その3(39)
リポーターA(以下、A) <前後左右が窓で丸見えの空間の中に、なぜか閉じ込められてしまったニブイチ氏。魔術士メルメの仕業であろうが、何が目的なのかということがはっきりしないですね>
リポーターB(以下、B) <ニブイチ氏を閉じ込めている間に、サカを取り返すとか、テルテを破壊するとか。いやな方向性はいくらでも想定されますが……>
A<ニブイチ氏にとってサカはまだ可愛い子供で、テルテは大事な存在ですから、攻撃されるとニブイチ氏には辛いでしょうね。また『私の造り上げた世界を楽しんでくれ』という言葉からして、ニブイチ氏に働きかけるのは間違いないようです>
B<メルメが楽しむんでしょうに>
目を遊ばせる。四方からの光が窓を透過して僕の体に吸い込まれ、僕の体による影が三者三様ならぬ四者四様に広がっていた。光は方向によって強さがまばらであるために、影の濃さも一様からは程遠い。僕の正面、側面、背面(背面は首を回さないと見えない)と影の形が分かれている。もう少し目を凝らせば、四方の影を部分的に合成した影も見えるかもしれない。
退屈な時間であるはずがないのに、妙に落ち着いている。何か落ち着かされていると解釈すべきだろうか。普段の僕から焦燥感を減ずれば、今の自分となる気がする。
この空間に何もないはずがない。生活を営むための空間と考えるには、かけ離れすぎている。酔狂な趣味を持つメルメのような人間に、酔狂な目的のため作られた空間に決まっている。
「そうともさ、鳥籠の鳥みたいにペットとして飼われるのも一興だろう」
鳥籠なら餌やりのタイミングなどで、僅かながら外界との繋がりが生まれるわけだ。そこを狙えば、逃げ出せるだろうか。しかし窓の向こうの光源が妖しい。
「違うよ。逃げるんじゃなくて、ここで生きていくのさ。排泄等、人なら隠すものも残さず全てをメルメの眼球に晒し、自ら露出を進んでするんだよ。所有者のメルメに気に入られれば、たくさん構ってくれるようになるよ。悪くない生き方だと思わない?自分の存在意義というものが、メルメによって半永久的に保証されるんだよ。もう無意味な旅なんか必要ないし、テルテに無理矢理肯定してもらう痛ましい作業ともおさらばだ」
僕は自問自答をしているつもりでいた。テルテを造っているときは、自問自答の最盛期であったことを思い出す。耐えられる話し相手がいないから、仕方がない。他人からすれば、テルテの製作過程など、自慢話以上に退屈で自分に無関係な、ちんぷんかんぷんな話なのだ。今すぐにでも場を離れるか、別の話題に入りたくてうずうずしている相手に話続けるのは、聞き手もそうだが、話し手の僕からしても苦味を享受せずにはいられない。
今の感覚は、経験したことのあるその苦味だった。要するに僕は自問自答をしているようで、自問自答らしいものをしているだけだったということである。自答になりすました何者かがこの場に居座っていることは確かだった。何者だ。
「メルメのペットになれよ。主体を失うことはそれほど恐ろしいことではないよ。主体を無理して持ち続ける方が、断然苦しくて虚しいことだよ。脳死なんて表現もされるけども、カラッとしていて最高さ」
さて、この何者かは僕の自問に対応せず、一方的に語り続けている。問いかけをこの何者かに向けたとして、何か発展しそうな気がしない。
「そうだね。発展しそうなことといえば、サカがメルメのおもちゃとして使い捨てられて、テルテが無惨に壊されるくらいだよね」
これまでの向きとは対角線上の方向からの声が優しく響いた。何者は単数ではなく、複数のようである。
「ねえ、ペットを飼う側の人間が飼われる側になってはいけない理由なんかないよ。歴史の偉人だって現代人のペットみたいなもんだろ。当時の価値観はそっちのけで現代の勝手な判断で評価されたり、非難されたりしている。んでもって異名を、これまた勝手に名札に書き加えられるんだ。そうして何かの象徴として持て囃される。同様に、ペットは飼い主にとっての象徴になれるんだ。
みんな歴史に(分かるはずがないのに)事実を求めているように見えるだろ。でも事実そのものに興味があるとは思えんな。強いて言うなれば、相手を出し抜く引き出しの一つとして事実が欲しいんだと思うね。叩き棒と言ってもいい。ペットていうのは飼い主専用の棒と言い直せるね。棒になるということは役割を得るということだ。存在意義を得るということだ。悪くないだろう」
と囁くように言った。
僕にも棒はある。テルテとスートとテルイチの三体とその他大勢。
「サカもその中に入るでしょう。既にスートは折れました。サカとテルテという棒もじきに折れますよ」
と優しくゆっくりと言った。
言われた通り棒を失えば、存在意義の消失の危機に僕はいるのだろうか。
「だからこそ、お前自身が棒になってしまえばいいんじゃないか」
そう言うが、棒の悲劇は誰にも相手にされず、放置されてしまう可能性である。友人の魔術士は、魔術を使えるうちこそ扱いは最低限保証されていたが、使えなくなった途端、ゴミのように投げ捨てられた。あんな結末を僕は欲していない。
「君だってテルテがダメになったら捨てるだろう。それを躊躇わないように、テルテには捨てろと言わせているわけだし」
「サカや詩人の扱いときたらどうだ。放っておいてもよかっただろうに。助けようとした理由なんて、結局惰性でしょう。以前の状況を取り戻したいなんていうだけで。でもね、別に取り戻さなくたって案外生きていけるもんだよ。特にお前はテルテさえいればいいんだからな。そのテルテすら、造りなおせるような代物だ」
左右から新たに声が加わった。僕の行動が洗われ、行動の多くが否定されている。まるで僕はこの街に行く必要がなかったような……しかし元の村に居場所をなくし、別の場所に居場所を求めているわけだ。
「本当にそんなものはいるのかな。魔術で人のいない山奥に家を建てれば居場所は設けられる」
人造人間を造ることはできても家を建てる魔術は持ち合わせていない。
「その造ることのできる人造人間に家を建てさせればいい」
確かにそれなら不可能ではない。窓の光は全体的に強まった気がする。穏やかな生活はすぐ近くにあったのだ。
しかしそれが穏やかの意味だったのか?穏やかとは、それほどまでに退屈な閑散としたものを示すのだとしたら、僕はそんなものを望んではいない。
では僕は何を望んでいる?
………………
「もしや何も望んでいないのか。望まないことを望んでいるのか。何もかもテルテで十分か」
「望んでいたとしてもそれは目安でしかない……」
「意味などない。あってはならない」
「テルテすらも数多の棒の一つに過ぎない。アガガ……イミハスベテムイミヘトカエルベシ」
窓にヒビが入る音がした。まだ足りていない。僕自身すらもその棒の一つなんだよ。既に棒でもある。テルテは僕のための棒であると同時に、僕はテルテのための棒なのだ。
窓が悲鳴を上げながら崩れた。四方全てが壁としての役割を失い、光源は直接僕に光を当てている。
なけなしの魔術を構築しながら、僕は光源に向かって歩き出す。
『君から聞きだそうとした私が愚かだった。冷めた奴め、テルテで満足か。そうかそうか。テルテにも限界はあるのにな……』
そんな声が聞こえた気がした。
B<ニブイチ氏の魔術が窓を破壊したのでしょうか。それともこの口論未満の何かが決着したのでしょうか。第三の可能性もありますが……。
ニブイチ氏のいる場所が街のどこか気になるところですが、それは次回にて>




