その1(12)
僕とテルテの問答がしばらく続いた。
「それはいいが、どこで覗くんだい」
「この家に潜むか、隣の家に頼み込むかだな。半日経つ頃にはこの家に訪ねてくるから、それを利用して、あいつらが口を滑らせた情報のを拾うんだ。そうすれば逃げる方針も立てやすくなるだろ」
「確かにね。だけど、覗きは得意なのかい。そんなイメージがないんだけど」
「だからいいんだよ。相手も疲弊していた僕が覗いているなんて思うまい……やっぱり隣の家で覗くよ」
「私もするのかな?」
「テルテは近くの宿に泊まって待っておいてほしい。狙われているのは君だし、僕一人でやろうと思ってる」
「分かった。その前後はどうするのさ」
「役人が来る前に地図を買うなり、荷物をまとめるなり準備をする。テルテは荷物まとめかな。僕は隣人にアポを取った後に買い出しをする。あとさ、念のため宿では偽名を使っておくことだな」
「偽名か。慣れないな」
「なんでもいいよ」
「仕方ないか。メアリー名義で泊まっとくよ。覗きが終わったらこっちに来るんだよね」
「分からない。情報次第だな」
さて、役割通り僕は隣人の家を訪問することにした。左右と後ろの三軒が候補である。後ろは僕がここに住み始める頃にはそもそも家自体がなかった。右に住んでいた人ついてはたまに夕食を振る舞ってくれるくらいの親しい付き合いがあったのだが、半年前に引っ越して別人が住むようになってからはそんな関係もない。よって消去法で左の人が一番馴染みがあるので、こちらを最初に訪ねようと決めた。
ここの人は夫婦(ディー夫妻とする)で暮らしており、以前は二人の仲が良かったと聞くが、僕が住む頃には険悪な関係になっていた。男の方は僕のふった与太話に対して揚げ足を取ろうと常に躍起だった。話す度に一度は皮肉を聞かされた。それが嫌になり、僕の方から距離を置くようになった。
対照的に夫人の方はいつも明るく対応してくれるので最近でも会話することがある。あちらには人脈があるようで、事あるごとに土産の品を譲ってくれた。いずれはこちらからも返さないといけないと思いつつも、その機会は来ていない。
そんなわけで僕はこの夫人の方に頼み込むことにした。役人が来たときの練習も兼ねて、男が外出し、夫人一人になるのを、壁に耳をすませて待った。
以下、聞こえてきた会話である。(聞き取れなかった部分含む)
「あんたねえ、いい加減新しい商売を始めたらどうなんだい」
「だからやってるじゃないか……で色々と売っぱらってるから、こうやって不便なく生活できてるんだ」
「じゃなくてね、真っ当なやつをだよ」
「そんなもん、今更馬鹿らしくてやってられんね」
「この前だってやばかったんだろ。ほら……を売るところを狙って役人が押しかけたとか……」
「だからなんだって言うんだ。ちゃんと片付けただろうが。誰も俺が始末したなんて思ってねえよ」
「あたしはそれが今日にもバレてしょっ引かれるんじゃないかって怖いんだよ。せめて恨まれないように周りへの気配りに注意してるっていうのに、あんたときたら」
「……(何も聞き取れなかった)」
「それにねえ、隣のニブイチの家を見てごらんよ。朝っぱらから役人と揉めていたじゃないか。お金よりも埃の方が溢れかえってそうな家の癖して、突然美人の女を連れ込んで来たかと思えばあの様だ。あんたと同じ匂いがするんだよ。あれはね、間違いなくズルをしているね。あの女のヒモでもやってるのかな。ニブイチが金を稼いでいるとは考えられないからね」
「あの女、確かてるてとか言ってたな。以前はいろんな場所で奇跡を行っていたとか噂には聞いたことがある。だが奇跡の報酬とでも称して金を巻き上げていたってのが実際のところだろうよ。俺の界隈でもそういう奴はごまんといる。奇跡の演出が難しくてな、ああいう奴の寿命は短いな。てるてとかいうのももうじき落ちぶれるさ」
「何の取り柄もないニブイチを養う意味が分からんね。それならあたしたちだって養ってくれたっていいじゃないか」
「惚れているんだろ。どこがいいのかさっぱりだが」
「ねえあんた、あの女を……のはどうなのさ」
「お前、強請りのどこが真っ当なんだよ」
「あんたがつるんでいる人に比べたら、あの二人ならよっぽど無難だと思うね」
「……だよ、そんなの」
「大丈夫さ、あの二人の味方をする人間もそうはいないだろうし、お買い得じゃないかしら」
「……が先に目をつけているかもしれない」
「誰さ、そいつは」
「この村に限らず、ここら一体の親玉だと言えば分かりやすいかな。敵に回したらその時点で人生は終わったと思った方がいい」
「それは恐ろしい」
「だが待てよ、口ではなんとでも言えるよな。たとえ金のために強請っていたとしても、……には……って言えば、潰されるどころか感謝して褒美をくれるかもな」
「どっちに転んでも金儲けできるってわけね」
「そういうこった」
……僕はここまで聞いて壁から耳を離した。隣人がこれほど怖い存在だとは思いもしなかった。




