その4(15)
夜になった。約束の時間はもうすぐだった。金貨十五枚を用意するとの約束だが、ちゃんと用意はした。テーブルの上に置いておいた。これだけの額を集めるのにどれだけの人から盗んだことか。
予定通り、僕はカツの家でスタンバイした。昼頃に訪問した際、カツの話を一切聞かずに帰ったため、カツは屋内へあがらせてくれたものの、独り言を装って、
「礼儀のなってないやつや……」
と僕に近寄るたびにボヤいていた。僕はこのツケを払うために、テルテの待つ宿には行けないこととなった。カツの怒り度合いにもよるが、酷ければ一晩中作り話を聞かされるだろう。
僕が宿に行けないということで、テルテは不機嫌になり、それなら宿では好き勝手暴れるからと宣言した。別に構わないとは思った。とにかく変な未練を残さずにこの村を出ることを考えて行動した。
僕は椅子の上に立ち、壁に前半身をピタリとくっつけ、左目から穴を覗く姿勢をして、僕の家に役人たちが入るのを待っていた。僕はワクワクしていた。仮に役人たちに気づかれればこの作戦は失敗し、僕は確実に拘束される。朝からの役人との戦闘やお金集めのために走り回って全身が筋肉痛だった。抵抗の余地はなかった。
だが、そうした危険を承知の上で、覗いて得られる情報は実に甘美なものと思われた。互いが見る見られるという対等な関係から脱却し、僕だけが一方的に見、役人たちが一方的に見られるという状況である。そして役人たちは僕に見られていないからこそ身構えず、彼らとの会話ではまずお目にかかれない本性を僕は容易に知ることができるのだ。ディー夫人のようにグロテスクな事実を知ることになるかもしれないのは恐ろしいが、それも込みでスリルがあった。そうした感情は全身を緊張させ、壁にもたれる手や脚は震えていた。
やって来た。来訪者の蝋燭で部屋が照らされた。
「テーブルに何か書いてあるぞ。『お金のアテが外れたため、なんとかかき集めたものの、二人仲良く強制労働の身となりました。どうぞお納めください。』ケッ、逃げやがった。大した野郎だ」
「お金はやるから勘弁しろってことか。俺は別にそれで満足だが、あんたはどうだね」
この二人の声は朝聞いた役人の声だった。姿も穴から確認できた。しかし、次に聞こえてきたのは女のようでテルテのような声だった。
「だめだ。ニブイチのてるてを捕まえるのだ」
これに役人の一人(おそらく役人C)は、
「やめましょうよ。お金は手に入ったし、あのてるてがですよ、かの有名な本物だったら無駄骨になっちゃいますよ」
と答えた。テルテのことを人造人間として狙っていたのだろうか。この発言の通り、このまま引いてくれるならありがたい。
「黙れ」女の声はそう言って役人Cを殴り飛ばした。「本物だろうが、人形だろうが他所のものは開発の参考になる。元より連れて帰る以外に選択肢はない」
やはり引いてはくれない雰囲気だった。そして、女の声の正体が見えた。どうしたことだろう、僕が幻覚を見てでもいない限りそれはテルテにしか見えなかった。僕の緊張のボルテージが急上昇していった。まさか、役人とグルだったのか?
いや待て、もしテルテならこの穴のことは知っていないとおかしい。彼女の動作は知っているそれではない。このときの頭の冴えのおかげで僕は少し落ち着きを取り戻したのだが、
「どうかしましたか」
僕の家の玄関の方から忌々しきディー夫人の声が聞こえてきた。僕のボルテージは再び上がってしまい、本当にディー夫人か確かめようと無理な姿勢をとった。
その結果、僕の右脚の脹脛がこむら返りを起こしてしまった。僕は椅子の上で思わずしゃがんでしまい、それも急な動作だったために椅子から転げ落ちてしまった。それはそれは大きな音が響き渡った。これはバレてしまったと肝を冷やした。役人は反応して、
「何だ今のは?向こうで何かしているのか?」
「ああいう音は向かいの家ではよくあるんです」
そうフォローを入れたのはディー夫人の声だった。
「ところであんたは?」
「ニブイチくんの隣りに住んでおります」
「ほう、ならニブイチがどこへ行ったか知っているのかな?」
恐ろしい質問だった。ディー夫人に詳細は伝えていないが、核心をぶちまけられないか不安だった。
「ニブイチくんは、私とは別の隣の家に用があったみたいなんですけど、残念ながらその人は旅行中でいなかったので困っていました。それからは存知ておりません」
「となると、その家がアテだったのか」
役人の思考回路にはキスしてあげたい。そういう辻褄合わせは考えもしなかった。思わぬ僥倖にことが丸く収まろうとして、
「おい、見ろあの穴を。覗きか?」
テルテ似の女が穴に気づいたのだった。僕は椅子から落ちて壁に耳をすましている状態だからその穴から覗く者はいない。しかし、逃げるべきだと直観した。どうしよう、脚がつっている最中で逃げられそうになかった。
女は続けて、
「念の為に確認しておくか」
「贋てるて、まさか壁を破ろうとするんじゃないよな。別に破らずとも正面から入ったっていいだろう」
「いや、石橋は叩いて渡るに限る」
次の瞬間、僕は圧倒的な力によって木片ごと吹き飛ばされた。脚を庇いながら前を見ると、贋てるてと役人、そしてディー夫人がこちらを見ていた。覗きはこうして大失敗に終わった。




