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第19話、兄と妹⑤


 一歩後ろに引くと同時に、嫌そうな顔をしながらダグラスの近くに居たアリスはゆっくりと後ろに下がるようにする行動に移る。

 そこまで引かれてしまうのだと言う事に驚きを感じたダグラスは再度声をかけようとしたのだが、次の瞬間アリスの身体を抱き上げながら前に現れる一人の人物――シロが不思議そうな顔をしながらアリスに視線を向ける。


「どうしたご……アリス」

「シロ……」

「何か嫌な事を言われたか?」

「……嫌な、事なのかなーダグラスさんさいてー」

「え、俺最低なの!?」


 とりあえずそのように言った後、アリスはシロの身体に顔を隠す。

 本当に嫌な事だったのだろうかと思いながら、シロはそのままアリスの頭を撫でたのだが、アリスは反応せず、静かにシロの身体に顔をくっつけていた。


(……そうか、結婚して出るって言うのもあるのかー)


 ダグラスの言葉を聞いたアリスは、まさかそのような考えがあると言う事を全然知らずにいた。

 一応、今のところアリスの状況は伯爵令嬢だ。例え、冷遇されていたとしても、存在を無視されていたとしても、存在を無視しているのは家族のみ。こうしてアリスの存在を教えてくれる人たちはたくさんいる。


 しかし、『結婚』と言う言葉を聞いた所で、アリスの胸には響く事はなかった。


(……私はきっと、『家族』を作るつもりなんて、ないんだ)


 アリスはそもそも、『家族』としての『愛情』を知らない。

 結婚して、子供を産んで、そうしたら旦那になった相手を、自分で産んだ子供を愛する事は出来るのだろうか?

 今の状況からすると、そんな事絶対に出来ないとアリスは考える。しかし、ダグラスの言う通り、あの家から出るのであれば『結婚』も一つの作戦だ。

 シロに視線を向けるようにしながら顔をあげると、シロも不思議そうな顔をしながらアリスを見ている。

 しばらくシロを見つめ続けて数十秒。


「シロ」

「なんだ、アリス」

「もし、万が一、それが起きたら、私、シロと結婚するね」

「………………何を言っているんだ、お前は」


 まさかそのような発言を主人であるアリスから聞くとは思わなかったシロは一瞬だけ同様してしまったが、その動揺を隠すために頭を撫でながらはぐらかした。

 指先が震えながら居る姿を見たのは、長年一緒にいるクロのみ。


「あー……動揺してますね、シロ」

「うるせぇ」


 楽しそうに笑うクロがそのように言ってきたので、一変この場でぶん殴って黙らせようかと考えてしまったシロが居たなんて、気づかないまま。

 そんなシロとクロのやり取りを、アリスは楽しそうに笑いながらミリーナの方に目を向けようとした時だった。


「……え?」


 アリスが目を向けた先に居たのは、自分の方に視線を向けて驚いた顔をしている青年の姿だった。

 何故、彼がこの場に居るのか理解できないアリスは驚いた顔をしながら思わず目を凝視してしまう――そこに居たのは、実の兄であるリチャードだった。

 リチャードもアリスがその場にいた事に驚いていたのか、目を見開いてアリスに視線を向けている。リチャードの後ろには数人の若い人たち。


「どうしたの、リチャード?」

「え、あ……い、いや、なんでもない」


 隣に居た少女がリチャードに声をかけるが、リチャードは少し動揺した素振りを見せながら、そのまま冒険者ギルドから出ていく。

 彼の後を追うように、少女と、青年が二人、そのまま後にするのを見送った後、アリスはミリーナに声をかけた。


「ミリーナさん、今……」

「ええ、リチャード様でしょう、アリスちゃん」

「はい……どうして兄上が?」

「夏休みを利用して、魔獣退治などする予定らしいわ。元々リチャード様は冒険者登録をして実力はあるからね。確か、Cランクだったかしら……」

「……」


 兄のリチャードが冒険者登録をしていたと言う事は昔、メイドから聞いたことがあったが、まさか鉢合わせをするとは思っていなかった。

 相変わらず変わらない兄の姿に、アリスは静かに息を吐く。


「……諦めてないんだな、兄上は」

「諦めていない、と言うのは?」

「私の家って、元々魔術師で有名な家系だって、話したでしょう?」

「そう言えば、そんな事を言っていたな……」

「うん。まぁ、魔力がほぼないから私は家族から無視されている扱いなんだけど……兄上はそれ以上に魔力が高くてね」


 まだ妹としてみてくれていた時の事を思い出す。

 いつも一緒に、傍に居てくれた兄であるリチャードは、毎日のように傍に居てくれたり、本を読んでいてくれたことを思い出す。

 その時、兄は自分は魔力がこの家の中で一番高い事、将来を有望されていると言う事を話してくれたことがある――が、それ以上に兄は何処か寂しそうな顔をしながらアリスに言った。


『……本当は俺、騎士団に入りたいんだ。騎士になって、みんなを守りたいんだよなぁ』


 きっと、父親にその事を話してしまったらぶん殴られるのかもしれないと思い、小さな声で話してくれた事を思い出す。

 現に先ほどのリチャードの恰好は魔術師と言う恰好ではなかった。片手に剣を持ち、あれはまるで――。


「……ミリーナさん、兄上は魔術師で登録はしていないんですか?」

「ええ、剣士で登録しているわ」

「……そっか」


 兄は夢をまだ諦めていないのだろうと思いながら、出て行った扉の方に目を傾けながら、小さく笑ってしまった。

 彼はまだ、あの頃のリチャードなのだろうと安心したからである。

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