青く広がる海にて
星々を渡る船の事故による爆発寸前、一個の脱出ポッドが射出された。目標は、最寄りの岩石惑星である。脱出ポッドの窓から覗き込んだ少女、ティルメイが言いました。
「青くて砂色できれいな星だねぇ」
砂色と青色の二つの色から模様が出来上がった星だった。脱出ポッドに乗った人びとは不安な表情を浮かべながら、着陸の時を待ちました。
ドォン……。 無事に着陸したポッドのドアを開けて、人びとが出てきました。
「呼吸できる。機械に誤りはなかった!」
「文明がない。 助けが来るまでになんとかできるのかな」
人びとがそれぞれの思いを口に出しながら、その星がどんな星であるかを調査し出しました。その中で、脱出ポッドに乗っている中では唯一の子供であるティルメイはまた言いました。
「海は透き通ってて、砂浜がずーっと広がってるねえ」
星の綺麗さに目を輝かせて胸をときめかせているティルメイを尻目に、大人たちは戸惑い始めます。
「困ったぞ。この星には深海にしか植物がない。生物はどこにもいない。深海に行く装備もない。あるのは、ずっと広がる海と砂だけだ」
みんなは、せいぜい三日分の食料しか持っていませんでした。助けは呼びましたが、元居た星が遠すぎて助けがこれるかどうかわかりません。
1日、2日過ぎて3日目。大人たちは諦めました。脱出ポッドに寄り掛かる大人たちの視界には、無邪気にはしゃぎ回るティルメイの姿がありました。その姿を見た大人たちの数人かは集まって相談をし、あることを決めました。
4日目の朝。ティルメイの両親がいいました。
「こんなにいい天気だ。海にフェリーを出そう」
海に不時着したときのための舟が脱出ポッドに備え付けてあったので、それを引っ張り出してティルメイと両親とその他数人かで乗ります。エンジンを入れて、心地いい稼働音と共に海に乗り出します。
舟の頭が海を分けて進む。風切り風が涼しくて気持ちよい。青空は無限に広がって、視界を邪魔するものはなにもない。気持ちよくて、美しい世界であった。
「きれいきれい、気持ちいいねー!」
ティルメイが満面の笑顔になって、舟のなかではしゃぎ回る。たまに舟を止めては海に手を突っ込ませてみせて冷たさを知る。甲板に寝転んでは、満面に陽の光を受ける。
やがて夜になる。寝るのにうるさいのは嫌だからと大人たちはエンジンを止めた。舟の上で、興奮冷めやらぬティルメイに両親は薬のようなものを渡しました。
「明日も早いからね。今日はこれを飲んで寝て、明日に備えるんだよ」
その言葉のままにティルメイは薬を飲んでそそくさと毛布をかぶり、興奮をおさえられないのかもぞもぞとしています。彼女が毛布を被るや否や、ティルメイの母親がいきなり走り出して娘から離れ、目に涙を溢れさせました。
「ごめん、ティルメイ。でも私たちはもうおわりなのよ……」
しゃがんで、顔を手で覆う母親。そこに父親が寄り添います。
「仕方ないさ。飢餓に苦しみながら死を迎えるより、薬で安らかに眠ったほうがましさ。あいつの思い出は幸せなまま終わらせるべきなんだ……」
両親はお互いを抱きしめながら同時に薬をのみ、星空を見上げながら眠りにつきました。それを見届けた、まだ薬を飲んでいない最後の大人は最期の日記をしたためて、それから薬を飲みました。
そのときティルメイの毛布はまだもぞもぞとしていました。
日が昇った。みんなはおきてこない。わたしは舟のエンジンをふかした。
一年後、異星人の宇宙船が砂と海の星に降りる。姿かたちが全く異なる彼らは、一年前に不時着した脱出ポッドを見つけ、次いでに岸に上がった舟を見つけました。脱出ポッドと舟には白骨化した死体が幾つか転がっている。
「おい、これを見ろ」
と、舟の中で異星人がひとつの死体から日記を取り出しました。解読すると、宇宙船事故のことから舟の上で集団自殺を図ったことまで書いてありました。そこまで解読して、異星人たちは不思議に思いました。
「なぜ少女の骨がないんだろう」
そもそも少女が着ていた服さえも見当たりません。異星人のみんなが舟を出てみると、舟からのびているひとつの足跡が地平線のむこうまで続いているのが見えました。
「なぜ薬をのんで無事だったかわからないけれど」
と、ある異星人が言い出しました。
「きっと、ティルメイという少女は生きることを選んだんだ」