竜の手、借してくれない?(1/1)
守り人の館へ戻り、守り人の仕事をする。私のいつもの日常が戻ってきた。
冬祭りまでは一ヶ月を切っており、守り人たちは準備に大わらわだった。会場を掃除して、綺麗に飾り付け、出し物の準備をして……。竜の手も借りたいほどの忙しさである。
もっとも、肝心の竜はそんなものを貸してくれる気配は全然なかったけれど。
「アイザックのせいで、ご主人様が不良になってしもうた!」
イルミネーション用のランタンが入った箱を運ぶアイザックさんの後ろをちょこちょこと着いていきながら、チェルシーは不満を漏らしている。
「ご主人様は、もう何週間も家に帰っておらんと聞くぞ! なんということじゃ! その内、暴走ユニコーンに乗って峠を攻めだすに違いない! それもこれも、皆アイザックがご主人様を守り人に勧誘したせいじゃ!」
「オフィリアさんはちゃんと家に帰ってきてるよ。言いがかりはよしてくれ」
「守り人の館はご主人様の家ではないわ! ご主人様は聖域の主なんじゃぞ! ならば、それに相応しいところに住むものじゃ!」
「でも私、守り人の館が気に入ってるのよ」
なおもアイザックさんに突っかかるチェルシーに対し、私は自分の気持ちを素直に話した。
「それにトッドが言っていたわ。聖域の主人だからって、主の館に住む必要はない、って」
「あの駄犬執事め! 嘆かわしいことじゃ! ここにはご主人様を悪の道に誘い込もうとする奴しかおらん! こうなったら、チェルシーがご主人様を守るしかないではないか!」
「お前は堅苦しすぎるんだよ、チェルシー」
アイザックさんがたしなめた。
「千年前の価値観はもう捨てろ。今と昔じゃ、時代が違うんだから」
「チェルシーを過去の遺物みたいに扱うのはやめるのじゃ! ずっと地下にこもりきりなんじゃから、しょうがないじゃろ!」
痛い所を突かれたとでも言いたげにアイザックさんが黙り込んだ。私は二人の間に割って入る。
「ねえ、チェルシー。そのことなんだけど……」
「何じゃ? チェルシーはなーんにも話す気はないぞ」
チェルシーは口を尖らせる。
「守り人の研修プログラムとやらがあるんじゃろう。そこで教えてもらえばよかろうて。ご主人様はどうしても守り人になりたいようじゃからなあ」
私が中々守り人を辞めないことに、チェルシーはすっかりへそを曲げていた。大事なことを聞こうとするとこの態度だ。
チェルシーの頑固さに触れる度、彼女から話を聞き出すのは簡単ではないと思い知らされるようだった。まあいいか。どの道、来月には問題の守り人研修を受けることになるんだし。
空からは、チラチラと雪が降ってきていた。アイザックさんをなじるのにも嫌気が差したのか、チェルシーはステージによじ登って、小さな雪だるまを作って遊んでいる。
「冬祭りでは、氷の彫刻で会場を囲むんですって」
彼女の傍に歩み寄った私は話題を変えた。
「本番が楽しみね。冬祭りって、毎年どんな感じなの?」
「チェルシーは知らぬ。他の奴らに聞いてみたらどうじゃ?」
チェルシーは素っ気ない返事しかしてくれなかった。一瞬、まだ機嫌が悪いのかと思ったけど、その口調に悪意は感じられない。
「チェルシーは今までお祭りに参加したことがなかったの?」
「そんなことはないぞ。幼い頃はよう行っておった。じゃが、最近はさっぱりじゃ。チェルシーには大事な仕事があるからのう」
「お仕事? それって確か、部屋にいることだったっけ?」
「それに、長く動き回っているのは疲れるのじゃ」
チェルシーはふああ、と大きなあくびをした。そういえば、チェルシーってよく眠そうにしてるものね。あんまり体力がないのかしら?
さっきまでその辺にいたのに、気付いたら姿が見えなくなってることも多いけど、もしかしたらどこかで居眠りしているのかもしれない。
「じゃあ、今年のお祭りは一緒に回らない?」
私は何気ない気持ちで提案した。チェルシーが目を見開く。
「チェルシーが地下で何をしているのかは知らないけど、せっかくのハレの日なのよ。そんな時くらい、お仕事をサボっても誰も文句は言わないわよ」
「じゃが……」
「ずっと外にいるのは疲れるっていうのなら、時々休めばいいわ。朝から晩まで盛り上がりましょう? 宝探しとか雪合戦とか、楽しいイベントがたくさんあるわよ!」
私の言葉に、チェルシーは心を動かされつつあるようだった。その様子を見て、ダメ押しのつもりでこう続ける。
「何より、私がチェルシーと一緒にいたいのよ。チェルシーは私と丸一日過ごすのは嫌?」
「そんなわけないじゃろう!」
チェルシーは首をぶんぶんと振った。
「チェルシーはご主人様といられるのが一番嬉しいのじゃ! それに……ご主人様の命令とあらば、供をせねばなるまい」
チェルシーは自分を納得させるようにうんうんと頷いている。
「分かった。チェルシーはご主人様と一緒に祭りに参加するのじゃ。……チェルシーの仕事に差し障りのない範囲でな」
「ええ、それでいいわ」
と言いつつも、私は冬祭りの間中、チェルシーを解放する気はまるでなかった。この仕事中毒のドラゴンにも、休暇は必要だ。
「今年はチェルシーにとって久々の冬祭りになるわね! これは気合いを入れて準備しないと! チェルシーも手伝ってくれる?」
「もちろんじゃ!」
チェルシーはステージからぴょこんと降りる。
こうして竜の手を借りた私は、冬祭りに向けてますます気合いを入れることとなったのである。