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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第四章 道中記
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その22 詩人の方程式

旅の一行

僕 (ニブイチ)→内向的

テルテ→ニブイチの造った人造人間。強い(物理)

詩人→変な人

サカ→ガキ

 山道を歩いていたときのことだった。まだ行動を共にして間もないサカに対して、

「おい、あのおじさんに夕暮れの街までの道順を教えてもらってこい」

 と言いつけた。現在地から三百メートル程先に男がいた。詩人曰くファスの息がかかっている刺客なのだと言う。

「サカ一人に行かせて大丈夫なのか?」

 僕は確認に出るが、

「なあに、どこの馬の骨かも分からないガキを殺すほど馬鹿じゃねえさ」

「知り合いか?」

「まあな。あれは弄んでやるといきいきと輝きだすオブジェなんだよ。サカに人付き合いってのを仕込むにはもってこいの相手であること請け合いだ」

「どうでもいいが言葉遣いが変わったね。そっちが本来の話し方かな」

「テルテくんは分析するのが大好きなのかな?俺の口調がどうなろうとお前には関係のない事だ」

「気に入らないな、いきなりくん付けなんてさ」テルテが声を低くした。「せめてちゃん付けとかにしてくれるとこちらとしては機嫌良く応対できるのだけど」

「尚のことテルテくんと呼ばざるを得なくなっちまった。お前なんざ所詮は人間になり得ない模造品だ。その気になればお前を破壊することだって簡単なんだ。俺のそうする気のない蓋然性に、お前は感謝しなければならねえってことさ」

「可能性の間違いじゃないの?」

「言うねえ、それを言っちまうんだねえ。違いの分からないバカはこれだから困る。贋てるての倒し方を教えたのは俺だぜ。それを拡張すればお前なんか赤子も同然。別に強情を張っているんじゃない。事実を述べたまでだ」

 この口論の一方で、サカは詩人の指示に従い、刺客に対して道を尋ねに接近した。僕のいる位置からそれなりに距離があるので何を話しているかは分からない。姿にしても目を近づけて見たアリ程度のサイズとして見えただけだった。見える自分の説明に自身がないだろう、大袈裟な手振りが遠くからでも見てとれた。一通り話し終えた頃合いに刺客がサカを殴りつけた。倒れてうずくまった子供に続けざま蹴りを入れていった。

 それを確認した詩人はテルテとの会話を中断し、サカの元へ向かった。刺客が立ち去るのを見て詩人は倒れたサカを起こしてやり、ついた土や砂をはらってやった。そしてサカはこの理不尽な仕打ちになにやら文句を詩人に並べたてているようだった。詩人はそれを聞き流した上で頭を撫でていた。そのあと二人してこちらから遠ざかる方へ歩き出した。すると付近を移動中だった女が二人に話しかけに行った。もちろん何の話かさっぱりだが、詩人が上手く言いくるめたのか女がサカにものを渡していた。

 こちらに戻って来て見せてくれたものは金貨数枚であった。サカが道に迷っていたところを尋ねただけで乱暴され、金も取られたと話したところ(本当は盗まれていない)、すんなりその分の金を払ってくれたのだと言う。

「子供に狡猾な手口に利用するとは感心しないね」話を聞いたテルテがそう言うと、

「こいつは君と違って人間だからな。汚れ知らずとはいかねえよ」

「まるで私が汚れ知らずと言いたげじゃないか」

「言いたいというか、言えないならお前の存在価値はないだろう」

「存在価値はニブイチさんの決めることだ。その基準を汚れと言うなら……」

 テルテは口をつぐんだ。それは詩人が目線をそらして遠くを見つめていたためなのか、詩人の言うことに納得して反論の余地が見出せなかったためなのかは分からなかった。僕もそちらに目を向けると、先ほどの刺客が草を食い漁っている馬に接近していた。その右にアングルを移すと、その馬の所有者らしき男が石の上に座っていた。刺客は馬が草を頬張っていることをいいことにに搭乗しようとしたが、それが馬の機嫌を損ねたようで馬は暴れ出し、前足を蹴り上げたところで刺客は転げ落ちてしまった。

