竜と巡る冬祭り(1/1)
そうして迎えた冬祭りの日。秋祭りの時と同様に、私たち守り人は真っ先に会場入りした。
最終チェックが終わる。おじさまがアナウンスを流すために時計塔に登っていった。
「お待たせいたしました。ただ今より、冬祭りの開幕です」
さあ、いよいよ楽しい時間の始まりだ!
今日は朝から雪がちらつく日だった。それがお祭りを彩る演出の一環のようになっている。
私が今日のために用意した衣装は、ファーがたっぷりついた白いコートだ。裾の方には銀糸で雪の結晶の模様を刺繍してある。手袋とニット帽も身につけ、寒い野外でもできるだけ快適に過ごせるようにしておいた。
「ご主人様!」
お祭りが始まってしばらくして、約束の時間に待ち合わせ場所へ行くと、すでにチェルシーは来ていた。こっちに向かって元気よく手を振っている。
「ごめんなさい、待った?」
「ああ! チェルシーは三十分も前からここにいたぞ! 凍え死ぬかと思ったわ!」
冬祭りだからと張り切りすぎたのか、チェルシーはおへそが見える丈の短い服を着ていた。脚もがっつり露出しており、普段は見えない足首のアンクレットが確認できる。
そんな季節感が皆無のファッションのせいで、チェルシーの唇はまっ青になっているけれど、当の本人は気にした様子もない。「凍え死ぬ」などと言いながら、そのことすら楽しんでいるようだった。
どうやら、早くもお祭りの空気に呑み込まれているらしい。でも、このままじゃ風邪を引いてしまうかもしれないので、私のコートを貸してあげることにした。
「さて、どこから回ろうかしら?」
冬眠している住民もいるとはいえ、冬祭りも他の時期のお祭りに負けず劣らず賑わっている。チェルシーは物珍しそうにあちこちをきょときょと見回していた。
不意に、その頭に雪の玉がぶつかる。
「ごめんね!」
近くの雪合戦ブースから声がした。銀の髪に雪をくっつけ、頬を紅潮させたテオだ。どうやら、チェルシーは流れ弾に当たってしまったらしい。
「ほほう? このチェルシーに勝負を挑もうというのか?」
チェルシーは好戦的な顔になった。
「よかろう、受けて立つぞ。チェルシーとご主人様が相手じゃ!」
え? 私も?
なんて言う暇もなく、私はチェルシーに手を引かれて雪合戦の会場に連れて行かれた。ちょうど前の試合が終わったばかりだったので、すぐさま私たちの番となる。
「ルールは簡単! 他チームの選手に雪の玉を当てて、退場させるだけ! 最後まで誰か一人でもメンバーが残ったチームの勝利となります!」
参観者にタスキが配られる。色はチームごとに分かれていて、赤、青、黄色の三つ。私とチェルシーは赤チームだ。青チームにはテオが、黄色チームには、私を見つけるなり嬉しそうな顔になったアイザックさんが所属している。
「試合開始!」
ホイッスルが鳴り響き、辺りを雪の玉が飛び交う。私たちはあちこちにある塹壕に隠れたり、地面に設置された木でできた盾で身を守ったりしながら、会場を縦横無尽に駆け回った。
「あはははは! ほれほれ、捕まえてみよ!」
チェルシーはわざと敵チームに接近し、挑発するように両手を叩く。そして、相手が乗ってくると華麗な身のこなしで雪の玉を避けた。
「皆遅すぎるぞ! こうなったら、チームなど関係ない! 全員まとめてかかってくるのじゃ!」
ドラゴンに変身したチェルシーは、空中から意気揚々と雪玉をぶつけてくる。その内の一発が私に当たりそうになった。
「オフィリアさん、危ない!」
アイザックさんが私を突き飛ばす。雪玉は、彼の顔面にクリーンヒットした。
「アイザックさん!」
「オ、オフィリアさん……あなたが無事でよかっ……た……」
顔中を雪だらけにしながら、アイザックさんが糸の切れた人形のように地面に横たわる。私は「アイザックさーん!」と叫んだ。
「今生の別れ風の寸劇してる場合じゃないでしょ!」
テオが地面から引っこ抜いた盾を頭上に掲げながらツッコミを入れた。
うっかり乗せられてしまった私は恥ずかしくなりながら、「そうだったわね」とアイザックさんの顔の雪を払ってあげる。失格となった彼は、ブースの外で応援する側に回った。
周囲を見れば、皆空の上のチェルシーに果敢に挑みかかっていた。
