オフィリアの贈り物(1/1)
大波乱のレースを乗り越え、すっかり疲れ切っていた私は守り人の館でしばらく休んでから秋祭りの会場に戻ることにした。
そうしておいてよかったと思う。だって、会場に着いた途端にファンにもみくちゃにされてしまったから。
「優勝おめでとう!」
「あの試合は空中庭園の歴史に永遠に残るよ!」
皆が花だの手作りのメダルだのを渡してくるから、またもやおじさまたちが飛んできて、二回目の「オフィリアさんへのプレゼント渡し会場」を急遽セッティングすることになってしまった。
やっと人が捌ける頃には、辺りはすっかり暗くなっている。でも、皆は秋の長夜を楽しもうと意気込んでいるので、会場の興奮はまだまだ冷めそうにない。
「お知らせいたします。キャンドルウォーク開催まで、後一時間です。会場は、中央広場を出てすぐの簡易迷路となっております」
「昼の競飛、夜のキャンドルウォーク! これぞ秋祭りって感じだよね!」
アナウンスを聞いたテオは気持ちが高ぶってきているようだった。
他の人たちも同じらしく、皆ソワソワしていた。どうやら、この企画に参加しようと思っている人はかなり多いみたいだ。
これはのんびりしていられないわ!
私はまだ用意しておいたプレゼントを皆に渡していなかった。キャンドルウォークが始まったら住民たちは簡易迷路へ行ってそれどころじゃなくなってしまうかもしれないし、贈り物をするなら今しかないだろう。
私はステージに足を運び、踊っている人たちの間を縫って時計塔まで行く。夏祭りの時と同様に、今回もステージは塔を囲む形でセッティングされていたのだ。
塔のドアを開けると、中心に螺旋階段が設置されている部屋が広がっていた。私はそこを登り、塔の一番上まで行く。そして、鐘を背にする格好で会場を見下ろした。
事前の打ち合わせ通り、私の姿を認めると楽隊員たちはキリのいいところで音楽を止めた。隊員のリーダーが、皆に聞こえるように声を張り上げる。
「お集まりの皆様。今宵は我々の演奏の他に、特別な音楽をお楽しみください」
リーダーが手のひらで指す方に私がいるのに気付いて、皆の視線がこちらを向く。
私が壁際のボタンを押すと床の一部が横にスライドし、そこから先端にラッパ型の装置がついている棒が伸びてきた。
私はさらにボタンを押し、音声の届く範囲を聖域全体に拡大した。
そして、大きく息を吸い込むと装置に向かって歌を歌う。
「開け 幸せの扉」
少し声が震えていた。気を静めようと、目を閉じて続きの歌詞を口ずさむ。
「カギを開けよ カギを開けよ
答えはあなたの手の中に
眠れる幸福 思い出してごらん 何度でも」
しばらく間を置いて私はゆっくりと目を開き、お祭りに参加している住民たちを見渡した。
「これは、私の祖母がよく歌ってくれた歌です。私の家に伝わる子守歌なんだとか」
皆は静かに私の言葉を聞いている。私は会場に集まった人だけではなく、この聖域全体に語りかけるような気持ちで話をした。事実、私の声は空中庭園中に届いているのだから。
「この歌は私から皆さんへの感謝の印です。全員に渡せる贈り物なんて、これくらいしか考え付かなかったから……。ここに来られてよかったという私の気持ちを受け取ってくれれば幸いです」
私は一礼し、装置を元に戻してからその場を後にする。
外から歓呼の声が聞こえてきたのは、螺旋階段を降りている最中のことだった。
よかった。皆喜んでくれたんだ。
口元がほころぶのを感じる。
何を贈るかを思い付いてからというもの、私は競飛の特訓や守り人のお仕事と平行して、ずっと歌の練習をしていた。
この子守歌を選んだのは、これが私にとって大切な歌だったからだ。おばあ様との思い出の曲。私はこのプレゼントを空中庭園に住む人だけではなく、おばあ様にも捧げたつもりだった。
だって、おばあ様も私の大事な人だから。
もう亡くなってしまったけれど、そんなことは関係ない。きっとどこかで聞いてくれているだろう。それで、今頃「確かに受け取りましたよ、レディ」と言っているに違いなかった。
そんなことを考えてちょっぴり感傷的な気分になっていたけれど、外に出ると来場者たちが押し寄せてきて、しんみりした気分は吹き飛んでしまった。
彼らは口々に先ほどの歌の感想を言う。そのどれもが好意的なものばかりだ。
おばあ様、見ていますか? 私、今とても幸せですよ。
「皆様、お待たせいたしました。キャンドルウォークの開幕です」
アナウンスが流れる。
「行こう、オフィリアさん! 俺、オフィリアさんと歩きたいんだ! 日頃の感謝を聞いてくれよ!」
「私も一緒に行く!」
私はゾロゾロと着いてくる仲間たちと共に、次のイベントの舞台となる簡易迷路へ向かった。