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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第五章 夕暮れの街
25/55

その3(25)

僕 (ニブイチ)→主人公。


テルテ→ニブイチ作の人造人間。


サカ→少年。


詩人→人造人間について少し知識がある模様。


テルイチ→その19、その20を参照。

 それからのことだった。僕らはサカの友人エブに会いに行くために外に出た。屋内から見たように辺りはオレンジ色の空で覆われていた。普通なら一日の内に朝、昼、(夕)夜とあるはずなのだが、この街では夕しかないらしい。

 歩いていると、女性の家に入る前と今の間に着替えていたことに気づいた。明色を基調とした服だったはずがいつの間にか暗色の服を着ている。しかしどのタイミングで着替えたかという記憶が全くなかった。酔っぱらいながら着替えたのなら覚えていなくともなんら不思議でもないのだが、飲んで酔っ払った経緯すら全く頭にないのだから考えものだ。

 それからしばらくして汗が湧き出した。顔をはじめ全身の尾根から谷へと流れ落ちていく雫の感触がくすぐったく何度も手や服で拭った。それで汗が沈静化するはずもなく、建物と建物の間の狭い脇道を通るときに幾人かの対向者に汗を擦り付けることとなってしまった。禍根を残さなかったと思いたい。


 脇道から大通りに出た。その大通りを右折すると女が立っていた。青のドレスと白のエプロンを組み合わせた服装をしていた。裸足だった。

「あるじ様、お疲れ様です。ここからはわたくしスートもご一緒させていただきます」

 僕に向かってそう言ったスートはスカートをつまみ上げてお辞儀した。初対面なのに間柄がすでに完成しているような口の利き方に態度……そうだ、テルイチのときもそうだった!またしても無意識のうちに人造人間を造ってしまったのだろうか……僕の顔が威嚇する猫のように引きつった。

「知り合いか。もしかして占い師の言った協力者っていうのはこの人なのか」

 詩人がそう思うのも無理はない。だがスートが協力者なら他に協力者がいたとしても、それは僕が無意識のうちに造った人造人間ばかりになりそうだぞ。

「お前また造ったのか。懲りないな」

「僕にそんな瞬間があったか?僕は人造人間はしばらくテルテ一人で十分なんだ」

「それなら一層深刻だな。お前自身がその気でなくとも魂の方は勝手に実体化するんだからな。もしやお前の魔術はお前のものではなかったりして……ふふ」

「その話はあとにしましょう詩人様。サカ様が業を煮やしておりますよ」

 それよりもこのスートとかいう女のどこに信用を見出すかが肝心である。テルイチの場合は彼の勢いに押されてばかりだったので、堅実な判断できずじまいだった。今度こそちゃんと考えたいのだが……名乗る前からこちらの身元がある程度割れている、急かしている、いかにも怪しい雰囲気……偏見じみた判断材料ばかりではないか。テルテが黙り込んでいるように今詮索するのはよしておこう。案外こちらから真相を追い求めなくとも、真相の方からこちらに話かけてくるかもしれない。


 五人になって目的地へ向かう傍ら、スートは饒舌に話した。

「あるじ様にはお伝えしておきますね。まずわたくしは実体を持っていません。ではこうして見えている体は何なのかということになりますが、それにはある種の像だとだけ申しておきます。これ以上は言えません。理由は簡単です。わたくしはテルテ様が砂から変身したようにある物体から変身していますが、その変身前の物体を指摘されるとわたくしは術が解けて消滅してしまうからです。そしてわたくしを消す権利はあるじ様にのみあります。もしわたくしの存在が不服でしたら、いつでも正体をお教えいたします」

 このように自分については可能な限り話そうとしてくれたが、エブのいる場所については全く知らなかった。てっきり知っているとばかり思っていたので拍子抜けしたが、その僕の様子に後ろめたかったのだろう、スートは率先して聞きこんでくれた。


 エブのいる屋敷に到着した。とてつもなく広い。どのような面をしてこの門を叩こうかという問題となって、ここはやはり関係者であるサカに先頭になってもらうことにした。屋敷の入り口へ向かったところ、内の誰かが扉を開けてこちらを手招きした。

 僕らはこの仕草を前向きに捉えていいものか深く考えずにサカの後を歩いたために屋敷の使用人から、

「これより先は旦那様のお許しなく足を踏み入れることは禁じられております。サカ様は既に許可がでておりますゆえ」

 これで僕らは用済みというわけだ。なんとも呆気ないというか、意思でやっていたことがいつの間にやら義務に置き換わっているのだからやりきれなさが残った。

 僕らは外に追いやられてしまい、扉は鍵の回す音を立てて閉められ、侵入不可能となった。

「サカしか入れなかった。この極端さは野心の暴走じゃないか」テルテが髪を撫でながら呟いた。

「どんな野心なのさ」

「ハイエナが集団で襲うような……」

「それは単に欲望だよ」

「ニブイチさんはサカが戻ると思う?」

「戻るか戻らないかだけの問題ならどちらの結末でも構わない。あの親父さんもそれを承知の上でついてこなかったんだろうし。ただし」

 僕は閉ざされた扉を強く叩いた。

「開けてほしい。どうすれば認めてくれるんだ」

「今しばらく待て。時期に許可はおりる」

 扉の向こうからの声はそれだけだった。

一向に許可がおりる気配はなかった。おりるとしてもあちらの都合のいい時に決まっている。

「もうじき"今日"が終わっちゃうよ」

「よく見たら詩人もいないじゃないか」僕の右手はドアの中央にある金属の輪をガチャガチャしていた。外にいるのは僕、テルテ、スートの三人だった。

「ノッカーで遊ぶものではありませんよ」スートが注意した。

「まあ、それはそれとして」ノッカーを引っ張ったり、押し込んだりしながら、「僕らはどこで寝ようか。夜にならないうちに宿を見つけられるといいが」

「時間の問題もありますが、宿なんかないかもしれませんね」

「そいつは困った!」僕はノッカーを勢いよくドアに叩きつけた。するとドアが開かれ、

「馬鹿野郎!とっとと失せろ!」

 と僕を怒鳴りつけたかと思えば既にドアは閉められていた。

「だから言わんこっちゃない。マナー違反ですよ」スートは呆れて言った。

「いや、よそうとは思ったんだけど、右手の方が止まらなくてさ」そう言いながらも僕の右手は再びノッカーを握りしめた。「いっそのこと遊ばせてまたあっちがドアを開けたらさ、無理矢理突入するっていうのはいいとは思わない?」

「もしかしてあるじ様の手に魂が宿っていたりして」

「まさか。僕の体だぞ」そう言いながらも僕の右手はノッカーをガチャガチャしていた。止まらない。ちゃんと手首までは動かせるのに、その先が全く言うことを聞かないのだ。試しに自分の手に向かって、

「おいコラ、ノッカーを放さんかい」

 すると右手はノッカー放し、拳を作ったかと思えば急に僕の顔に向かって飛び出して左頬を殴りつけた。口内が嫌に掠れた。これは明日、口内炎だな……。

 ノッカーは僕の手を離れてもひとりでに動き続いていた。

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