やっぱりお家が一番(1/1)
その後は、アイザックさんと共に守り人の仕事をして過ごす。
白霧島の夢魔にも会って、イベント企画「デイドリーム」の進捗確認もできたし、やり残したことを片付けられて肩の荷が下りた気分だった。
私が守り人のお仕事をしていても、空中庭園の住民は特に驚いたような様子はなかった。聖域の主はこんなことをしてはいけないってチェルシーは言っていたけど、きっと彼女が気にしすぎているだけなんだろう。
そんなこんなで忙しく立ち働いている内に、あっという間に時間は過ぎ、夕方になってしまった。今日の仕事はもう終わりにしよう。私は家に帰ることにした。
「……あっ」
守り人の館へ帰宅するアイザックさんに着いていきそうになり、私ははたと足を止める。習慣というのは中々抜けないものだ。苦笑いしつつ、アイザックさんと別れて主の館へ帰還した。
「お帰りなさいませ、マイ・レディ」
玄関扉を開けると、トッドを初めとする私に仕えている人たちがずらりとお出迎えしてくれた。
「お食事とお風呂、どちらになさいますか?」
「……食事」
「かしこまりました」
食堂へ案内される。まあ、もう場所は覚えてたから、そんなことをしてもらう必要はなかったんだけど。
私が席に着くと、本日の夕食が次々と運ばれてきた。
カゴに山盛りの蒸しパン、グルグル巻きにされて串で留められたソーセージ、四種の魚の煮込み、果物の砂糖漬け、甘い香りのするタルトなどなど。どう見ても一人で食べきれる量ではない。
「失礼いたします」
給仕が終わると、使用人たちは出ていった。
お腹が空いていた私は黙々と食事をする。
でも、途中でその手が止まった。並んだ料理の中に、香味野菜とチーズの詰め物がされた鳥の丸焼きがあるのに気付いたのだ。
パティちゃんがワイバーンにあぶり焼きにされそうになった事件を思い出し、私はちょっと笑ってしまった。
でも、すぐに真顔に戻る。一人でクスクス思い出し笑いなんかしていたら、変な人だと思われちゃうから。
だけど、そんな心配をする必要はなかった。だってこの部屋、私以外は誰もいないんだもの。
そうと気付いた途端、気分が少し重くなる。
守り人の館では、誰か遅くなる人がいない限り、食事は皆で取るのが常だった。そんな温かな食卓に慣れ切っていた私には、この食堂の静けさはどうにも堪えたのだ。
一度意識してしまった寂しさは、そう簡単には消えてくれなかった。食事を終えて私室へ下がっても、心が休まらない。
気晴らしに屋敷の中をブラブラと歩いてみたけれど、逆に心細い気分になってしまう。
主の館はあまりにも広すぎて、人の気配がほとんどしない。
そのせいか、だだっ広い廊下にぽつねんと立っていると、自分がこの世界でたった一人きりになってしまったような、言いようのないわびしさが胸の内に広がっていくのだ。
もしおばあ様が亡くなった後、あの地上の家でずっと暮らしていたら、毎日がこんな風だったのかしら。
そんなことにまで考えが及んでしまい、気が滅入ってくる。
居室に戻った私は、天井から伸びていた紐を引っ張った。
ベルが鳴り響き、執事のトッドが川の精霊を連れて駆けつけてくる。
「どうしたんだよ、オフィリア」
「リィィン?」
見知った顔に、安らぎを覚えずにはいられない。私は「別に何も」と返した。
「ただ、ちょっと寂しくなっちゃって。少しお喋りでもしない?」
「話し相手が欲しいんなら、それ専用の係がいるぜ? 呼んできてやるよ」
「リィン!」
「違うわ。そうじゃないの」
退室しかけるトッドを、私は慌てて制した。
「今は知らない人と話す気分じゃないのよ。私、まだこの館に慣れてないでしょう? だから、そんな中でも馴染んだ人がいると安心するの。そういうわけだから、話し相手はトッドに務めて欲しいのよ」
「もしかして、ホームシックってやつか?」
勘のいいトッドは、私の状態をすぐさま察したようだった。
「だったら、もっといい相手がいるだろ。守り人たちとかさ。あの一家、オフィリアのこと家族みたいに扱ってるじゃん」
「リィィン!」
「ええ、ありがたいことにね。でも、今から皆に来てもらうのは悪いわよ。もう日も落ちてるし、第一、大した用があるわけでもないのに……」
「じゃあ、オフィリアが向こうへ行けば?」
「え?」
思ってもみなかったことを言われ、私はきょとんとする。トッドは「そんな驚くことかよ」と返した。精霊も目をパチパチさせている。
「今まで通り、守り人の館に住んだらいいだろ? 聖域の主だからって、この家で暮らさなきゃならないって決まりはねえし。そもそも、ここはオフィリアの空中庭園だぜ? だったら、好きに振る舞えばいいじゃん」
……そうか。
選択の自由があるなんて、今の今まで全然気付かなかった。私は帰ってもいい。家族の元に戻ってもいいんだ。
「ありがとう、トッド! 精霊さん!」
私の胸を占領していた虚しさが、一気に吹き飛んでいった。取るものも取りあえず、車庫に行って馬車を出す。そして、我が家へと向かった。
「ただいま」
ポーチに立つ私を見て、玄関のドアを開けたテオが目を丸くした。でも、すぐに笑顔になって「おかえり」と言う。
家の中に入った私は、安心感がどっと湧いてくるのを感じた。
「ご飯は?」
「もう食べたわ。でも、お風呂はまだなの」
「分かった。じゃあ、一番風呂はオフィリアさんに譲るよ」
えへへ、とテオが明るい声を出す。
「戻ってきてくれてすごく嬉しいよ。オフィリアさんがいないと、何だか物足りない気分でさ。お父さんはご飯を三杯しかお代わりしないし、お母さんは食器を五人分出そうとするし、お兄ちゃんは『今、オフィリアさんの声がした!』って幻聴を聞いてばっかりだし……」
「テオ! オフィリアさんの気配がするぞ! 今度こそ気のせいじゃないと思う!」
居間からアイザックさんの声がする。私とテオは顔を見合わせてニヤリとした。
「どんな風に登場しようかしら?」
「後ろから目隠しして、『だーれだ?』って言うとか?」
「乗ったわ」
私はテオと軽くハイタッチして、イタズラ心をお供に忍び足で居間へと入っていった。