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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第六章 見えない中で
30/55

その1(30)

 僕はテルテとスートをこちらに集め、

「魔術によって自我をもった(僕の)体毛が隙間から屋敷に潜入している。サカと詩人の救出はこの毛たちを利用して行う」

 と状況を説明した。馬に念仏を説明しても無意味だが、僧侶の耳に唱えるなら話は早い。二人への説明に言葉は多く必要にならなかった。

「この指に結ばれた毛で通信連絡ができるみたいなんだ」

 と説明を付け加えた。僕は魔術士だが、こんな魔術の使い方(使われたの方が正しいか)をしたのは初めてである。直後、脇毛1から連絡があった。


脇毛1『潜入した部屋が無人である』

僕「了解。まずは周囲の安全に気をつけるように」


「無人の部屋か……屋敷の人間の弱みを握れるかもしれないな」

 僕は二人に話を振ったつもりだった。

「何の話ですか?」

「何の話って毛が潜入した部屋のことだよ。報告する声が聞こえていただろ」

「私は聞こえなかったね」とテルテは肩をすくめた。スートは目を閉じて耳をすませ、目を開いて、

「わたくしにも聞こえませんでした」と返した。

 二人とも聞こえていなかったらしい。これでは相談ができないので、僕が音声信号を復唱するということで一応の補完とした。


 


陰毛1『この部屋は私と陰毛2で捜索を行う。他の者はそのドアの隙間から別の場所を捜索してくれ』

脇毛1『承知した。では私が先頭に立って移動しようではないか』


陰毛2『ニブイチ、ここにはベッド、箪笥、机、机の上にランプとよくわからないオブジェが置いてありますねえ』

僕「よくわからないで終わらせないで、なんとか説明してくれ。例えばこの部分は三角とか、全体を俯瞰してみると四角いとか」

陰毛2『そう言われてもねえ……。床からだと丁度隠れて見えないんすわ。これから机を登ってみます。それまで他の毛の報告を確認してくだせえ』

陰毛1『一度連絡を切る』


陰毛3『こちら移動組。うわ……廊下に犬がいるよ……』

尻毛1『まあ、大丈夫でしょ。死んだふりをしておけば、乗り切れる些細な問題さ……』

陰毛3『やべっ、犬に勘づかれましたあ』

僕「犬に気づかれたって問題ないよ。犬が毛に吠える気遣いはないんだし」

尻毛1『上手くやり過ごせればいいんだがね……。ただの毛だと思ってくれるかな』

僕「吠えるなよ……気にするなよ……」

陰毛3『いやもう吠えちゃってるんで……』

尻毛1『なんなら犬がなんか喋り出したよ』

僕「そりゃあ、犬だって喋ることはあるさ……え、犬が喋った!?」

陰毛3『仲良くしようや、って言ってます。というか、毛が言葉を話してもそんなに驚かなかったくせに、犬が話すと驚くのね』

僕「仲良くするならどうなるか、しないならどうなるかって順に聞いてごらんよ」

尻毛1『仲良くするなら仲良しとして対応をとり、そうでなければそれ相応の対応をとるんだとさ』

僕「もっと具体的に聞きたいな」

尻毛1『仲良し相手ならいくらでも話すが、そうでなければこれ以上話すことはないんだとさ』

僕「……難しいな」

陰毛3『このまま放っておいてもやばそうなんだけど。よだれを床に滴らせているし』

僕「そうだ、犬のいう「仲良し」の定義を聞いてみてくれ。誤解したくないからな」

陰毛3『それ聞いたらあとに引き返せないんじゃないかな……まあ、聞くよ。埒があかないとどうしようもないからね。ねえ、犬さん、あなたにとって「仲良し」の定義は何?』

犬『それはもちろん、自分の腹を見せられる関係さ!』

陰毛3『犬みたいなこと言うなあ。……って人が来ましたので、とりあえず隠れます!おい、つかむなよ犬さん!』

犬『まだ返事を聞いていないからネ。早くしないと、主人に何されるか分からないゾ。今日はゲストが二匹もいてヒリついているからさあ大変』


陰毛2『部屋の中から、面白い情報を見つけちゃいましたよ!』

尻毛1『危ないところなんだから割り込んで来るんじゃねえ!』

陰毛2『それが、犬に関してなんですがね』

尻毛1『犬なんかどうでも……犬か!?』

陰毛2『そいつ、日記によると元々人間だったみたいですよ。後天的に犬になったんだとか』

尻毛1『そんな病気、聞いたことがない』

犬『この屋敷の主人にね、してやられたんダ』

尻毛1『なるほど被害者ってわけか。この際だ、協力してやるから、その主人に一泡ふかせてみる気はないか?こっちとしてはその延長線上に目的があるのでね』

犬『くうーん、そいつは楽しそうだナ。仲良くやろうヤ。いいとこに連れてってやるよ!』

陰毛3『今度は何だよ!舐めるな!口の中に入れる気か……く、臭え!』

陰毛1『犬といる奴らが気になるが、こちらは部屋の探索を続ける。また情報が入り次第、報告する』




 ここで、通信が切れた。

 僕が真っ先に考えたのは、二匹という犬の言い方だった。サカと詩人の二人をわざと二匹と呼んだとすると、二人がまともな扱いされているだろうか。急ぎ手を打ちたい気持ちが高まる。

 音声のみの判断ではあるが、毛同士の仲は良好そうに聞こえた反面、同士の危機に対して反応が希薄だった。お互い自分の役割を果たすことを第一とするためなのか。このスタンスについては話し合い、僕は毛との距離感を掴んでいく必要がありそうである。

 あとは通信にも割り込んできた犬だろう。仲良くしようと勧誘する割に強引な印象が拭えない。毛のいくらかは犬に咥えられているようだが、どこに連れて行く気だろうか。屋敷の主人に引き渡す最悪の事態はないにしても、犬の独りよがりな行動に付き合わされそうで不安だ。




「全く、なんで救出なんてしようと思うのかね。本当に危険なのかは分からないし、妙な正義感なんか持ってるだけ毒だよ」

 僕の不安をよそに、僕の頭皮に居座る脇毛は平然と言った。この時間帯なら見られると言ってもせいぜいメルメくらいであるし、引っこ抜くのは後でもいいと放置していたらこのほざきようである。

「脇毛の分際で邪魔をするな」

「おいおい、脇毛は俺に限らず他にもいるだろうに。なあ、なんか名前つけてくれよ」

「じゃあワキガだね」

「わわわ……性格の悪さが滲み出たネーミングだね。俺は性悪のあんたから生えた毛なんだから、性悪でも仕方がないなあ」

 ワキガの言うことに全て反応するわけにもいかないと思い、無視した。舌を出し、空をレロレロした。




尻毛1『おい犬、いいところってのはこういうもんなのか?俺には屋敷の人間の視線がキツくて今にも粛清されそうな気がするんだが』

犬『誰にとっていいところか、解釈の余地があったね』

尻毛1『ニブイチ、俺たちもうダメかもしれない』

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