オフィリアさんへのプレゼント渡し会場はこちらです!(1/1)
それからも日付は飛ぶように過ぎ、ついに秋祭りの日がやって来た。私は用意しておいた衣装に身を包む。
ハイウエストのドレスだ。色は深紫。これは、夏祭りの日にアイザックさんにもらったペンダントに合わせてのことだった。背中には、アクセントとなるように大きなリボンがつけられている。
丈は膝の辺りだったけど脚は黒い靴下で覆われているし、袖も手首まであるから防寒対策もバッチリだった。最近ぐっと気温が下がってきたから、あんまり薄着だと風邪を引いちゃうかもしれないもの。
下ろした髪にはドレスと同じ色の花を飾る。ふと、三ヶ月前に聖域に来た日のことを思い出した。
あの時も、ちょうどお祭りが開かれていた。そして、私は妖精のパティちゃんに体中を丹念に磨き上げられ、生まれて初めてドレスアップしたんだ。
その時と比べたら、肌も髪も見違えるように綺麗になった。地上ではお手入れしたくても時間的、金銭的な余裕はなかったけど、聖域の豊かでのんびりした暮らしの中では、そんなことを気にする必要はなかったから。
それだけではなく、私は自分の目で見ても前より生き生きしているように感じられた。きっと、生活苦から解放されて心にゆとりが生まれたからだろう。
嬉しい変化の数々に、私は鏡の前に立ってにこりと笑ってみせた。最終チェックをした後、階下へと降りていく。
台所ではすでにアイザックさんが席についていた。彼は私の姿を見るなり、朝食のリンゴジャムが塗られたトーストを喉に詰まらせる。
「げほっ、オ、ごほっ、オフィ、リア……さん!」
アイザックさんはミルクでトーストを喉の奥に流し込んだ。ちょっと涙目になっている。
「すごいよ……。ブドウみたいで美味しそうだね!」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん! とっても鮮度が高いよ! これならいくらでも食べられる! 僕の一番好きな果物を今日からブドウにしたっていいくらいだ!」
「……ありがとう?」
よく分からないけどお礼を言っておいた。まあ、夏祭りの時は「美……」しか言えなかったってことを考えれば、彼も充分成長しているかもしれない。
その後も「コンポートにしてもいいね!」等々意味不明な褒め言葉を並べるアイザックさんの隣で朝食を済ませ、私は守り人一家と共に中央広場に向かう。その道中、時計塔の鐘が六回鳴った。
空中庭園の四季のお祭りは、全て朝早くから夜遅くまで開催される。主催の守り人たちはお客さんが来る前に会場入りし、ラストは皆が帰るまで帰宅できない。
もちろん出し物を見て回ったりする時間はあるけれど、トラブルがあればそれに対処する必要もあるし、今回は私も夏祭りの時みたいに楽しんでばかりもいられなさそうだった。
でも、張り切る私とは対照的に、守り人たちはのんびりと構えている。……そうだったわね。ここでの生活に一番大切なのはゆったりとした気持ちだ。私も彼らを見習わないと!
会場に一番乗りした私たちは、最後の確認を行う。その最中に楽隊や料理人などの関係者も到着し、彼らの準備が整った後、おじさまがアナウンスを流すために時計塔に登っていった。
「お待たせいたしました。ただ今より、秋祭りの開幕です」
その放送から三十分もしない内に、会場には大勢の人が詰めかけていた。
自分の体よりも大きなカボチャのパイに舌鼓を打っているのはパティちゃんだ。お腹が丸く膨らんでいる。その体で飛べるのかしら?
秋祭りは自然の恵みに感謝するってコンセプトで料理も豪勢なものがたくさん振る舞われるから、つい食べ過ぎちゃったんだろう。
犬の獣人のトッドは、木の葉やどんぐりで装飾を施したステージで踊っている。
家族総出でお祭りに来たらしく、妹や両親もその近くでダンスをしていた。時々目を合わせながら含み笑いをする彼らの家族仲は、そんなに悪くなさそうに見える。
嵐の日には家族を信じ切れていなかったトッドだけど、その関係も徐々に修復されつつあるようだった。
彼の頭の上には川の精霊が乗っかっている。トッドの動きを真似するように、楽しげに跳ね回っていた。中々面白いペアだ。
おじさまとおばさまは仲よく芸術品展覧会のブースにいた。展示物の作者らしい青年と話しているところだ。
「オフィリアさん」
皆の様子を観察していると、テオが声をかけてくる。小さな包みを差し出された。
「プレゼントだよ」
「私に?」
秋祭りのテーマは感謝。それを象徴するように、お祭りの最中に恩人に贈り物を渡す習慣がある。
もちろんそのことは忘れていなかったけど、テオからもらえるなんて意外だ。どっちかというと、私の方がお世話になってるのに。
「そんなに驚かないでよ。ボク、オフィリアさんと出会えてすごくよかったって思ってるんだよ。だったら、感謝の気持ちを伝えないとでしょう? さあ、開けてみて」
促されるままに開封すると、中からはハンカチが出てきた。端っこの方には私の名前のイニシャルが刺繍されている。
「ハンカチはお店で買ったものだよ。でも、オフィリアさんの名前はボクが縫ったんだ」
テオが誇らしそうに言った。
「オフィリアさん、横断幕を作る時にお裁縫を教えてくれたよね? 早速活かす機会ができました、先生!」
「とっても上手よ」
私はおどけるテオを、目を細めて見つめた。たとえこの刺繍が「ォフイリァちん」となっていても同じ反応をしただろう。嬉しかったのは、彼の気持ちそのものなんだから。
「ああ、テオに先を越された!」
「俺もオフィリアさんにプレゼントしようと思ってたのにー!」
テオが私に贈り物をしたことに気付いた住民たちが、にわかに騒がしくなった。皆大小様々なプレゼントを懐やカバンから取り出す。
「オフィリアちゃん、受け取って!」
「ずるい! アタシが先よ!」
「ちょっと! 押さないで!」
辺りは大混雑になり、私はプレゼントの山に押し潰されそうになる。素早くおじさまとおばさまが飛んで来て、「はいはい、落ち着いて!」と皆をなだめた。
おばさまに誘導され、私は空いていたスペースに移される。おじさまはどこからか長机を持ってきて私の前に置き、周囲にロープを張り巡らせた。
「オフィリアさんへのプレゼント渡し会場はこちらです! 参加者の方はロープの内側にお並びください。持ち時間は一人十秒です。なお、オフィリアさんのお体に直接触れるなどの迷惑行為はご遠慮ください」
テオが来場者に向けてアナウンスを始める。この一家、アドリブ力高すぎない? まるであらかじめ訓練していたような無駄のない動きだわ。
お客さんたちは素直に列を作り始めた。プレゼントを手渡し、一言二言話してから去っていく。持ち時間十秒じゃそれが限界なんだろう。
その列には意外な人も並んでいた。
「アイザックです! 住まいは本島。仕事は守り人をしています!」
彼は興奮で顔を輝かせていた。自己紹介ありがとう。全部知ってる内容だけど。
「僕、一目見た時からあなたのファンでした! あっ、プレゼントは後で渡します。まずは僕の気持ちだけでも知っておいて欲しくて……。あの、ええと……今、こんな気分です!」
アイザックさんは私の手をギュッと握った。途端に、テオから注意が飛ぶ。
「お客様、迷惑行為はお控えください!」
アイザックさんは臨時で雇われた警備員のオークにつまみ出されてしまった。何しに来たんだろう、あの人。
まあ、手を握ってくれたのは結構嬉しかったけど。