その3(14)
ドアが開き、中から中年のおじさんが姿を現した。名前を確かカツと言った。
「ワイに何の用かな」
「僕の家の改装をしていまして、この家から様子を確認したいので、こちらの家に入らせてもらえないかと思いまして」
「ふーん、ワイの家をお前が勝手にするんか」
「じゃなくて、僕が僕の家を改装するんです」
「あ、そう。好きにしたらええ」
ここまでは予定通りだった。ディー夫人と違って無理な隠し立てをする必要がない、気前のいい人である。その上気になる部分について質問することもない。しかし、それではこの人を最後まで候補から退けていた理由にはなるまい。彼には嘘をつく必要こそないのだが、人柄に問題があった。それは後に分かる。
僕はカツの家の中に入り、自分の家から一番近い位置にある壁を探した。そして、その壁が木材によって構成されているのを確認して、
「ここに穴を開けても構いませんか」
「ええよええよ、気のゆくまでいっぱい開けたらええ」
そうして僕は椅子の上に乗り、一階の天井付近に穴を開けた。そのまま自分の家の壁にも小さな穴を開けておいた。よくよく考えれば、夜は誰かが光をつけなければ部屋の様子を見ることができないので、穴から覗くというより、聞くだけになる可能性もある。これについては仕方がない。家に誰もいないのに明るいと、怪しいことを考えていますよと教えるものなのでできない。
同様にして二階にも穴を開けた。これで役人がどちらの階にいようと盗み聞きできるわけだ。それを終えてカツに、
「では、夜になったらまた来ますのでよろしくお願いします」
と言ってそそくさと帰ろうとしたが、しっかり肩を掴まれた。
「まあ、そう急がんと、少しは話を聞いていかんかい」
こうして、カツは僕にテーブルに着かせた。カツは何か飲み物を用意しに台所へ行った。
言葉に甘えてここにいてはならない。カツという男は他人の事情を聞きはしないが、自分のことをいつまでも話続けるのである。
一度話始めたら彼が飽きるまで青天井で聞かされる。僕は日頃の行いが褒められたものではないことは、みなさんもとっくにご存知であろうが、それでも始めてカツがここに来たときには挨拶に行った。あのときのカツは僕を歓迎して中へ連れて行き、今のように座らせてこう語り始めたのだった。
「あれはな、まだ戦争の激しかったころだったなあ、ワイは軍人として戦っとった。そりゃなあ、祖国のためを思って万が一は死ぬ覚悟で戦ったもんよ。でもなあ、パッとした戦いにも巡りあうことなく、夜の見張り以外がぐっすり眠っているときにだ、奇襲を許してしまってな、ワイの軍は総崩れ、散り散りになってもうた。ワイも一心不乱に逃げたんだけどな、どこもかしこも敵ばっかりでな、朝日を見る前にとうとう捕まってもうた。案の定ワイは捕虜にされて、どこの馬の骨かも分からんやつがワイを従えとった。ワイはそいつの言葉が聞き取れんので、顔を見て何をしろと命令しているのかを把握しとった。でもまあ間違ってることがほとんどだったのか、何度も罵声を浴びせながらワイを殴っては蹴っとった。どうや、なかなかの苦労人やろ。実際捕虜だったのが何年もあったんだからそれはそれは大変だった。
でもな、二人目の主人となった男はなかなかのやり手やったぞ。ワイを一目見てこれだ、と思ったんやろな、一人目の主人から譲ってくれって必死に頼んどった。その目つきといったら幻の財宝でも手に入れようとばかりの情熱的なもんだった。もちろんタダでは話にならんしな、金を積むんやがそれはそれは大金でな、ワイが今まで見たことのない額やった。そうやなあ、このテーブルじゃ収まらん額やったのは確かだで。ワイ一人にそんな大金を積むなんてどういうことなんかさっぱりやった。でもまあ、一人目の主人も意地汚いやっちゃからな、まだ値上げできると踏んで首を横に振りおった。でもそれは、いくら上げても譲らない振り方やなくて、首をかしげる感じでな。男は仕方ないならさらに金を出した。主人はまた首を横に振った。でもさっきよりかは浅めに振った。もう少し上げろってことやろな。そして男はさらに値上げした。ここで主人はようやく首を縦に振った。これで晴れてワイは二人目の主人のものとなったんや。
今度の主人はな、ちゃんとワイの言葉で話すことができたんや。そんでなんでワイにあんなに大金を叩いてくれたんか聞いたんや。そしたらなんて言ったと思う?」
「お知り合いだったんですか」僕は返した。
「いやいや、ワイもそうかなと思ったんや。でも耳の大きく垂れて、ホクロが顔中びっしりでな一度見たら忘れそうもない人なんや。忘れそうもない人を知らんのやから初対面しか有り得んわけでな。その主人もお前とは初対面だって言っとった。そしてこう付け加えたんや『別に理由なんて何だっていいじゃないか。これは夢だもの』」
そこまで言うと彼は大きな笑い声を上げた。そう、僕が聞かされていたものはカツ自身の体験でも誰かから聞いた話でもなく、カツが夢で見た話に過ぎないのである。この日は他にもそんな話を聞かされ(流石に紹介するつもりはない)、時には時間を忘れて聞き入るような展開もあったが、全部夢オチということで必ず話の終わりには冷める自分が待っていた。要するに時間の無駄である。今は準備で忙しい。躊躇うことなく僕はカツの家を出ようと玄関に向かった。




