしていなかったせいでもあるだろうが、テルテの顔は無機的で虚無感を放散していた。

「ニブイチさん、帰りましょう」

「買い物させてくれないか」

 テルテはこれにも返事をせず、ただ僕の手首を強く握りて歩き始めた。買い物はさせてくれないらしい。

「おい待てよ、あんたらから突っかかっておいて、用が済んだら即退散なんていい加減にも程がある。馬鹿にしやがって。薬を返せよお、返せったらあ」


 この対応には驚いたが、テルテの口から聞かずともこの件が危険な匂いをもっていることは間違いないことは分かった。テルテは早足でぐんぐん進んでいくので、引っ張られる僕は中腰のような姿勢から立て直せず、今にも転けてしまいそうだった。そんな状況のままテルテが声を発した。

「さあ、どうだった?感想を聞かせてよ」

 深刻な問題だな……待てよ、感想?今までの一連の出来事が芝居みたいな言い方じゃないか。

「バレちゃったか。言っても薬の部分だけだけどね。あれは普通の薬で間違いないでしょう」

「まさか、嘘をついてわざとネーテを怒らせたのか?子供に対する仕打ちにしてはやりすぎだ」

「そうかも、ルタの方は泣かせちゃった。ニブイチさんの物を盗んだ上に売り払おうとしてたから黙ってられなくて」

「僕が君を造った動機を知っているくらいだから、僕の使える魔術に盗む能力があるのは知っているだろ。あれでね、売ってできたお金くらいは取り返してやろうと思ったんだ」

 そこでやっとテルテは足を止めた。慣性力で僕は足をついた。テルテの顔からは虚無という氷が溶けはじめていた。

「それを期待して踏み止まった方がよかったのか。まあ、それはそうか。君は事を荒立てたくないし、強かさがあるんだったね。私にはないなあ。悪いけど、あの二人に顔を合わせて、平気な顔していられる自信はない」

「何とかするよ」

 テルテには反省してほしいが、沈んだ表情をいつまでも見たくなかったので一つ褒めることにした。

「にしても、よく僕の物だって匂いで分かったなあ。それも鼻に近づけないで。すごいよ」

 テルテはそのまま満開の笑顔になりかけて、なりきらなかった。自らそうなるのを抑えていた。先の件を気にして自粛しているに違いない。いい傾向だと信じたい。

 それはそれとして、面倒なことになってしまったものだ。テルテは見方によれば僕の「子供」である。子供のことで詫びるのは決まって保護者の勤めだろう。テルテには彼女として対等な関係になってほしいが、ここはひとつ我慢するしかない。妙な話が広まってしまう前に二人に謝っておこう。薬も勿論返しておこう。


 痛む手首をさすりながら、ネーテが追って来てはいないか見回した。テルテに引っ張られて村の西側に位置する川の畔に来ていた。それほど速く歩いたわけではないし、歩きようがなかった。肉食動物にとってコスパの良い獲物だったはずだ。しかし姿はどこにもなく、それどころか周りに人はいなかった。日差しはまだギラギラしていた。

 そのまま二人して腰を下ろした。そのとき、手を地面につけようとして、土とは違う感触があった。見ると蝶の死骸だった。胴体が齧られており、これが致命傷になったのだろう。

 危険な匂いはますます強まってはいないかと、死骸を見ながら不安になった。




 

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