けれど、彼女のいるところまで雪玉を飛ばせる人は誰もいない。そうこうする内に、一人、また一人と失格になっていくのだった。
「チェルシー! 降りてきなよ! こんなのフェアじゃないよ!」
「何を言っておるのじゃ。空から攻撃してはいけないという規則はなかったはずじゃ。そっちこそ、そんなところに隠れてないで出てくるのじゃ!」
テオは文句を言ったけど、チェルシーは聞く耳を持たなかった。いつの間にか、無事なのは私たち二人だけになってしまっている。
テオは「もう!」と頬を膨らませた。私は彼の盾の下に入れてもらいながら肩を竦める。
「チェルシーは冬祭りに来るのは久しぶりらしいわよ。それで羽目を外したくなったのよ」
「でも、これじゃあ勝負にならないよ!」
「そんな二人に朗報だよ!」
ふと、観客席から声がした。石臼に乗った老婆……競飛コーチのジルさんだ。
「向こうが飛んでいるのなら、こっちも飛べばいいのさ! ワシが特別に応援を呼んでおいてやったよ! それ行け!」
「グルル!」
「ヒヒン!」
威勢のいいジルさんの声と共に、二頭の飛行生物が会場に乱入してきた。サンダーバードとペガサスだ。
「おーちゃん! それに、あの子はテオの相棒の……!」
「流石コーチ!」
テオは盾を放り投げ、ペガサスに向かって勢いよく駆け寄っていく。私も後に続いた。おーちゃんの背中にひらりと飛び乗ると、彼は嬉しそうに高らかな鳴き声を上げる。
「さあ、競飛エキシビションマッチの開幕だよ!」
ジルさんのかけ声を合図に、私とテオはパートナーと共に空へ舞い上がった。チェルシーが狼狽したような様子を見せる。
「な、何じゃ!? そんなのアリか!?」
「空から攻撃しちゃダメってルールはないんでしょう? さあ、覚悟なさい!」
テオが右に、私が左にそれぞれ分かれる。そのままチェルシーを挟む形で雪玉を投げつけた。チェルシーはそれを避けようと上空へ逃げる。
私とテオは彼女を追跡した。
「頑張れ、守り人さんたち!」
「チェルシー! ドラゴンの意地を見せてやれ!」
いつの間にか雪合戦の会場にはたくさんの人が集まって、私たちに声援を送っていた。私とテオがチェルシーの横にぴったりと張り付くと、彼女は「むう……」と唸る。
「二人とも、やるではないか! じゃが、チェルシーの本気には追いつけまい!」
チェルシーはびゅんと音を立て加速した。そして、後ろを向いて「ふふーん」と笑い声を上げる。
「この勝負、チェルシーがもらっ……な、何ぃ!?」
チェルシーは、私たちなど、とっくに豆粒みたいな大きさになっていると思っていたようだ。しかし、予想に反して私もテオもすぐに追いついてきたのを見て、驚愕の表情になっている。
「ど、どういうことじゃ! どうして二人ともチェルシーに着いてこられるのじゃ!?」
「ボクたちを誰だと思ってるの?」
「それに、着いていけるだけじゃないわよ。……おーちゃん!」
私の指示を受け、おーちゃんがさらにスピードを上げた。そして、チェルシーの進行方向に回り込む。
「ぶ、ぶつかるっ!」
チェルシーが慌てて止まろうと減速した。私とテオはその瞬間を見逃さず、雪玉を投げつける。それと同時に、おーちゃんが上昇して飛び込んでくるチェルシーをかわした。
チェルシーは目の前に建っていた街灯に思い切り衝突して、やっと動きを止めた。その鱗で覆われた体には、私たちが投げた雪の塊がへばりついている。
「勝負あり! 優勝は、オフィリア選手とテオ選手です!」
審判が駆け寄ってきて、判定を下す。応援団は「いい試合だったねえ!」と鼻息を荒くしていた。ジルさんが「競飛エキシビションマッチ、これにて終幕!」と宣言する。
皆が大盛り上がりする中、チェルシーは街灯の下でうずくまったまま動かない。心配になった私は、おーちゃんから降りて彼女に歩み寄った。
「チェルシー? どうしたの? 怪我でもした?」
「……いいや」
チェルシーは変身を解き、こちらを向く。雪まみれの顔の下で、飴色の目が興奮に光り輝いていた。
「よかった! すごくよかったぞ! ご主人様、もう一回勝負じゃ! 次は負けぬぞ!」
おっと、予想に反してすごくご機嫌だ。チェルシーは鼻歌を歌いながら、私を雪合戦の会場まで引っ張っていく。観客たちが「そうこなくっちゃ!」と拳を上げながら、それに続いた。