兼業は不可能ですか?(1/2)
次の日、私は早速チェルシーを訪ねることにした。
だけど、彼女の部屋の入り口は本島の下側というとんでもない場所にあるんだ。簡単に行くことはできない。
でも運がいいことに、私にはおーちゃんという心強い相棒がいた。彼に乗ってひとっ飛びすれば訪問は難しくない。
そんなこんなで、まずはおーちゃんを連れてくることから始める。主の館を出た私は、おーちゃんのいる清風島を目指した。
その道中、池の近くを通りかかった時、私はちょっとしたトラブルを目撃する。
「ぴぎゃあああっ! 助けてくださぁあああぃぃい!」
上空からの奇声に顔を上げると、ヒポグリフに乗ったパティちゃんがいた。
パティちゃんはその背中から今にも落ちそうになっている。原因はヒポグリフの気性が荒いから……ではなく、別のところにありそうだ。
「シャアアアッ!」
怒った声を上げながら、口から火を吐いてヒポグリフを追いかけている生き物がいる。ワイバーンだ。
「パティちゃん、頑張れ! 今、テオが向かってるから!」
地上では、アイザックさんが旗を振ってパティちゃんに声援を送っていた。私は彼に歩み寄り、「どういう状況?」と尋ねる。
「オフィリアさん!」
アイザックさんは飛び上がって驚いた。あわあわしながら事情を話そうとする。
「今、オフィリアさんに話しかけられてるところだ! キュンとしてる!」
「アイザックさんの状態じゃなくて、パティちゃんの状態よ」
アイザックさんは私が登場した衝撃で軽い記憶喪失にでもなったのか、手に持っている旗を不思議そうな目で見た。
それから空で叫び声を上げているパティちゃんに気付いて、「そうだった!」と両手をポンと打つ。
「パティちゃんが来年の競飛に向けて、今から練習を始めようとしてたんだ。それで、次回はパートナーを変えようと思ったらしいんだけど……」
「それが今パティちゃんが乗ってるヒポグリフってこと? そういえば彼女を追いかけてるワイバーンって、パティちゃんの相棒だった子じゃ……」
「そのとおり。『この浮気者!』って感じで嫉妬してるんだよ」
「嫉妬? 私の記憶にある限りじゃ、あのワイバーン、しょっちゅうパティちゃんを振り落としてた気がするけど」
「それがあの子なりの愛情表現なんだよ。素直じゃないんだ」
ペガサスに乗ったテオが颯爽と登場する。華麗に着地すると、「乗って!」と私に促した。
「ボク一人じゃちょっと厳しいから、競飛チャンピオンの手を借りたいんだ!」
「分かったわ」
私はテオの後ろに騎乗した。アイザックさんが素早く駆け寄ってきて、手に持っていた旗をペガサスの鞍の隙間に刺す。応援のつもり?
……いや、そもそも、どうしてアイザックさんは旗なんか持ってパティちゃんを励ましてたんだろう。試合観戦でもしてるノリだったのかしら?
ペガサスがふわりと浮き上がる。
テオの相棒は、滑らかで軽やかな飛び方をするようだった。やっぱり飛行生物によって、飛び心地って違うのね。
「オフィリアさん、ヒポグリフに飛び移れる?」
テオが聞いてくる。
「とにかくワイバーンを振り切らないと、このままじゃパティちゃんたちが丸焦げになるよ!」
「やってみるわ」
飛行中の生き物の背中に飛び乗れなんて、随分と無茶を言ってくれる。でも放っておいたら、今日の昼食が妖精とヒポグリフの丸焼きになっちゃうと言われれば、やるしかない。
テオのペガサスがヒポグリフに近づいていく。パティちゃんは相変わらず甲高い悲鳴を上げていた。
二頭の魔法生物が横並びになる。私は慎重に体勢を整えた。そして、大きく息を吸ってからペガサスの背中を蹴る。
「オフィリアさん! 来てくれたんですね!」
無事にヒポグリフの背中に着地した私を見て、パティちゃんが安堵の表情を浮かべた。
「アタシ、もうダメかと思いました!」
「安心するのはまだ早いわよ。……もっと速く飛べるわね?」
私は軽くヒポグリフの頭を撫でであげた。すると、すっかり恐慌を来していたヒポグリフはちょっと落ち着いたようで「キィ!」と鳴く。
どこかに飛んでいかないように、パティちゃんの体をしっかりと支える。ヒポグリフが速度を上げた。
パティちゃんは感嘆したように「ひゃー!」と言っている。
「これがチャンピオンの実力! 勉強させてもらいます!」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ!」
