空の楽園で、末永く幸せに(1/1)
それから三ヶ月後。
「お待たせいたしました。ただ今より、春祭りの開幕です」
聖域中にアナウンスが流れる。
春祭りは、よく晴れた麗らかな日に開催された。
辺りにはパステルカラーのシャボン玉がふわふわと浮いており、何かに当たって弾ける度に、甘い香りを放っている。
空からはカラフルなキャンディーが時折降り注いでいた。それを精霊たちが巧みにキャッチして、トッドに渡している。
その一部始終を見ていた競飛コーチのジルさんが、「いい飛びっぷりだねえ」と揉み手をしながら彼らの方に近づいていった。
鮮やかな衣装をまとった住民たちが、表彰台のような場所まで列を作っている。その先頭にいるのは、ワイバーンの頭に乗っかったパティちゃんだ。
「アタシ、相棒と仲直りできました! これで今年の競飛チャンピオンの座はいただきです!」
「シャアッ!」
「二人の友情に祝福を授けます」
おじさまが厳かに宣言して、おばさまがパティちゃんとワイバーンの腕に、祝福が授与された証の腕章を巻いてあげる。本来なら係の人がいるはずだけど、どうやら二人は助っ人として代役を務めているらしい。
パティちゃんとワイバーンは喜び勇んで表彰台から降り、次の人の番が来た。
春祭りのテーマは「祝福」だ。新しいことに挑戦した、成長を実感する出来事があった、特に何もないけど気分がいい……。そんなありとあらゆる事柄に対し、祝いの言葉を述べるのである。
「ご主人様!」
「オフィリアさん!」
会場の様子をのんびりと見て回っていると、声をかけられた。柵で区切られた花畑で、守り人兄弟とチェルシーがこっちに手を振っている。
「ご主人様、もう誰かから花冠は受け取ったか? まだならば、ご主人様の一番はチェルシーがもらうのじゃ!」
「じゃあボクは二番!」
「しまった、出遅れた!」
私は三人から次々に花冠を被せられる。
チェルシーの花冠には色とりどりの花が使われている。テオのものは一番作りがしっかりしており、アイザックさんのは大きすぎて冠というより首飾りみたいだった。
「皆、ありがとう」
私は三人に礼を言った。
春祭りはイベントの最中に花冠を作り、それを誰かにプレゼントするのが伝統だそうだ。花冠を身につけたスタイルが正式な衣装なのだとか。
「私からもお返しするわね」
私は事前に何度も練習しておいた成果を発揮し、あっという間に三人分の花冠を作成した。テオが「オフィリアさん、やっぱり手先が器用だね!」と褒めてくれる。
「ご主人様、チェルシーと一緒に祭りを回るのじゃ!」
私の作った花冠を頭に乗せ、チェルシーはすっかり浮かれていた。守り人兄弟も「それなら僕らも一緒に!」と着いてきて、私たちは四人で辺りを練り歩く。
「あれをやろう、ご主人様!」
チェルシーが指差していたのは、私が先ほど通り過ぎた表彰式が行われているブースだった。こっちに気付いた住民たちが「オフィリアさんだ!」と言って、順番を譲ってくれる。
「今度はボクが最初!」
テオが表彰台に乗る。式を取り仕切っている両親に向けて笑いかけた。
「ボクは無事に地上での研修を終えることができました!」
「研修で地上生活を体験する守り人は、春祭りの最中に出発するのが習わしなんだ」
式の邪魔にならないように、アイザックさんがこそっと教えてくれる。
「それで、帰郷も春祭りの日にする。春に旅立ち、春に帰る、ってことだね。……まあ、テオが帰ってきたのは三ヶ月後の夏祭りの時だったけど」
「あなたの学びに祝福を授けます」
おじさまがそう言って、おばさまが息子の腕に腕章を巻く。
次はチェルシーが表彰台に立った。
「チェルシーは飛行樹の世話係になったぞ!」
あの魔法の種から生えてきた植物に、私たちは「飛行樹」という名前を与えた。そして、魔力供給係を降りたチェルシーがその世話をすることになったのである。
成長してから枯れるまでのサイクルがとても早いそうで、チェルシーは水をやったり種をまいたりと、日々まめまめしく働いていた。
端から見ると大変そうだけど、チェルシーは「手のかかる奴じゃのう!」と言いながらも結構楽しくやっているようだ。
地下部屋を出たチェルシーは、現在時計塔で暮らしている。守り人の館にもしょっちゅう遊びに来て、この間はお泊まり会もした。夜通しお喋りしたりゲームをしたりして過ごしたお陰で、次の日は寝不足になってしまったけれど。
「あなたの新しい役割に祝福を授けます」
おじさまからお祝いの言葉をもらったチェルシーは、上機嫌で腕章を巻いてもらっていた。「トリは任せるよ」とアイザックさんが彼女と入れ違いで前に出る。
「オフィリアさんとデートしました! さ、三回もキスして……」
アイザックさんが締まりのない顔になる。私は物陰に隠れたくなった。それ、皆の前で言っちゃう?
