絶対勝つぞ、えいえいおー(2/2)
おーちゃんと一緒にアリーナへ戻る。他の魔法生物がぞろぞろと着いて来そうになったから、飼育係さんは苦労して皆を柵の向こうに押し込めないといけなかった。
「今、鞍と手綱の準備をしてくるよ。それまでに、まずは飛ぶことに慣れておいてくれ」
ジルさんは奥の事務室へ引っ込んでいった。私はテオの姿を探して辺りをきょろきょろ見回してみたけど、見つけることができない。そんな私に、声をかけてくる女の子がいた。
「元お客様のオフィリアさんじゃないですか~!」
最初はワイバーンが話しかけてきたのかと思ったけど、よく見たらその背中に誰か乗っている。
私が初めて空中庭園を訪れた時にお世話をしてくれた、妖精のパティちゃんだ。
「ここにいるということは……競飛に出るんですね!?」
パティちゃんの目がキラリと光る。
「わあ~! 嬉しいです! アタシの初めてのレースをオフィリアさんとご一緒できるなんて!」
「あなたはその子に乗るの? パティちゃんって背中に羽が生えてるから、騎乗しなくても飛べるでしょう?」
パティちゃんの相棒のワイバーンは、落ち着かなさそうに体を揺らしている。パティちゃんは「まあ、それはそうなんですけど」と笑った。
「競飛は魔法生物に乗ることが必須の競技ですからね。相方がいないと始まらないんですよ」
「グルル!」
そのとおり! と言いたげにおーちゃんが鳴いた。パティちゃんは「オフィリアさんのパートナー、やる気充分ですね」と言う。
「よぉし! じゃあ、お二方よりも三日と一時間だけ先輩のアタシが、お手本を見せてあげますか! 初心者は、まずアリーナを一回りするところから始めるんですよ!」
パティちゃんは相棒の体をぴしゃりと叩いた。ワイバーンが甲高い声で鳴いて、後ろにのけぞる。
そして、猛スピードで上昇を開始した。
「うきゃああぁ! 止まってええぇぇぇ……!」
アリーナの屋根のない天井から外に出ていったパティちゃんは、あっという間に昼間の星になってしまった。
「グルル!」
先輩の雄姿におーちゃんが興奮する。その気になってるところ悪いけど、今のはアクシデントだと思うわよ……。
「私たちも飛ぶ練習をしましょうか」
気を取り直し、私はおーちゃんの背中に乗った。
「確かパティ先輩は、アリーナを一周するといいって言ってたわね」
まだ何も指示を出していないのに、おーちゃんが羽ばたき始めた。そして、疾風もかくやというスピードでアリーナを一回りどころか十回くらい旋回する。
私はといえば、振り落とされないようにおーちゃんの首に必死でしがみついていた。
待って待って! パティちゃんの相棒が猛烈な勢いで飛んでいったのは事故じゃなかったの!? もしかして競飛ってこれが普通!? 過激すぎない!?
「これ! 絶対勝つぞ、えいえいおー号!」
ジルさんが戻ってきたのは、私の手の感覚がなくなり始める頃だった。杵で地面をガンガン叩く。
「いきなりトップスピードでかっ飛ばす奴があるか! いいところ見せようとしたつもりかい? まったく、これだから男は……」
ジルさんに叱られ、やっとおーちゃんは止まった。その背中から降りた私は、これ以上ないほどにふらふらになっている。地面に立っていられるのがこんなに嬉しいと思ったのは初めてだった。
すっかり参ってしまった私を見て、おーちゃんは自分がヘマをやらかしたと気付いたらしい。申し訳なさそうに翼を畳んで丸くなった。
「私……レースが終わるまで生きていられるでしょうか……?」
「心配しなさんな。あんな速度で飛ぶのは、ラストスパートくらいだよ。それにしても、やるねえ、お嬢さん! あんなにぶっ飛ばされても、首にしがみついてるなんて! その根性、本番でも見せておくれ!」
今度はジルさんのきちんとした指導の下、私は鞍を着けたおーちゃんともっと穏やかな練習時間を過ごすことができた。
それでも彼は時々初心者向けとは思えないほどの速度を出すけど、ジルさん曰くおーちゃんは根っからの飛ばし屋だから仕方がないらしい。
ジルさんも大満足の上達ぶりを見せた私は、時計塔の鐘が二十回鳴る頃になってからようやくテオと帰宅した。それにしても、あの鐘って清風島まで聞こえてくるのね。びっくりだわ。
「意外だなあ。絶対勝つぞ、えいえいおー号が人を乗せてあげるなんて」
街灯でライトアップされた空中橋を渡りながらテオが伸びをする。
「彼、気難しいんだよね。それがあんなに懐いてるんだもん! オフィリアさんはすごいよ」
「ジルさんもそんなこと言ってたわ。でも地上にいた頃は、特別に生き物に好かれやすかったってわけでもないんだけど……」
私もテオに倣って伸びをした。慣れない運動ばかりだったので、何だか体がだるい。明日は筋肉痛だろう。
頭上を見ていた私は、視界を大きな影が横切ったのに気が付いた。翼があり、夜空に溶け込むような暗い色の体をしている生き物が空を飛んでいる。
あれってもしかして……。
「ねえ、テオ。この聖域って、ドラゴンも住んでるの?」
「え、オフィリアさん、見たの!?」
テオが仰天した。私は空を指しながら、「さっき飛んでいったのよ」と言う。
「運がいいね! 普段は滅多に外に出てこないのに! 何かいいことあるかもよ!」
よく分からないけど、ドラゴンを見られるのは珍しいことらしい。これはレースの結果も悪くないものになりそう……かしら?
空中橋の向こう側では、アイザックさんが馬車に乗って待っていてくれた。疲れ切っていた私とテオはありがたく乗車する。
アイザックさんが私の武勇伝を聞きたがり、テオがそれに生き生きと返していた。
「オフィリアさん、かなり才能あるよ! 次からは野外訓練に出てもいいってジルさんが言ってた! パティちゃんも『始めたばっかりなのに、もうアタシより上手いです!』って驚いてたし! パティちゃん、暴走した相方に振り落とされて外で迷子になってたから、ボクとオフィリアさんで見つけてアリーナまで連れ戻したんだ!」
弟から話を聞いたアイザックさんは、「本番が待ちきれないな」と上機嫌になる。
すごくくたくたで頭がぼんやりしていたけど、アイザックさんが期待してくれているということは分かった。
私は眠気と戦いながら、また明日からも練習を頑張ろうと決意を固くしたのだった。