■99 VS鬼
最近眠い。
私達パーティーは明らかにバトルフィールドと思しき地に足を踏み入れた。
しかし何にも起こらない。
不思議がる私にスノーは仮説を立てた。
「もう少し近くまで寄る。それがトリガーかもしれないな」
根拠はないけど何となく私もそんな気はしていた。
今までだってまだ抜け出せそうなエリアにいても何にも反応がないことがしばしばあった経験がある。
それらを踏まえると、確かにスノーの発言は的を射ていた。
「じゃあ皆んな武器を構えててよ。私が行ってくるからさ!」
「大丈夫ちなっち?」
「平気平気ー問題ないってー」
ちなっちは頭の後ろで腕を組む。
しかしそこから放出される気配は深妙だ。鋭い気配とはまさにこのことで、Katanaとはまた違う凄みを含んでいた。頼りになる。私はそんな背中をじっと見ていた。
「マナ、少し下がれ」
「う、うん」
スノーに言われ一歩下がると、私も鞘から〈麒麟の星雫〉を抜刀する。
何故か自動的に手入れされている不思議な武器。そんなレジェンドレアの相棒を強く握り締めながら、徐々に中心に寄っていくちなっちの背中を見つめた。
そんなちなっちが真ん中付近に辿りついた瞬間、ちなっちは左腰に取り付けた二対の双剣、〈赫灼相翼〉を瞬時に引き抜いた。
「来る」
「ちなっち!」
ちなっちな気配がさらに殺気立つ。
怖いとかそう言う感じではなくて、警戒がMAXになってるんだとすぐさまわかる。
そしてその警戒の意味はまさしく本物だった。
何故なら……
「貴様ら何者だ」
「し、喋った!」
現れたのは巨大な鬼。
全身は黒く、鋭くて白い二本の角が特徴的なモンスターだった。そしてあろうことか人の言葉がわかるようでそれがまたこのモンスターが特別だと言うことを証明してくれた。
「はっ!俺を討伐しに来た冒険者か。だが俺を討伐することなど不可能だ!」
「それはどうかなー。ふん!」
人の言葉を口にするオーガ。
話の間に乱入して、最初の一撃を繰り出したのはちなっちだった。
キーン!!
金属音が空を裂く。
それは開幕の合図で、ちなっちの握る〈赫灼相翼〉はしっかりとオーガの首筋を狙っていた。しかし予想と異なったのは、オーガの二の腕がそれをガードしていたことにある。
「ほお。なかなかやるな」
「えっ、マジ?」
ちなっちは腕を払われる寸前に飛ぶように後ろに下がった。
しかしオーガはそんなちなっち目掛けて拳を振り下ろす。振り下ろされた拳により地面の中に潜り込んでいた小石がもの凄い速さで飛んでくる。
ちなっちはそれらを全て回避する事は出来ず防御しながら【加速】して回り込んだ。
「このっ!」
「ふん!その程度か」
反対側に瞬時に回り込んだちなっちは双剣を同時にぶつけるがそれらもやはり弾かれてしまう。
さらに今度はワイヤーを掴まれて逆に振り回されてしまうが、ワイヤーを瞬時に切り離して回避した。【受け身】で何とか怪我をせずに済んだのはいいけど、ちなっちは奥歯を噛んでいた。
「くそっ!」
「ちなっち大丈夫?」
「うん。なんとかねー」
ちなっちはヘラヘラした言い方で場を和ませてくれるけど、すぐさまオーガを睨みつける。
その手で握り込む双剣の柄からは滲んだ汗が滴る。張り詰めた空気感が全体を包み込む。
(どうしよう。このままじゃ)
強さが如何とかではない。
この空気が場をしんみりさせて精神的にアウェーにさせてしまう。
私はそれを危惧していたが、ちなっちは立ち上がりタイガーも拳をかち合わせる。
「まだだよー!」
「おっしゃ。じゃあ俺も行くぜ!」
二人は燃えていた。
リアルでは考えられないほど熱く燃えたぎるタイガーの勇ましい姿はスプリガン戦の時と似ている。やっぱり二人は頼りになる。それからカッコいい。
「(だよね。こんなことで落ち込んじゃ駄目なんだ)Katana、スノーを援護して。スノーは後方支援をお願い」
「はい」
「わかった」
私は珍しく指示を出す。
それから私も前に出た。
一気に【雷歩】を極地的に発生させ、極限に迎え入れる。そうすればいくらオーガでもただじゃ済まないはずだ。
「行くよ二人とも」
「OK!」
「任せろ!」
私達は呼吸を合わせて飛び出した。
私が【雷歩】で、ちなっちが【加速】。
左右からのダブル双剣の流れ技が繰り出された。
「おりゃあ!」
「せいやっ!」
オーガはそれらを両の腕で耐えようととする。
しかしがら空きになった顔面にタイガーが飛び込んだ。
「喰らえ!」
タイガーは拳を作る。
そして強烈な一撃を叩き込んだ。
「【孤軍奮闘】!からの、《タイガー・インパクト》!」
タイガーのスキルと魔法とが絡み合う。
一人での戦闘に特化したタイガーの強烈な一撃は真っ当な破壊力を持っていた。
オーガの牙が砕ける。砕けた牙の破片が散らばっていった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!よくも、俺の牙を!」
「よっしゃ。効いてる効いてる!」
「タイガー凄い!よーし、私達も行くよちなっち!」
「OK!せーのっ!」
「「はいっ!」」
私とちなっちはさらにそこへ追い討ちを仕掛けるように双剣を振るった。〈赫灼相翼〉の繋がれた刃と私の〈波状の白星〉の波状攻撃に〈麒麟の星雫〉の重たい一撃が加わると、もう片方の牙も砕け散った。
「グガァァァァァァァァァァァァァ!!」
叫びが断末魔に変わり、狂喜乱舞する。
冷静な思考を掻き乱されたオーガはその強靭な両腕をブンブンと振り回した。
そりゃそうだ。誰だって歯が砕けたら痛いに決まっている。それを痛感して、力任せの攻撃は後も容易く避けられた。何故なら動きが遅いからだ。
「おっと、うわぁ!」
だけども途中、奇想天外な動きから拳が振り下ろされた。
私はなんとか避けられたが少し掠めてしまいHPが減る。その反動で地面に転がり落ちそうになるが、それをスノーが《シャドウ・バインド》で受け止めてくれた。
「ありがとうスノー!」
「そんなことはいい。オーガの動きが変わるぞ!」
「えっ!?」
スノーはそう叫ぶ。
私は瞬時にオーガに視線を戻す。すると確かに行動パターンの変わりそうなラインまでHPが減っていた。まあこのゲーム、行動パターンが変わるのはあくまでも一概であって例外も当然あるし、そもそも最初の挙動しかパターンの変化はない。だからここまでもこれからも自然な動きでの対処は必須だった。
(掠めるだけでこのダメージ。どれだけ攻撃力があるんだろ)
私は内心考えた。
しかしそれを悟るよりも早く、オーガは動き出した。腕を伝って縦横無尽に空間を三次元的に駆け回る二人。しかしそこで放たれたのはオーガの強烈な地面を叩く一撃だった。
ドガガガガガ!!
地面が揺れる。
とんでもなく激しくだ。そうして揺さぶられた地面は裂けるのではなく、盛り上がった。そして不確定に縦方向へと伸びた土と石片の礫が私たちを飲み込むまでそう時間は掛からなかった。
私達は成す術なく土砂の嵐に飲み込まれるのだった。




