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13/39

嵐が来ました。ちょっと川の様子を見てきます。(1/1)

 その日は日付が変わる頃から段々と風が強くなり始め、朝が来る時間には暴風となっていた。


 今日は一日、守り人のお仕事も競飛の練習もお休みだ。朝食を食べ終えた私は風が雨戸を打つ音を聞きながら、居間でアイザックさんやテオとのんびりボードゲームをして過ごすことにした。


 正面玄関のドアから呼び鈴の音がしたのは、そんな時のことだった。


「こんな嵐の日にお客さん?」


 テオはサイコロを持ったまま目を丸くした。アイザックさんが「僕が見てくるよ」と言って席を立つ。


 彼が居間に通したのは、昨日私が会った犬の獣人の男性だった。ひどくずぶ濡れで、彼の服からしたたった雨水が絨毯に染みを作る。


「息子が……トッドがいなくなってしまったんです!」


 男性はすっかり取り乱した様子でそう言った。


「川の様子を見に行く、と言ってそれっきり……。ああ、私のせいです! あの子がまた妹とケンカしていたから、きつく叱ってしまって……。それで家出したんです!」


「まずいことになった」


 アイザックさんが顔をしかめる。


「外出するだけでも危ないのに、よりによって水辺に向かっただなんて……。……テオ、彼に温かい飲み物と新しい服を用意してやってくれ。オフィリアさんは父さんと母さんに事情を説明しておいて欲しい。僕はトッドを探しに行く」


「待って!」


 テキパキと指示してその場を離れようとするアイザックさんに、私は反射的に声をかける。


「おじさまたちを呼んできた後は、私も捜索に加わるわ」


「オフィリアさんが!? そんなのダメだ! この天気で外に出るのは危険すぎる!」


「私は平気よ。それよりトッドでしょう?」


 私はアイザックさんの反応も見ずに居間を飛び出す。そして、書斎で本を読んでいたおじさまと、キッチンでお菓子を作っていたおばさまにたった今起きたばかりのことを話した。


 それから二階に上がり、慌ただしく準備を始める。役に立ちそうなものを片っ端からポシェットに放り込んでいった。最後に雨具を身につけ、階下へ降りる。玄関ホールでは、すでに準備万端のおじさまたちが待機していた。


「ホイッスルを」


 おじさまが首からぶら下げるタイプの笛を手渡してくる。


「何かあったらそれを吹いてください。……では、私はもう少し人手を集めてきます」


 おじさまは先に家を出た。おばさまが私に向き直る。


「オフィリアちゃんはおばさまとペアを組みましょうね。二人一組の方が、何かあった時に対処しやすいもの」


「私も行きます」


 居間からトッドの父親がやってくる。けれどテオが、「ダメですよ!」と彼を止めた。


「さっき着替えてる時に見えました。手を怪我してますよね? 早く治療しないと……」


「こんなもの平気です」


 男性は忌々しそうに右腕をさすった。


「ここへ来るまでに、少し滑って転んだだけです。そんなことより、息子が心配なんです」


「だったらなおさらここにいるべきですよ。もしトッドが見つかっても、あなたがもっとひどい怪我をしてしまったら何にもならないじゃないですか」


 私がそう言うと、おばさまも「まったくだわ」と同意した。


「テオ、応急手当の方法は知っているわよね? お母さんは医者を呼んでくるわ。その間、オフィリアちゃんには一人で捜索をしてもらうことになるけど……」


「平気です」


 私はしっかりと頷いてみせた。


「私、一人前の守り人になるって決めてますから。これくらい、なんてことありませんよ」


「……危ないことは絶対にしちゃダメよ? あなたに何かあったら、おばさまは悲しいわ」


 おばさまが心配そうに私の頬に手を添える。その温もりに胸を熱くしながら、私は「分かりました」と返した。


「大丈夫です。絶対にトッドを見つけますから」


 男性に向けてそう言うと、私は外へと続くドアを開ける。途端に暴風雨が室内に流れ込んできた。


 このままじゃ玄関がびしょびしょになっちゃう! 私は慌てて屋外に出てドアを閉めた。


 横殴りの雨が顔を打ち、風で雨具のフードが脱げる。私の薄い金色の髪が、踊るように宙を舞った。


 慎重にポーチの階段を降り、守り人の館を後にする。大した距離を行かない内から早くもずぶ濡れだ。


 さて、どこを探そうか。


 片手を目の上にかざして貧相な雨避けとしながら、私はトッドの父親が言っていたことを思い出していた。


 彼の話では、トッドは「川の様子を見に行く」と伝言して家を出て行ったらしい。つまり、川のあるところへ行けばトッドを見つけられる確率が高いということだ。


 でも、川ってどの川? この本島だけでも、大から小まで数え切れないくらいあるわよ?


