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「幸福」がご主人様を待っておるぞ!(2/3)

「……私も帰ろうかな」


 軽く伸びをする。作業は休まず進めたけど、いかんせん穴の数が多すぎるから、どうやったって今日中には終わらないだろう。調べたカギ穴は、全体から見ればほんのわずかな数でしかなかった。


 もっと効率的に調査をする方法、何かないかしら? そんなことを考えながら、守り人の館へ戻る。遅めの帰宅だったから皆心配しているかな、と思ったけど、案の定居間から荒れた声が聞こえてきた。


「やっぱり僕が着いていけばよかったんだ! オフィリアさんはきっと今頃、霧の中で震えて一歩も動けなくなっているに違いない! 『助けて、アイザックさん。お家に帰りたいわ。くすん、くすん……』って!」


「落ち着いてよ、お兄ちゃん。オフィリアさんはもっと気骨のある人だって分かってるでしょう? もうちょっと待って、それでも帰って来なかったら、お父さんたちと一緒に探しに行こう?」


「その必要はないわよ」


 私が居間に入っていくと、アイザックさんが伏せていた顔を、首がつりそうなくらい勢いよく上げた。その表情に、たちまち安堵の色が広がっていく。


「オフィリアさん! 随分遅かったな! 白霧島での仕事は、そんなに大変だったのかい?」


「仕事? ……あっ!」


 しまった! うっかりしてた! 私が白霧島へ行ったのは、冬祭りのイベント担当者に会うためだったわ! 色々あって、すっかり忘れてた!


「ご、ごめんなさい。お仕事、まだ終わってないの。今からでも行ってくるわね」


「気にしないで。そんなに緊急の用件じゃないし。また明日でいいよ。それに、こんな時間に訪問するのもどうかと思うしね」


 確かにテオの言うとおりだ。明日、改めて白霧島へ行こう。


「イベント担当者と面談していたんじゃないとすると……今までどこにいたんだ?」


「ええと……」


 一体何から話せばいいだろう? チェルシーに会ったこと? 宝物庫でずっと過ごしていたこと? それとも……私が聖域の主の血を引いているかもしれないってこと?


「大した話じゃないのよ。また今度、時間がある時にでも言うわ」


 今日起きた色々なことを思い出す内に、急に気疲れを覚えてしまった。こんな状態じゃ、上手く話をまとめられそうにない。今は少し休みたい気分だった。


「食事の準備をしてくるよ」


 私がちょっとぐったりしているのに気付いたのか、アイザックさんが話を打ち切った。テオも「お風呂の用意もできてるからね」と付け足す。


「元気になったら、またオフィリアさんの大冒険の物語を聞かせてくれ。楽しみにしてるから」


「冒険っていうほどの冒険はしてないわよ」


 私にまつわる秘密が解き明かされれば、大事件にはなるだろうけど。


 その後の私は、温め直してもらった夕食を食べ、お風呂に入ってやっと人心地がついた。ベッドに入る頃には、すでに日付も変わりかけの時間になっている。


 ウトウトしながら、私は夢と現実の境界線をさ迷った。私はまた白霧島にいる。そして、再びあの謎の声を聞いていた。


「開け 幸せの扉


 カギを開けよ カギを開けよ


 答えはあなたの手の中に


 眠れる幸福 思い出してごらん 何度でも……」


 私の意識は一瞬で覚醒した。ベッドから飛び起きる。


『答えはあなたの手の中に』


 机の上のアクセサリー箱の引き出しを勢いよく開け、中に入っているものを取り出した。


 琥珀色の石がついた、おばあ様の形見の指輪だ。


 ――レディ。この指輪は、わたくしたちの家に長年に渡って伝わっているものなのです。いずれはあなたが所有することになるのですよ。


 おばあ様はそう言っていた。


 私が主の血筋だとしたら、これは聖域を統べるサンクチュアリ家に受け継がれてきた品ということになる。


 指につける装身具だから、「答えはあなたの手の中に」。あの歌詞はこの指輪のことを指しているんじゃないだろうか?


「この指輪が……宝物庫を開けるカギ……?」


 私は指輪をグルグルと回してみる。そんなにじっくり眺めたことはなかったけど、こうしてよく観察してみても特に変わった点は見受けられなかった。


 指輪についている石を、宝物庫の壁の穴にはめてみるとか? でも、こんなに大きなへこみはなかったと思うし……。


 私は石を指先で撫でたりつまんだりしながらひたすらに考える。


 石がはまっている台座が動いたのはその時だった。


 まるで瓶の蓋を開けるように、右に回すと台座がゆっくりと緩んでいく。そして、その下に隠れていたものが現われた。


 石がそのまま持ち手となり、その下部には複雑な波模様に整形されたブレードがついている。


 カギだ。


 これはただの指輪じゃなかった。カギをしまっておくためのキーケースだったんだ。


 すっかり興奮状態の私は、ネグリジェを脱いで服を着替えると外へ飛び出した。街灯の明かりを頼りに夜道を進み、森へと向かう。そして、宝物庫に足を踏み入れた。


 ――血が教えてくれるのじゃ。


 チェルシーの言ったとおりだった。昼間はどれも同じに見えた穴の内、今は一つだけ妙に気になるものがある。


『ここは幸福と邂逅する場所』


 その文字の下に空いている穴。私はそこにカギを差し込み、回した。


 カチャリ


 小気味よい音がした。解錠されたのだ。

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挿絵(By みてみん)
あき伽耶様が作成してくださいました!
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