第2章第018話 救助
第2章第018話 救助
・Side:アイリ・エマント
レイコちゃんが、レッドさんを渡してきます。
私が心配しているのに、レイコちゃんったら、
「逆にちょっと引きますよ」
と笑って、石炭鉱山に向かっていきました。
私は鉱山の方を眺められる監視塔に昇りました。
レイコちゃんは、一旦西から回り込む手はずになっていますが。蟻の上を飛び越えながら、凄い速度で走ってきます。姿はすぐに見えなくなりました。
大量の蟻が、砦に押し寄せてきています。領兵やギルドの人たちが頑張って、壁を昇ってくる蟻を撃退していますが。ものすごい数です、何日も保つとは思えません。レイコちゃんが言っていたように、確かに今やらないと手遅れなのでしょう。
四半刻くらい経った頃でしょうか。小ユルガルムの中央の小山、石炭鉱山のあるところでしょう、そこから音も無く火が噴き出しました。何事?と思った直後、下から突き上げるような振動が来たと思ったら、鉱山の方からドカンっという爆発音が届きます。
火山という物があるという話は聞いたことがあります。実物があるとしたら、今目の前の光景がそれなのでしょうか。割けた小山から火柱が何百ベメルも吹き上がったと思ったら、すぐに真っ黒な煙が、まるでキノコのように昇っていきます。
穴から吹き出したと思われる石が周囲に降り注いでいます。砦のあたりは、降ってくるのは砂粒程度ですが、中心近くには結構大きな岩もガンガン落ちているようです。
小山周辺の蟻は、最初の爆発で吹き飛ばされたようで。周囲で踏みとどまっている個体は降ってくる石にやられているようです。
なんと。砦に昇ろうとしてた蟻が止っています。正確には、目的を見失ってうろうろしているといったところでしょうか。砦から出た兵士達が、蟻を各個撃破しています。
あの爆発で、何かしら蟻の巣の重要な部分を破壊できたであろう事は、兵士達にも分ったようで。そこらかしこから歓声が上がっています。
「た…助かったのか?」
タルタス隊長がつぶやきます。でも、まだ重要なことが残っています。
しばらくして、黒い雲が風に流されて視界が晴れたとき。その跡には炭鉱の小山は無くなっており、ここからも巨大な穴が空いているのが見えました。
そんなことよりレイコちゃんです。あの爆発の中心にいたのは間違いありません。
抱えたレッドさんは、なにか探しているように穴の方を凝視しています。
「こっちだ」
え?今のレッドさん? なんか男の人の声がしました。
レッドさんが監視塔の上から飛び立ちます。追いかけないと!
キャラバンの護衛隊から何人か、それにバール君にも付いてきて貰って、レッドさんの飛んでった方向に急ぎます。
たまに蟻がいますが、ふらふらしているだけで、すでに脅威ではありません。そんなのは後回しです。
レッドさんは、爆発で空いた穴から百ベメルほど離れたところに降りてました。灰色の土砂が積もった所では、レッドさんは赤いのでよく目立ちます。
「ここを掘ってくれ」
またしても男の声です。…レッドさんの口からでは無く、羽から声が出ている? いえ、そんなことは後回しです。
吹き出した砂やら石やらが積もり、吹き飛んだ蟻が散らばる場所に駆つけ、そこを掘っています。
正直、いやな予感しかしません。バール君も手伝います。
積もったばかりの土砂なので、手でもなんとか掘れます。
っ! バール君がなにか見つけました。…手です。
ただ、人間の手には見えません。赤い手です。子供の手のサイズの、赤く塗った彫像の手のようにしか見えませんが。
「レイコちゃんっ!」
直感でそれがレイコちゃんだと思いました。
手の周囲を掘りまくります。皆が手伝ってくれます。石で切れた手から血が出ても気にしていられません。
出てきた物は…やはり人間には見えません。
髪の毛の類いも無く、砂埃で汚れた、赤い人形、としか言いようのない"物"です。
「いやーーっ!レイコちゃんっ!」
生きているようには、というより生き物だったようには見えないそれを抱きかかえます。首も手足もだらんとしています。
「そんな…そんな…」
涙が溢れて、レイコちゃんの顔を濡らします。
…そのとき。レイコちゃんの指がかすかに動くのが見えました。びっくりして凝視すると、口もわずかに動いています。
「…だいじょうぶだから。玲子を頼みます」
レッドさんが羽を畳み、レイコちゃんを心配するように側に来ました。
「クー…」
…元のレッドさんに戻った?
