絶対勝つぞ、えいえいおー(1/2)
私たちが守り人の館に帰ってきたのは、時報の鐘が十三回鳴る頃だった。ちょうど大広間では秋祭り関連の会議をしており、私たちも途中参加する。
「では、次の議題は祭りの出し物についてです」
司会進行はおじさまらしい。長テーブルに並ぶ会議の参加者に見えるように、黒板に字を書いていく。
・芸術品展覧会
・競飛
・キャンドルウォーク
「真ん中のケイヒって何? それから、キャンドルウォークって?」
隣に座っているアイザックさんにこっそりと尋ねる。私が出し物の中で唯一理解できたのは、一番上の「芸術品展覧会」だけだったから。
「競飛は、飛行する魔法生物に乗って行うレースだよ。それから、キャンドルウォークは日が落ちてからロウソクを片手に歩くイベントだ」
「パレードってこと?」
「ちょっと違うかな。複数人で歩きながら、普段は言えないありがとうの気持ちを伝えるんだよ」
なるほど。秋祭りのテーマは「感謝」だものね。それに相応しい企画というわけだ。
「料理係、メニューの案はどうなっていますか?」
「予定通りです。次の会議で発表いたします」
「ステージの設営は?」
「ただ今、材料集めの真っ最中です! 楽隊も気合いを入れて練習してますよ!」
「競飛のレースコースの設定はどうです?」
「まだ固まっておりませんが、次回までには必ずや」
「分かりました。遅れるようなら言ってください。では、本日の会議はこれまで」
テキパキと進捗確認をこなし、おじさまが閉会を宣言する。その仕事っぷりに、私は感心してしまった。
「アイザックさんのお父様、とっても格好いいわね」
「慣れてるからね」
謙遜しつつも、アイザックさんは微笑んでいた。やっぱり、家族が褒められると嬉しいものなんだろう。
「オフィリア殿、初日はどうですかな?」
太った体をぽてぽてと揺らしながら、おじさまがやって来る。
「気負わずのんびりやってくださいね。せかせかしているのは、この聖域の気風に合いませんから」
「はい。少しでも早く、一人前になれるように頑張ります」
おじさまは力強く頷き、またぽてぽてと去っていった。それと入れ違いで、浮遊する石臼に乗った不気味な雰囲気の痩せた老婆がやって来る。
さっきの会議で、競飛のコースについて発言していた人だ。多分、種族はバーバ・ヤーガだろう。ちょっと失礼な言い方をすれば鬼婆だ。
「ほっほっほ。綺麗な子だねえ」
おばあさんは手にした杵でコンコン、と床を叩いた。
「あんた、競飛に興味はないかね?」
「またジルコーチの勧誘が始まったか」
アイザックさんは呆れたように言った。
「オフィリアさん、気にしないでくれ。彼女はいつもこうなんだ」
アイザックさんは私を連れて部屋から出ようとしたけど、ジルさんは石臼に乗ったまま後ろから着いてきた。
「まったく! 自分が高所恐怖症だからって、他もそうとは限らないんだよ! で、お嬢さん。競飛にはどの魔法生物で参加するんだね?」
「まだやるとは言ってないだろう!」
「やらないとも言ってないよ!」
二人は揉め始める。私は「落ち着いて」と彼らをいさめた。
「競飛って、まったくの素人でもできるものなんですか?」
「できるとも!」
ジルさんがにんまりとした。
「重要なのは、魔法生物と心を一つにすることだからね。あんたならできるよ、期待の新人さん!」
「オフィリアさん、もしかして参加するのか!?」
アイザックさんが目を見開いた。私は「ダメかしら?」と遠慮がちに尋ねる。
「守り人のお仕事もあるし、そんなことしてる暇はない? でも、せっかく空中庭園の住民になれたし、ここの人たちが楽しんでいるものを私も体験してみたくて……」
「ああ、もう! 健気だな! そんな可愛い顔で見ないでくれ! 分かったよ、僕の負けだ!」
「惚れた弱みだねぇ」
即行で白旗を揚げたアイザックさんに対し、ジルさんがニヤニヤと笑っていた。
「時間が空いたらアリーナへおいで。大空があんたを待ってるよ!」
ジルさんは石臼を飛ばして帰っていった。アイザックさんは難しい顔をしている。
さっきは了承してくれたけど……私のワガママのせいで怒っちゃったかしら?
