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一人称彼女  作者: さみうち まつも
第三章 村の外を目指して
13/55

その2(13)

 僕はそれから、壁付近で逡巡していた。

 このままディー夫妻の会話の盗み聞きを続けるべきである、そして強請りを避ける術を見いださなければならないと思ったその一方で、これ以上聞きたくないという気持ちが存在していた。僕の数少ない理解者であるとこれまで信じて疑わなかったあのディー夫人が、所詮近所付き合いのために僕に良心的であったに過ぎないと納得するしかなかった。これ以上聞き続ければ聞き続けるほど、そうした醜い現実を突きつけられるのかと思うと、嫌だった。

 そうして、僕は都合のいいように考え始めた。果たしてあの夫人は男に心を許しているのだろうか、相手の話に合わせているだけではないかと考えた。最近の夫婦間の仲を思えばその可能性はありえることではある。しかし、あのような会話からそう判断するのはいささか無理があった。金儲けの話をしているのに夫婦仲がどうして関係あろうか。僕に見せる他人行儀こそが本心という方が考えられない。

 そうなるともはや男が外出する必要などないように思えてきた。関わらないことが正解だと思った。今、僕の家は入り口のドアが壊されてしまってない。泥棒さんどうぞと言わんばかりではあるが、裏を返せば音を立てずに出入りできる。あちらがドアの音を頼りにして僕かテルテに接触を図ることはできないのだ。


 僕は右の家に最も近い壁に移り、耳をすませることにした。しばらくしても何も聞こえてこなかった。確か一人の男が住んでいるはずである。寝ているのだろうか、外出中だろうか、あまり気にしたことがなかったので分からなかった。念の為二階でも同様に壁に耳を当てたがやはり聞こえてこなかった。空き巣かもしれない。まだ後ろの家が控えてはいるが、最悪の場合、窓から乗り込んで今日だけは使わせてもらおうと考えた。

 一応ドアを叩くことにした。その前に荷造りをしているテルテに対し、

「誰かが来ても姿を見せるなよ。余計な問題を抱えたくないからな」

 と釘を刺しておいた。

 右の家から人は出てこなかった。代わりにディー夫人がこちらに来て、

「そちらの人ね、遠出しているらしくてしばらく帰らないんですって」

 と教えてくれた。今一番話したくない相手に絡まれて僕は酷く機嫌が悪かった。しかし、僕自身はともかく夫人まで機嫌を悪くして僕を強請る理由を増やされてはたまらない。僕は素直に教えてもらったことに感謝して、火急の用事があるとしてその場を去ろうとした。

「では一つだけお尋ねしたいんだけど」と夫人が僕を止めて、「てるてさんって今家にいるかしら。是非とも一度話をしたいと思いまして」

「役人に連れていかれました」と僕は嘘をついた。夫人が狙っていることは分かっている。金を渡さなければ、テルテのことを役人に告げ口するのだ。恐らく夫人は僕らと役人との揉め事を詳しくは知るまい。これくらいの嘘でも武器になるはずだ。

 嘘を聞いた夫人は一瞬顔が歪みそうになるも原型をなんとかとどめて、

「あら、何か悪いことをなさったんですか」

「それがよく分からないんです。役人に訳を聞こうにも何も答えてくれなくて」

「誰かに相談したんですか」

「いえ、先程起こったばかりで気持ちの整理がついていないもので」

「先程の物音はそれが原因だったのね。でしたら今の物音はどういう音なのかしら」

 指摘されてたように僕の家から確かに聞こえた。テルテが荷物を整理している音だろう。静かにやれと今すぐ飛び出して言ってやりたかった。

 さて、夫人にどう言おうか。勿論そのまま本当のことを言うわけにはいかなくなった。困った。夫人はまだ、本性を現していない。僕は重ねる嘘を探した。

「心当たりはないですね。何かが落ちたのかもしれない」

 そう返した刹那、新しい物音をテルテがたてた。

「本当にいらっしゃらない?もう帰ってきたりしてはいないのかしら」

「それだったらいいんですけど、とりあえず確かめてみます」

 そう言って僕は家に入り、テルテを見つけるや小さい声で、

「もっと静かにやってくれ」

 と釘を刺した。二本目。

 僕は夫人のところへ戻る途中に後ろの家の音にすればよいと気づいて、後ろの家の音だと夫人に言った。加えて、今からそれを確認してきますと告げるとそのまま夫人の元を去った。

 そしてその家のドアの前まで来た。本当は盗み聞きを先にしておきたかったが、仕方がない。そのままドアを叩き、出迎えてくれるのを待った。

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