その5(27)
僕 (ニブイチ)→魔術士。
テルテ→ニブイチの造った人造人間。
スート→ニブイチをあるじ様と慕う。
メルメ→ニブイチらの前に立ちはだかる魔術士。
「その不審者面にかけた魔術を解いてくれよ」
テルテは抑揚なく魔術士メルメにそう言った。テルテは腕を組み、指先のひとつひとつが二の腕にめり込んでいた。不審者面は会話する面面を見ようと首を後ろに捻った姿勢のまま静止していた、と言うか僕のことなんだが、息がしにくかった。メルメの術のせいで僕の右手(文字通り。比喩ではない)はどこかへ行ってしまったし、ズボンは僕が履いたまま固まってしまっている。おかげで僕は脚を動かせないで仁王立ちしていた。
右手やズボンに魂が宿ったかのようだった。その延長線上で、首にも魂が宿るかもしれないと構えていられれば、こんな首を捻った姿勢をするはずがなかった。話す声と顔を一致させたいという単純な欲求を無意識に満たそうとしての動作、いや静止だった。
少し首の疲労を取ろうと正面を向こうとして、できなかった。首までもが自我を持ったのか固定されており、捻ったまま戻らなくなったのだ。まるで『見返り美人図』の女の中に閉じ込められ、女の片目の乏しい視界から口論の現場を伺っているような気分だった。テルテの言葉に沈黙したメルメは、
「おいスート、ニブイチについて全部ぶちまけろ」
「なぜ」スートは即答した。
「お前の仕事だろ。お前ならどうすれば最善か分かっているはずだ」
「あるじ様の一部であったわたくしに人間の姿を与えようが与えまいが、わたくしはあるじ様に仕えるだけのことです。あなたが分けてくださった知識はあるじ様のために使います」
「まさか、そいつと運命を共にするのか?」
「そうです。その結果滅びたとしてもわたくしは本望です。メルメ、あなたのために私は行動しません」
「ハハハ、一緒にいたところでそいつを見殺しにするだけだ。いや、見ることすら叶わないんじゃないのか?お前は誰かに使われるのが適任であって仕えることは向いていないだろう」
「あなただっててるてさんと釣り合わないことを承知で足掻いているではないですか」
と返すスートの言葉を無視してメルメは去ろうとした。しかし、しばしの沈黙のあと引き返し、
「人形風情が知った口を聞くな。私がその気になればスートよ、分かるな!」
「お好きなように。ですが人を物のように解体する変態趣味ならご自分の体でなさってはいかがですか。それなら誰も邪魔しませんよ」
「つまらん冗談だよ。私の身体はトカゲの尻尾のように代替のきくものじゃない。他者という実験台なら代わりはいくらでもいるのだがね」
「代わりがいるなら、わたくしに免じてあるじ様くらいは逃してくれてもいいでしょう」
「クモが蜘蛛の巣にかかった獲物を捨て置くと思うのか?そこの変なポーズをしているニブイチはね、食物連鎖な摂理に従って果てる餌なのさ」
確かに僕は食われる側でメルメは襲う側だろう。しかし、食われる側は何もされるがままに殺されはしない。死ぬその寸前まで抵抗して生き延びようとするものだ。僕はスートの返事を代行する形で、身体が自由に動かない分、言葉で暴れて殴りつけてやろうとした。
「クモだって獲物を食う側であるのと同時に天敵に食われる側だってことを忘れてはいないかな?この場を支配してご機嫌なのは結構なことだが、そんなことお構いなしに天敵は来るもんだ」
メルメは蔑みの視線と哀れみ微笑を返してきた。
「天敵?そんなものはいない。何だって私の魔術で分解しておしまいさ。お前もそうなる。私から逃げようたって、脚が頭や胴体を残して逃げるだけのことさ……ふふふ、楽しみだ。おっと、挨拶は大事だ。自然の恵みに感謝の気持ちを込めて、いただきます……だったかな。あとは大切に食べることだ。そうすりゃ食われた側も喜んでくれるだろうし!」
「もぬけの殻の物体に魂が宿る。そして魂がその物体を直接操縦する。僕にしたこれもある種の創造だよ。創造者は決まって被創造者に裁かれるもの。やがては君も苦しむだろうよッ!」
悔しくて言ってやったが、即座にテルテを造った僕も裁かれる側だと気づいてヒヤリとした。
「私が裁かれて欲しいようだな。浅いよ。創造者というのは誰にでも当てはまる。私のような魔術士に限らず、鍛冶屋だって作家だって……お前もだよ。しかしだね、そうした人は同時にお前の言葉で言う被創造者でもあるはずだ。子供に親がいてその親にも親がいるようにな」
そう返事をしたメルメは喋るにつれて声が大きくなっていた。機嫌が良いのだろう。いっそ街中に響き渡って羞恥の噂にでもなればいい。
僕もまた創造者である。
彼は僕の能力を知っているだろうか。返答からして知らなさそうだ。仮に知ったとして、僕の能力をどう解釈するだろう。
僕はメルメと同じ系統の魔術士ではないかと思うのだ。僕は砂を使ってテルテを造り上げた。彼は僕の肉体からスートなど別の生命体を生んでいる。プロセスは一致しないが、物体に魂を吹き込むことは共通しており、全く真似できないような気はしない。彼だって僕の術をその目でなぞってみればそう感じるのではないか。
いや彼にはできないだろう、僕の独自で開発した術が彼に使えるわけがないと言い切りたい気持ちがあった。僕のテルテを生んだ術を完全に知っているのは現状僕一人である。しかし、その方法がメルメや他の人に知れ渡ってしまって誰もが使えるようになることがあるのだろうか?退屈な日常が突然の終焉、変貌を迎えるように、その方法が知れ渡ればみんながテルテを持ちうる世界になる可能性はある。そんな世界では僕の個性が没落し、生き続けることはできないだろう。
だからその術は僕だけの特権のままにしておきたかった。人目のつかないときだけ使いたかった。
しかし目が寝起きでもないのに霞んできた。メルメに焦点を合わせようにも、違う方向ばかりを見させられていた。このままでは目までもが僕を見捨てるかもしれない。徐々に身体の融通が効かなくなっている。背に腹はかえられぬ。見せてでも術を使うしかないと割り切った。
左手は僕の言う通り動いた。それをズボンにかざして、テルテを造ったときのように、魂を吹き込む術をこなした。僕の吹き込んだ魂と先に入っていた魂の衝突事故が物体の内部で発生しているはずである。これでこちらの魂が打ち勝ち、ズボンを支配してくれればいいわけだ。
僕側の魂が勝ったのだろう、すぐさまズボンは柔らかくなった。僕は歩くということを取り戻した。メルメは僕が急に屈伸を始めたのを見てエッエッと言う声を連発しながらこちらを不思議そうに見ていた。
「じゃあ今度はあんたが硬直してもらおうか」
知らぬうちにメルメの背後に潜んだテルテがメルメの首を掴んでいた。
「私に手荒な真似をさせないでくれ。暴力なんて醜い一面をニブイチさんに見せたくないんだ」
乾いた風が吹きぬけていった。