 ……焦っちゃダメだ。ここは冷静に考えよう。


 トッドはイタズラばかりする困った子だけど、決して頭が悪いわけじゃない。嵐の時に外に……しかも水辺に近寄ったらどうなるかくらい分かっているはずだ。


 それでも彼はあえて川へ行った。その目的は? 彼にとって大切なところだったから、とか?


 ふと、昨日の出来事が蘇ってくる。私とトッドが嵐の対策をした場所に、確か川もあったはずだ。


「もしかして……」


 確証があったわけではないが、私は昨日彼と過ごした小川へ向かう。何となく、第六感のようなものが働いたのだ。


 その予感は当たった。小川の中にしゃがみ込んでいる獣人の少年がいる。


「トッド!」


 私は雨風に掻き消されないように声を張り上げ、ホイッスルを吹いた。甲高い音が荒れ狂う空に響く。


「こんなところで何してるの!? 皆が心配してるわよ! さあ、帰りましょう!」

「ダメだ!」


 トッドは必死の形相で首を振った。何故か、重労働の最中のように顔を真っ赤にしている。額からは雨だか汗だか分からないものが流れ落ちていた。


「俺はこいつを助けるまで、絶対に帰らない!」


 そう言って、トッドは再び小川の方に顔を向ける。私は「こいつって?」と返しながら、彼に近寄った。


 答えはすぐに分かった。丸太のような流木と水中の岩の隙間に、川の精霊が挟まっていたのだ。


「リィィン……」


 水の中からは、今にも消え入ってしまいそうなか細い精霊の声がする。トッドは「待ってろよ」とその精霊を励ましながら、流木を必死でどかそうとしていた。


「手伝うわ!」


 私も川の中に飛び込んだ。トッドと一緒に流木を押す。


「家にいる時、こいつの声が聞こえたんだ」


 トッドが声を喘がせながら言った。


「俺、精霊の言葉は分からないけど……でも、『助けて』って言ってる気がした。だからここへ来たんだ」


「きっと、うっかり避難先の浅瀬から出てしまった子ね。どうしてこのことを皆に言わなかったの? いくら人助けのためだからって、一人で来るのは危ないって分かってたでしょう?」


「俺の言うことなんて、誰も信じねえよ!」


 トッドがふてくされたように言った。


 橋の損傷を見つけた一件で家族と和解できるんじゃないかと思ったけど、私が甘かったらしい。長年に渡って彼の中に植え付けられた不信感が、人に頼るという選択を取らせてくれなかったみたいだ。


 そのことはひどく残念に思えるけれど、今は余計なことに気を取られている場合じゃない。早く精霊を助けないと!


「それっ!」


 私は力を込めて流木を押した。でも、木はびくともしない。その時だった。いきなり地面が揺れ、衝撃で流木と岩の隙間がさらに狭まったのは。


「リィィン……」


 精霊が不安げな声を出した。トッドは「くそっ!」と悪態を吐く。


「どうすりゃいいんだよ!」

「落ち着いて。助けは呼んであるわ」

「だけど、誰かが来るまでこの精霊が持たなかったら!?」


 トッドの言うことももっともだ。でも私たちの力では、この流木はとてもじゃないけど動かせそうもないし……。


 困り果てながら周りを見渡すと、川面には他にも流木がいくつも浮かんでいるのが目に留まる。不意に、精霊を助ける方法が頭に浮かんできた。


「ちょっと退いてて!」


 私は辺りにある中で一番長い流木をつかむと、精霊が挟まっている場所の近くに手頃な大きさの石を置いた。


「オフィリア? 何してるんだ?」

「精霊さん、ちょっと奥へ詰めていて!」


 私はトッドの疑問には答えず、木の先端を流木と岩の隙間に差し込んだ。川底に設置した石と手元の木が接触するように位置を調整する。そして、手に持っている木を……梃子てこを思い切り下へ押した。