私とアイザックさんの仲は前とそこまで変わっていない。同じ家で生活して、同じ仕事をする。その日常の合間にたまに手を握ったり……アイザックさんが言うように、時にはキスしたりはするようになったけど。
「あなたの恋人関係に祝福を授けます」
息子のノロケ話にも顔色一つ変えず、おじさまは職務を遂行する。アイザックさんが「こ、恋人!」と声を上ずらせた。
「こ、恋、恋人だなんて! 僕たちはまだそんな……!」
「三回もキスしておいて、ただの友だちで済ませるの? お母さんはそんな子に育てた覚えはないわよ。そろそろいいところ見せなさい!」
「いいところ!? ……オ、オフィリアさん、大好きだ! ぼ、ぼぼぼぼ僕の、こ、恋、コイ……コイビト……」
「私の恋人になって、アイザックさん」
動揺しすぎて片言になってしまっているアイザックさんが可愛そうになり、私の方から申し出た。
アイザックさんは「モチロン、デス」と機械的に頷く。すっかり放心状態で表彰台から降りた後、何が起きたのかを理解したようで、「恋人! 僕とオフィリアさんが恋人!」と小躍りしだした。
まったく、こんな時までアイザックさんはアイザックさんなんだから!
でも、私たちの関係が前進したことはよしとしよう。
それに、そういうちょっと抜けているところも含めて、私はアイザックさんのことが好きなんだもの。
「次はあなたの番だよ、僕の恋人!」
アイザックさんが陽気に言った。私は前に出る。
何を言うかは決めていなかったけれど、表彰台に上がった途端に、セリフが降りてきた。
「私はこの聖域に来ることができました」
私は辺りに視線をやって、表彰台の周りや会場に集まる人たちを見た。
家族、恋人、友人、知人。呼び名は違えど、彼らは大切な仲間だ。そして、その大切な人たちが住むこの聖域もまた、私にとってかけがえのない場所だった。
「皆さんと知り合えたこと、ここで新しい生活を始められたこと。全てが素晴らしく幸福な経験でした。私の方こそ、この空中庭園に祝福を与えたい気持ちです」
「おやおや。まさか参加者であるオフィリア殿の方から、祝福をされることになるとは」
おじさまが愉快そうに笑った。
「では、空中庭園を代表してその祝福を受け取っておきましょう。あなたに来ていただいたことは、この聖域にとっても類い希なる幸運でした。我々からもお返しをいたしましょう。あなたに祝福を授けます」
「オフィリアさんに祝福を!」
「祝福を!」
住民たちが声を揃える。
それだけではなく、そよ風に乗ってどこからともなく、「我々の意志を継いだあなたに祝福を」と祝う声も聞こえてきた。
この聖域の全てが、私を受け入れ、愛してくれている。
私がここへ来た時からずっとそうだった。そしてそれは、この先も変わることはないだろう。
やっぱり、私は運命に導かれてこの地へたどり着いたんだ。
それならば、今後もこの道を行こう。
主として、守り人として、皆の同胞として。
空の楽園で、これからも末永く幸せに暮らしていくのだ。