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第53話、クロード・クライシス侯爵③



「完成いたしました、アリスお嬢様」


「「おお……」」


 シファに頼んでよかったのではないだろうかと、この時無性に思ってしまったアリスが居た。

 少しだけ長い髪の毛をまとめたり、衣類を着るのは自分の役目だったはずなのに、今回シファのいう通りにした結果、鏡に映る自分はこれは自分なのだろうかと思うぐらい、綺麗に出来ていたのである。

 後ろにまとめられている髪の毛はとても綺麗に、丁寧さが物語っている程、綺麗に出来ており、服装もどうやらアーノルドが準備をしてくれたおかげでシンプルな服装を用意してくれたのか、令嬢らしい恰好になっている。

 流石にひらひらとして動きにくいモノだったら困ってしまうと思っていたのだが、アーノルドはアリスの事が分かっているかのように、シンプルで動きやすい服装を用意してくれた。


「……なんか、どんどんご主人様がアイツ色に染まりそうで怖いんだけど」


 影ながらそのように発言するアスモデウスに対し、アリスは何も言えなかったのである。

 間違いなくこのままだと、アーノルド色に染まってしまうのではないだろうか、とアリスも思ったからである。


「お嬢様の髪の毛もだいぶ痛んでおりましたね……オイルとか用意していなかったのですか?」

「あ、あはは……お金がそんなになかったので。あったとしても、ほとんど研究資料の本や魔導書など買っていたものですから……」

「……アーノルド様の言う通りですね。お嬢様は自分に無頓着すぎます」

「何も言い返せません……」


 シファの言葉に何も言い返せない。

 それぐらい、アリスは自分自身に対して無頓着なのだ。

 幼い頃からメイドや執事は居たのだが、ほとんどは自分の事は自分で行ってきた。

 食事も用意出来ない時は屋敷を抜け出して街で用意をしたり、またお金は家族から支給されないため、冒険者ギルドに行って自分で受けられる仕事をしてくれたり。

 影ではクロとシロが冒険者となって、稼いでくれたりもした。


 学園に通えるぐらいのお金は持つ事は出来たのだが、同時に生活費が厳しくなってしまった。

 一時期は祖父から援助をしてもらっていたが、父に止められてしまい生活が厳しくなった。

 ほとんど自分の為ではなく、資料を買うためにお金にし、自分の美容など全く使わず、研究に明け暮れた。

 調べる事や研究をする事は、アリスにとっては至福の時間なので好きな事をしていただけなのだが。


 髪の毛にオイルのようなものを塗ってくれたのか、少しだけ良い匂いがした。


「シファさ……シファ、私の髪の毛にオイル塗りました?」

「はい。スフィアお嬢様がお使いになっているものです。勝手ながら塗らせていただきました」

「わわ、いつもとちょっと髪の毛の毛先が違う……」

「ごわごわでしたもんね、ご主人様は……あ、ちょっといい匂いがする」


 自分の髪の毛を触りながら驚いているアリスと、そんなアリスの髪の毛の匂いを嗅いでいるアスモデウスの姿を見て、シファは静かに息を吐く。


 ――このまま磨けばきっと、美しい令嬢になるはずなのに。


(たかが魔力がほぼないと言う事で、家族に見放されたなんて……)


 シファにとって、魔力と言う存在はどうでも良い事だった。

 目の前で髪の毛を見て驚いているアリスの姿が、何処もかしこも普通の令嬢だ。

 それなのに、たかが魔力がほぼないと言う事で、冷遇されていた令嬢とは思えないほど、彼女自身明るそうに見えて――シファにとって、このままにしておくのは危険と判断したのである。


(少しだけ会話した程度なのに、本当に何も、興味がなさすぎるお方だ)


 シファは主であるアーノルドが彼女を気にかけている理由が分かった気がした。


「お嬢様」


 アリスは『お嬢様』と呼ばれている事に慣れていないのか、身体を震わせながらシファに視線を向ける。

 硬直した体で背筋を伸ばしながら、アリスはシファに目を向ける。


「あ、は、はい、なんですかシファ?」

「今日はとても良い天気です……提案なのですが、外でお茶でもいかがですか?」

「え、そ、外、ですか?

「はい外です。そのような顔をしていると言う事は……日の光を浴びるのは嫌ですか?」

「……あんまり、好きじゃない、ですかね?」


 アリスはそのように言いながら、何処か遠い目をしている様子が見られる。

 彼女にとって、日の光と言う存在は、ある意味天敵と言えるからである。

 元々屋敷に籠っていることが大好きなアリスは、時間など気にせず外に行く事もせず調べ物や研究を続けているタイプなので、外にでて買い物などしたりする令嬢ではないのだ。

 笑いながら答えるアリスの姿を見て、シファは真顔でアリスに目を向けた。


「……たまには、いいかもなー」


 静かにそのように呟きながら、アリスはシファの提案を断る事なく、肯定するのだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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