「オフィリアさんを応援する横断幕、どんなデザインにしようか……」
アイザックさん、変わり身が早すぎるわ。怒るどころか、むしろ私の出場が楽しみになってるじゃない。
その後は、アイザックさんの横について本島の見回りをする。特に異常も見つからず、他にするべき仕事もないとのことだったので、早速アリーナへ向かうことにした。
アイザックさんは聖域には本島の他にも色々な島があると言っていたけど、アリーナはその内の一つ、南側に浮かぶ清風島にあった。
本島と各島を繋ぐ空中橋を渡りやって来た清風島は、気持ちのいい風が吹く場所だった。アイザックさんが事前に教えてくれたところによると、この島では片時も風が止むことはないらしい。
アリーナは、地上の王都にある宮殿にも負けないくらい大きくて目立っていた。きっと、この島の名所なんだろう。
内部の地面は土で舗装され、壁には円形の建物の形に合わせてすり鉢状の観客席が並んでいる。本島の住民の半分が座っても、まだ余裕がありそうなくらいの席数だ。
そんなことを考えていると、私は意外な人物と出会うことになった。
「テオ? あなたもレースに出るの?」
「オフィリアさんこそ!」
テオも驚きが顔に出ていた。彼がまたがっているのは、綺麗な毛並みのペガサスだ。
「ほっほっ。来なさったか」
石臼に乗ったジルさんが私の存在に気付いた。
「そういえば、テオの同僚だったね。あんた、チビ助だからってこの子を舐めない方がいいよ。競飛チャンピオンの最有力候補だからね」
「えへへ」
テオが照れたように笑う。否定しないってことは、それだけ自信があるんだろう。
「オフィリアさん、乗馬服を着てきたの? 格好いいね!」
「商店街の服屋さんで、おばさまに見繕ってもらったの」
こういう格好をするのは初めてだったから、それだけで気分が高揚してしまう。まずは形から、っていう人の気持ちも分かる気がした。
「お兄ちゃん、オフィリアさんの凜々しさに当てられて失神してなかった?」
「してないわよ。『男前すぎて産気づいた!』とか言って、お腹をさすってはいたけど」
「はいはい、お喋りはそこまで」
ジルさんが杵をバシバシ鳴らす。
「お腹の赤ちゃんのためにも、お嬢さんはいいレースをするんだね。さて、まずは相棒を探そうか」
頑張ってと言うテオと別れ、私はアリーナに併設された牧場へ向かう。
そこでは、多数の飛行能力のある生き物が放し飼いにされていた。
「ペガサス、グリフォン、ガンダルヴァ、ヒポグリフ……。色々いるよ。この中から、あんたの相方を選ぶんだ」
「どうやって?」
「何、簡単さ。向こうから親しげにすり寄ってきたのが最高のパートナーだ。もっとも、普通はそんなに上手くいかないけどね。大抵は、蹴られたりかじられたり丸呑みにされたり……おっと。そんなに怖がらなくてもいいんだよ」
私の怯えを察して、ジルさんが優しい声を出す。
「遅めの昼飯にされそうになったら、ワシが助けに行くからね。さあ、女は度胸だ!」
私は柵の中に放り込まれた。魔法生物たちがじっとこちらを見る。
ど、どうしよう。エサだと思われてないかしら? 私、食べても美味しくないわよ……?
「ブルル……」
ペガサスが近寄ってくる。どうかこの子が草食でありますように。
祈っていると、ペガサスはお辞儀をするように私の前で膝を折った。続いて、グリフォンが近寄ってくる。
「キィ!」
グリフォンは、私の体に無邪気に頭をこすりつけ始めた。明らかに甘えている。
「ギャア!」
「グゥ!」
「ビィィ!」
皆、私に向かってお腹を見せたり、構って欲しそうに手を舐めたりしてきた。食べるどころか、敵意を抱いていそうな子すら一頭もいない。ジルさんが「おやまあ」と唖然とする。
「生まれてこの方、ワシはこんな光景は見たことないよ! お嬢さん、あんた何者だね? 調教の魔法でも使ったのかい? いや、仮にそうだとしてもここまでは……」
「これってすごいことなんですか? 私、特別なことは何もしてませんが……」
「ほっほ! こりゃたまげた! あんた、守り人よりも魔法生物の飼育係の方が向いてるんじゃないかね? とんでもない才能だよ!」
「ところで、私の相棒の話ですが……」
すっかり鼻息を荒くしているジルさんは、本題を忘れてしまっているようだった。私はここへ来た目的を思い出してもらおうとする。
その途端、何かに服をつかまれ、体が宙を舞った。悲鳴を上げる間もなく、私はどっしりした体の上に着地している。
「グルル!」
私の足の下で、何者かが勝ち誇ったような声を上げた。巨大な鳥……かしら?
推測するに、私はこの鳥につまみ上げられ、その背中に強制的に乗せられたらしい。
「おうおう、強引な手段だこと!」
地上で抗議の声を上げる魔法生物たちを見ながら、ジルさんがおかしそうに言った。
「先手必勝ってことかね! その子は、どうしてもあんたと組みたいみたいだよ」
「グルルル!」
鳥が賛同するように高らかな声を上げた。
「そいつはサンダーバード。雷を司る鳥さ。悪天候の時ほどコンディションがよくなるっていう、ちょっと変わった性質を持っていてね。だけど、好天気でも充分な活躍が見込めるよ」
「あなた、そんなに私がいいの?」
「グルル!」
サンダーバードが一声鳴いた。私の心は決まる。
「この子にします」
地上からは魔法生物たちの残念そうな声がする。サンダーバードは煽るように彼らに向かってまた鳴き声を上げた。
「こら、やめなさい。ええと……」
「絶対勝つぞ、えいえいおー号だよ」
「え?」
「そいつの名前だ。絶対勝つぞ、えいえいおー号。勝利への思いがワシの高度なセンスによって託された名だよ。分かったかね?」
ええ、分かりました。ジルさんのネーミングセンスが壊滅的だってことは。
私はこほんと咳払いした。
「大人しくしてて、おーちゃん」
サンダーバードはどうやらこの名前がお気に召したらしい。「グルルル……」と鳴いて静かになった。
金色の羽毛を撫でてあげると、おーちゃんは気持ちよさそうに喉を鳴らす。
私たち、いいコンビになれそうだ。