 それにもめげずに刺客は乗馬を試みるが、馬にはそっぽを向かれ、挙げ句の果てに馬は逃げ去っていった。

 そこまで確認した詩人は僕らに隠れているように指示し、彼自身は馬の逃げた方へ向かった。詩人と馬を見比べると、その遠さゆえに輪郭が漠然となって、点に点が近づいているようにも見えた。さらにまだ諦めていないのか刺客らしき点も馬の点へ移動をしていた。

 そうして一方の点が点の上にまたがり、所有者へ進んだ。所有者に近づくにつれ、その点の正体が詩人と馬であることが見てとれた。

 こうして詩人はお礼をもらって再び僕らの方へ戻っていこうとしたところ、残った点である刺客に呼び止められていた。そしてしばらくの会話の後、二人は僕らから遠ざかる方へ歩いていった。

「ニブイチさん、今日の詩人はやけにアクティブでアグレッシブだね。昨日以前とは別人しゃないかな。私みたいに人造人間だったりしたら笑えるね。自分も模造品なのに私テルテとは違うなんて自己矛盾に陥っていることになるからなあ」

 テルテは自分の言う皮肉に酔いしれるように言った。

「まあ、テルテとは違うことを誇示したいために大袈裟なことをしてないとは言い切れないけど。それにしては突発的なんだよなあ」

「そこだよ。脈絡なく感情的になることは私にもあるんだし」

「それならおれだってあるよ」サカがテルテを見上げ、「親父は何でもかんでもおれの言うことにケチつけるから、いつの日かカチンと来て怒鳴ったもん」

「それは脈絡ありありじゃないか。私はね、はじめて会った人間に対して、急に殺意が湧き上がることがあるんだ。サカと親父のように蓄積してきた関係性がないのにさ」

「テルテのだって蓄積されてるでしょ。見た目が気持ち悪いだとか臭いが鼻につくだとかいくらでもそれらしい候補はあるよ」

「そんな些細なことを気にしていたらきりがない。意識して無視している」

「無視しきれてないんじゃないの。それがどっかに積もって、ある人の前で怒りとしてドバッと溢れ出したとか」

「私に限ってそれはないさ。一番付き合いの長いニブイチさんに殺意が湧いたことはないんだから」

「意外とあるかもよ」

 テルテからドバッと溢れ出そうなオーラが感じ出したので僕がなだめに入った。さらに話題を変えるために僕らは詩人と刺客の方へ歩いた。

 ある程度近づくと、二人は何かの檻の前で話合っていた。それを聞こうとサカが続けて歩こうとするのをテルテが引き止めた。刺客が檻から離れ、詩人は檻を開けた。中から出て来たのはライオンだった。詩人はこの檻の持ち主から餌の肉をもらい、ライオンに近づけた。人に米粒を百粒与えるようなもので、空腹が満たされるはずのない量だった。それに相手は人ではなくライオンということで、襲う凶暴性が脳裏をよぎった。ライオンは肉に夢中で噛み締めていたが、今にも詩人にまで喰いつくのではないかという緊張感が支配していた。餌がなくなりかけたところで、詩人は後ろへ飛び移った。

 今度は刺客の方が餌を持って近づいた。ライオンは刺客により肉を奪い取ろうとした。そのときライオンは肉を口に入れる直前、その頭に石を投げつけられた。比較的穏やかだったライオンの動きが急に鋭敏になり、刺客にのしかかった。倒された刺客はなされるままになった。

 それを見届けてることなく詩人がこちらに向かって歩いて来た。寝覚めのいい朝のような爽快な顔をしていた。

 僕は彼がライオンに石を投げたのを見た。要するに計算通りの結果に違いなかった。サカは直立不動で硬直し、テルテは文句をいいたげであった。詩人によると、ライオンの餌やりを通した度胸勝負だったらしい。

 やり過ぎだと思った。しかしこれほど爽やかな顔に泥を投げつけたところで、怒りを買う以外の成果はないのは明らかだろう。それに今日は誰の会話も刺々しい。黙って歩き続け、今日が過ぎるのを待つしか僕に有効な術は思いつかなかった。

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