プロローグ
私は幼い頃…といえども今もなお齢一桁という幼さなのだが、ここが乙女ゲームの世界で自分が女でありながら、隠し攻略キャラでヒロインに攻略される立場であるという確信があった。
ゲームの名前は最早うろ覚えすぎて覚えていないし、主人公の顔と名前も靄がかかったかのように思い出せない。他の攻略キャラクターがいるのは覚えているが、誰だったか顔も名前も思い出せない。でも、なぜか今自分が存在しているこの世界が、乙女ゲームだという確信がある。それはもう強く強くある。
前世の記憶はあるが、その記憶はゲームに関しての薄い記憶のみで、死因がなんだったか自分の名前がなんだったのかも思い出せない。
だが、私には今後の幸せが確証されている。私はいつかヒロインという名の女の子に攻略され、その子と幸せになるのだ。違いない、私の人生には幸せが確証されているのだ!
「お嬢様…、その、女の子同士はこの国ではご結婚できないのですよ…?」
絶望した。
私が将来の夢(可愛い女の子と結婚する)を私の使用人であるセシリアにそれはもう自信満々に語って聞かせたところ、なんとこの国アルウェーナでは同性同士の結婚は認められていないそうな。
なんということだ…。それはつまり、自分がヒロインと幸せになれないということ。ボロボロと思い描いていた理想が崩れていく気配を感じ、思わずうしろにフラりと倒れる。
「お嬢様!?」
遠くでセシリアの焦った声が聞こえたのを最後に、私は意識を失った。頭のなかで、ぼんやりとショックで気絶しちゃったのかなあなんて、どこか他人事に考える。
私はどうやら姿も名前も知らぬヒロインという存在に夢を見すぎているらしい。その少女は天女のように優しく、自分が路頭に迷っても手を差し伸べてくれる筈だと。
その日、肩より少し長かった髪をばっさりと切った。否、正確には切られたが正しいのかもしれない。
由緒正しい公爵家である我がウェルザー家には、跡継ぎがいない。父と母が跡継ぎをとそれはもう切磋琢磨したのだが、生まれれば死にの繰り返し。呪われたウェルザー家である。やっと何事もなく生まれたと思えば継承権のある男ではない女。
だがその女は、この魔法で全てが決まる世界では重宝されるべき、ウェルザー家に古くから伝わる光魔法を受け継いでいた。父と母は悩んだ。本来なら、この少女は生まれる価値のない継承権のない性別。だが最悪なことに光魔法を受け継いでしまった。
残された選択肢はただひとつだった。そんなもの決まっている。
彼女から女をとってしまえばいい。
そうして出来上がったのが、ルージュ・ウェルザーという一人の人間だった。性別を隠し生きていかなければならない宿命を持ち、その運命を棄てることは許されない。
これまでのこの世界での8年間は地獄に相応しいほどに辛いものだった。両親からも使用人からも白い目で見られ、前世ではどんな人生を歩んだのか覚えていないが、前世がどれほどましな人生だったのか比にならないと思う。
性別を偽るのが嫌なわけじゃない。これから嘘をついて生きていくのが嫌なわけでもない。誰も自分を見ていないことが、一番辛かった。
だからこそ、このウェルザー家の跡継ぎの一人息子の教育が完成する今日この日は、私にとってもウェルザー家にとっても記念すべき日となる。
明日にはお披露目会という名の舞踏会が開かれ、私の社交界デビューが決定するだろう。そうして晴れて乙女ゲームの舞台でもある魔法学園に入学した暁には、ヒロインと幸せになりたい。ヒロインに楽にしてもらいたい。
私の将来の夢は全て、利己主義で自分勝手な暴虐論だ。だから描く。だから願う。
早く、攻略されたい。私はずっと、あさはかな夢を見ている。