 すると、先ほどまではびくともしなかった流木が持ち上がった。トッドはその瞬間を見逃さず、素早く精霊を救出する。


 私が木から手を離した時には、精霊はトッドの腕の中に無事に保護されていた。


「リィィン!」


 妖精と同じで精霊も体は頑丈なのか、怪我などはないようだ。外に出られたのが嬉しくて、トッドの周りをきゃっきゃと飛び回っている。


「オフィリアさん!」


 嵐に負けないくらいの大声がして、私の笛の音を聞きつけたアイザックさんが何人かの住民を連れてやって来た。


「トッドが見つかったのか!?」

「ええ、ご覧のとおりよ」


 私は精霊を肩に乗せたトッドに視線をやる。アイザックさんは一瞬ほっとした表情になった後、すぐに薄緑の瞳を吊り上げた。


「トッド! こんな時に出歩くなんて何を考えてるんだ!」

「リィン!」


 アイザックさんはお説教をしようとしたけど、トッドを庇うように精霊が立ち塞がったので、面食らったみたいな顔になる。


「トッドはね、この子を助けようとしたの」


 私は事情を説明する。


「岩と木の間に挟まってて、出られなくなっていたのよ。トッドが見つけなかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないわ」


「でも、俺一人の力じゃどうにもできなかったよ。本当に精霊を助けたのはオフィリアだ」


「リィィィン!」


 二人とも正しい! と言いたそうに精霊が声を上げる。住民たちは「あれまあ」と目をしばたいた。


「あのつむじ曲がりのトッドがなあ……」

「オフィリアちゃん、どんな魔法を使ったんだい?」

「何にもしてませんよ」


 笑いながらそう返し、「もう戻りましょう」と言った。雨も風も時間と共にどんどん激しくなっていたのだ。アイザックさんが「トッドは僕が送っていこう」と言った。


「皆、集まってくれてありがとう。帰る途中、他の捜索隊員を見つけたら事件は解決したって言っておいてくれ。すぐに全員に連絡は取れないだろうけど、トッドが見つかっても見つからなくても一時間経ったら守り人の館に集合することになってるからね。まだ事情を知らない人にはその時に話しておくよ」


「空中庭園全体に呼びかけることはできないの?」


 ふと思い付いたことがあって、提案してみる。


「ほら、夏祭りの時に会場中に聞こえるようにアナウンスが流れてたじゃない。あれ、きっと魔法よね? あの時と同じ方法を使って『トッドが見つかりました』って皆に言えばいいんじゃないかしら?」


「なるほど、いいアイデアだ。……でも、今は難しいかもね」


 アイザックさんが申し訳なさそうに言った。


「オフィリアさんの言うように、この聖域中に声を届けることは可能だ。でも、それには中央広場にある時計塔に登らないと。あそこには拡散魔法が仕込まれていて、空中庭園の中なら好きな範囲に音を届けられるんだ。でも、嵐の間は塔を閉鎖してるんだよ。時報の鐘は自動で鳴るようになってるけどね」


 時計塔の鐘がどこにいても聞こえるのはそういうわけだったのね。あれって、結構特別な建物だったみたい。


 塔が使えないとなると、やっぱり一人一人に声をかけていくしかないだろう。集まっていた捜索隊が各々帰路につき始める。


「じゃあ、僕はトッドの家に寄ってから戻るよ。オフィリアさんには一人で帰ってもらうことになりそうだけど……心配ないよね?」


「ええ、平気よ」


 トッドを見つけ精霊の救助にも一役買ったことで、アイザックさんの中の私への信頼が増したらしい。出かける時には見せてくれなかった表情を今は私に向けている。


「トッド、次に人命救助する時は、きちんと皆に事情を説明してからにするのよ」

「分かってるって」


 トッドは気安い調子で言って親指を立てる。


「オフィリアも気を付けて帰れよな」


 生意気な口調だけど、そこにはちゃんと気遣いがこもっていた。私は「あなたもね」と微笑みながら返し、アイザックさんやトッドと別れた。

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挿絵(By みてみん)
あき伽耶様が作成してくださいました!
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