悲愴な顔をした護衛隊の人たちが集まってきています。が、レイコちゃんの姿を見て、だれもが最悪を想像していて声を出しません。
「レイコちゃん、動いています! 生きています!」
まさか?という顔をする護衛の人達ですが。それでころではありません。
護衛の人からマントを借りてレイコちゃんを包みます。ともかく安全なところへ…と思ったところで護衛隊の人が、自分の方が早いと代わりにレイコちゃんを抱き上げてくれました。
私はレッドさんを抱き上げて、それに続きます。
砦近くの診療所にレイコちゃんを運び込み、ベットに寝かせます。
医者が来てはくれましたが。一目見ただけで、「これで生きているわけが無い!」と喚き、護衛隊の人に殴られそうになっています。
レイコちゃんの枕元に立ったレッドさんが、なにか身振り手振りをしています。もう喋らないんですか?
…カップに注いで飲むような仕草…水ですね? 急いで水を持ってきて貰います。それをレイコちゃんの口にちょっとたらすと…赤い喉が動きます。飲みましたっ!。
少しずつ口に注ぐと、カップ一杯ほどの水を飲んでくれました。
護衛隊の人が、さらに桶に水を汲んできてくれていますが、流石に一度にはその量は飲ませられません。
護衛隊の人には一度出て貰って、その水を使って土塵まみれのレイコちゃんの体を拭き、毛布を掛けます。この状態で服を着せて良いものかは、ちょっと分りません。包帯を巻いた方が良いのかしら? でも普通の火傷とは違うようです。
ここでレッドさんがまた身振り手振りをしています。うーん、ちょっと分らないですね。いつも直接レッドさんと心で会話していたレイコちゃんを思い出しますが。私には無理です。また喋ってくれませんかね?
角を持った動物? 何かを絞る仕草。…もしかして牛の乳ですか? 正解?
ご所望は、牛の乳でした。それを毎日カップで五杯持ってきて欲しいとのこと。
城から見舞いに来られていたウードゥル様が、手配してくれることになりました。
あの炭鉱から吹き出した火柱は、城からも見えたそうです。
レイコちゃんについての報が城に届くと、アイズン伯爵家とユルガルム候の方々が駆けつけてきました。
クラウヤート様は、レイコちゃんの姿を見て絶句しています。
もっと良い医者を探せとか、王都に運ぶべきではとか、喧々諤々していましたが。
レッドさんが、指を一本口の前に立てます。それが静かにしてくれということは、皆に伝わったようです。
小竜様がそう言うのならと、しばらく様子を見ることになりました。
私が付きっきりでレイコちゃんの看病することにしました。とはいえ、見守る以外出来ることはないのですが。
次の日、レイコちゃんがうっすらと目を開けました。とは言っても、まだ意思疎通は出来ません。
あそこで最初に見つけたときには、眼球にも艶が無く砂を被っていましたが。今は潤いを取り戻しています。
全身はまだ真っ赤なままですが。牛の乳はなんとか飲んでくれました。結構な量を飲んで、また目を瞑ります。
レッドさんは、レイコちゃんの枕元から離れません。
二日目。真っ赤だったレイコちゃんの体が、少し白くなりました。色が変わったというより、薄膜が張ったという感じです。
五日目。ほぼ元通りの肌になりました。髪の毛は無くなっていますが、頭と眉毛のところには産毛みたいな薄い毛が見られます。
そして…
「…アイリさん?」
レイコちゃんの意識が戻りました!。睫毛も生えた目がぱっちりと開いて、私を見てくれています。
その報が周囲に伝わり、診療所の中は大騒ぎです。
お帰りなさいレイコちゃん。本当に良かった。