私がちらりと後ろを振り返ると、テオがペガサスからワイバーンの背に飛び乗るところだった。
彼は嫉妬に狂うパティちゃんの元相棒をどうにかなだめようとしている。けれど、ワイバーンはまるで言うことを聞いていなかった。テオを振り落とそうとはしなかったものの、こっちへ向かって絶賛炎のブレスを飛ばしている。
「右、左、右、右!」
私は炎が飛んでくる位置をヒポグリフに伝え、どうにかその攻撃を避けさせた。それでもワイバーンは諦めようとしなかったけど、両者の間はぐんぐんと距離が開いていく。
ついには、ワイバーンが見えなくなるところまで振り切ることができた。
「はあ~。危なかったです!」
パティちゃんが額の汗を拭く。
「オフィリアさんのお陰で助かりました! 流石です!」
「パティちゃん、確か相棒をこの子に変えようとしたんだっけ?」
「はい、そうです! これで来年の優勝トロフィーはアタシのものですよ! ねえ?」
パティちゃんはヒポグリフをよしよしと撫でてあげたけど、新相棒はというと、はた迷惑そうな顔をしている。まあ、黒焦げにされかかったんだから無理もないけど。
しばらくその辺をブラブラと飛んでから、私たちは先ほどの池の近くへ戻った。
不承不承といった様子だが、ワイバーンはすでに大人しく地面に座り込んでいる。その傍らにはテオとアイザックさんがいた。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました!」
パティちゃんがガバッと頭を下げる。
「あなたも悪い子ですね! お仕置きです!」
パティちゃんはワイバーンの頭をポカッと叩く。そのお返しに、ワイバーンはパティちゃんをパクリと呑み込んでしまった。
「な、何ですか、ここはー!? 暗くて湿ってて嫌な感じですぅ!」
口の中からパティちゃんの絶叫が聞こえた。彼女がおやつにされない内に、私は「出してあげて」とワイバーンに頼んで、どうにかパティちゃんを救出する。
「シャァァ」
ワイバーンはまるで反省している様子がない。私と守り人兄弟は「まったくもう……」と顔を見合わせた。
テオが「ねえ、パティちゃん。もう一回、この子を相棒にしてあげたら?」と提案した。
「えー! 何でですか!? だってアタシたち、相性最悪ですよ!」
「ケンカするほど仲がいいって言葉もあるんだよ」
アイザックさんのセリフに、パティちゃんは「そういうものですかぁ?」と半信半疑な顔になる。
「このワイバーンが怒ったのだって、パティちゃんが別の相棒に乗り換えたからでしょう? ボクのパートナーも普段は大人しいけど、そんな目に遭ったらすごく怖いことすると思うよ」
ペガサスがテオの体に自分の頭をこすりつける。パティちゃんは「銀の流星さんがそう言うなら……」と言った。
「でも、アタシの新しい相棒はどう思うでしょう? どうしてもアタシと組みたいってダダをこねるんじゃ……」
ヒポグリフは、冗談はよしてくれと言いたげに激しく首を横に振った。あまりの速度に残像が見えそうだ。
「問題はなさそうね。……さあ、仲直りの印よ。三人で清風島まで帰りなさい」
「ボクも行くよ。何だか心配だしね」
テオに先導される形で、パティちゃんと二頭の魔法生物はその場を後にした。
どうにか一件落着だ。
でも、清風島までは私が送っていけばよかったかしら。どうせ私も、おーちゃんに会うためにあそこに行こうとしてたんだし……。
「おぬし、何ということをしておるのじゃ!」
テオたちと入れ違いで空からやって来たのは、ドラゴンの姿のチェルシーだった。変身を解くと、アイザックさんに詰め寄る。
「ご主人様に危ないことをさせおって! 怪我でもしたらどうするんじゃ! あの可愛い顔に傷がついたら取り返しがつかんぞ!」
「これだから素人は。オフィリアさんはもちろん可愛い。でも、どちらかといえば綺麗系だろう」
「はあ!? 綺麗じゃと!? どこに目がついているんじゃ! そんな分かりきった事実、今さら口に出して言う必要はないわ! ご主人様への褒め言葉は『可愛い』がぴったりなのじゃ、この小童! 踏み潰すぞ!」
「やれるものならやってみろ! アイザック死すともオフィリアさんの美しさは死せずだ!」
「二人とも、よく分からないことでケンカするのはやめて!」
私は火花を散らすチェルシーとアイザックさんを引き離した。チェルシーはアイザックさんを睨みつけて「ふん」と鼻を鳴らす。