その20 人型の炎②
その19 人型の炎①の続きですので先にそちらを読んでください。
こうして僕、テルテ、炎の三人になり、思う存分話ができるようになった。もっともテルテはイライラしており、会話が続きそうになかった。対して僕は我ながら冷静だと思ったので僕から口を開いた。
「君は親に何をしてほしいのかな」
「名前が欲しいな。それも父さんと母さんが一緒に考えたのがさ」
テルテが反射的に動き、炎の首を絞めようとした。しかし、形は人でも全身は炎に覆われているので触れた瞬間、テルテの手は炎に喰われそうになって離し、テルテはその痛みに喘いだ。そして負け犬の遠吠えのように、
「なんで私があんたの名前を考えなくちゃいけないんだ。ふざけるな」
と吐き捨てた。
「そりゃ、オレだって存在を認められたいのさ。流石にこの世の全員は無理にしても、大切な二人にくらいにはさ。母さんだって苦労してるだろう。オリジナルのてるてと思われることがあっても、テルテだと受け入れてくれる人は父さんだけみたいだし」
「いちいち癪に障るやつだ。そのひとつひとつの仕草が気に入らない」
僕は炎に確認を取り始めた。
「じゃあさ、白黒はっきりさせようか。君が僕とテルテの子である証拠はあるのかな?」
「証拠ではないけど、孵化したばかりの雛ははじめに見たものを親と認識するんだよ。オレが最初に見たのは母さんで、二番目が父さんあなただったのさ」
「そんな出まかせを証拠にするということは、やっぱり嘘だね」テルテは座ったまま両足を揺すりながら言った(このあとテルテと炎の攻防が続く)。「揺るがない証拠なんてないんだろうな。だって出まかせだもの」
「ほう、物理的にはニブイチ父さんとテルテ母さんは二体ということになるんだろうけど、オレに言わせればひとつの親なんだけどね」
「そんな屁理屈、信じるに値しないよ」
「あんまり言いたくないんだけどなあ。オレの存在を否定するのは二人の勝手だよ。でもね、母さんは自分をてるてではなく、テルテとして見てもらいたいのに、同じ類いの願望をもつオレの気持ちが分からないんだね」
「あんたと一緒にしないでよ!」
「いや、分からないんじゃないな。自分を見ているようで嫌気がさしているんだ」
「うるさい!生意気言うな!」
テルテが手玉に取られ、声の大きさで圧をかけることしかできなくなっていた。見ていられなくなり、僕は助け舟を出した。
「そうやってテルテを攻撃すれば舌戦には勝てるかもな。でも君の望みは叶わなくなるとは思わない?」
「おっと、それは困るな。別の手段を講じるとしよう」
そう言って炎は僕の方を向いて座った。疲れ知らずのテルテはいつになく疲弊しているようだった。
「オレはね、使ったことないから推測の域を超えないけど、幻影を意図的に見せることができると思うんだ」
そう言って人型の炎はひとまわり大きくなった。心なしか熱い。頭を熱気が覆っているようだった。
「さてと、オレが父さんと母さんの子である証拠を見せつければいいんだよね」
「その幻影とやらで僕らを信じ込ませようとするつもりだな」
「そんな洗脳じみた行為は意味がないからしない。オレが幻影を見せる目的は、口頭じゃ分かりにくい事実を理解できるように伝えるためだ」
次第に目に平面的な形が映し出されていった。しかし、その形はすぐに消された。
「私が意地を張っていたのが悪かったんだ。ニブイチさん、名前くらい付けてやりましょうよ」
これを言ったのが他でもないテルテだった。僕は困惑した。直前まで炎を嫌悪していたテルテとは思えなかった。
「おい炎、これはどういうことだ」
「オレは何もしていない。あの詩人もだ。つまり母さんが自力で出した結論だろう」
「そんなわけあるか。誰なんだよ」
「無意識にオレを造った人だ。無意識の内に心変わりしても不思議ではないだろう」
「いい加減なことを言うな。理由もなく気が変わるもんか」
するとテルテはこちらを見て文章を読み上げるように言った。
「名前どうする?お互いの名前からとってテルイチなんてどうかな」
「どうしちまったんだよ、テルテ。気味が悪いよ」
「そんなこと今はいいよ。テルイチって名前、案外かっこいいと思うんだけどどうかな」
「じゃあテルイチでいいよ。だから教えてくれ。何でそんなに態度を変えたんだ」
「ニブイチさんふざけないで!ちゃんと吟味してよ!」
「そんな気持ちになれるかよ!」
僕の大声が森中に響いた。あまりの力の入れようだったので、僕自身我に返った。僕は何のために戦っているのだろう……さっさと炎に名前を付けてやれば全て解決することなのだ。
「ちゃんと父さんも名前を考えてね」
成り行きで運命に逆らったが、運命に従うことが必ずしも破滅を意味するとは限らない……それも単に名前を付けるだけのことだ。
「ニブイチさんはどうしたいの?」
こんな面倒事から抜け出せれば何だっていいじゃないか。僕は名付けること自体を避けたいわけではない。炎の語る事実が認められないだけだった。名前くらい考えてやろうじゃないか。父としてではなく、名付けることを頼まれた他人として。
「父さん、そんなの残酷だよ。名付け親だって立派な親だとしてもだ」
「僕はテルイチでいいと思う」
「無責任だよそんなのは!」
そうかもしれない。それに炎の言い分を認めてやってもいいんじゃないか。やけに熱いな……僕が炎の父親だというのが嘘のような気がすると同時に本当のような気がしていた。今度は父として名前を考えてやろうという意思が難なく湧き上がった。どうして今まで湧き上がらなかったのか不思議だった。
「僕はテルイチがいいと思う」
「よしきた!それで満足だよ。ありがとう」
テルイチはそう言って、指をパチンと鳴らした。その直後、テルイチの上から水が被せられた。僕自身が頭から水をかけられている気分だった。テルイチは消滅し、視界は闇に支配された。詩人が帰ってきたのだ。
「遅くなってすまない。元来た道を引き返すだけなのに迷ってしまって」
テルイチの仕業だろうが、そんなことはどうだってよかった。僕は闇に慣れる前で見えない目を閉じ、解放感と喪失感にのまれていった。
それからというものの、夜営のときは火を消して寝るようになった。火がついていると緊張して眠れない体質に僕はなってしまったのだった。




