■57 トレーニング
明日は出さないかも。
そして今回はかなりファンタジーな話。
今日も今日とて千夏ちゃんと二人です。
何をするのかと言うと筋力アップのトレーニングなんだけど、今いるのは〈ライフ〉ではありません。そうここは現実世界。そして今は放課後です。
「じゃあ愛佳、今日はバレーをしよっか」
「う、うん。それはいいけど、なんでリアルでバレーなの?」
正直な話よくわからなかった。
意図が読めない。確かに現実で動きに関して養っておけば、反射神経とか技能とかそう言うのは反映される。
Katanaのようにちょっと特殊な技に関しては、特定のスキルがあればより色濃く反映されるらしい。だけどこれが何の意味になるんだろ。さっぱりだった。
「バレーのスパイク。テニスのサーブでもいいんだけど、とにかく腕の痺れをなくすにはとにかく腕を振り続けて慣れるべきだよ」
「そんなのでいいの?筋トレは?」
「もちろんやるよ。体の基礎がついてなかったら駄目だもんねー。でもでも、愛佳は十分筋肉ついてると思うよ。中肉中背で全然見えないけどな」
「褒められてる気がしない……」
別に私は筋肉が欲しいわけじゃない。
多少はあっても困らないかもだけど、中学の頃から千夏と遊ぶようになってから体付きもすっかり変わってきた。千夏ちゃんみたく運動には困らない体型になってスリムな方だからいいけど、胸は全然成長していなかったのです。
(まあ別に欲しいわけじゃないけど。って、今思ったけどウチのギルドの人って皆んなそうだよ!筋肉質って言うか、あっスノーはぷにぷに白々だけど)
頭の中で思い起こしてみればそんなことを考えてしまう。
そんな某脳は断ち切ることにして、私はさらに千夏ちゃんに尋ねた。ゲームに関する知識だけなら私よりもずーっと上だからだ。
「それはわかったけど、ホントに意味あるのこれ?」
「愛佳は〈WOL〉の仕様覚えてないのか?」
「仕様?」
あれ、何か忘れてるっけ?
なんだっけ?
「〈WOL〉はVRドライブが感知した装着者の脳波を的確に分析して、筋肉量とか脈拍、それからその人の潜在能力?を読み取れるんだってさ」
「潜在能力って、ファンタジーすぎない?」
「そうなんだよなー。そこが不思議なんだよ。でもさ、こっちでも鍛えてないと向こうで鈍りまくった体で動かなくちゃならないんだぜ!」
「えっ、あっそうか!」
私は思い出した。
そうだよ。何か忘れてると思ったら、“隠れ数値”だ。
ゲーム内でのパラメータは人によって同じレベル同じ種族でも異なる。その中でここに倍率がかかる。それがリアルでの感覚だ。
わかりやすく言えば、ゲーム内のシステム的パラメータにリアルでの潜在能力や運動量、知識量等の技術がそのまま反映される仕組み。つまりはリアルで怠ければ弱くなるし、逆にしっかり規則正しい生活を行えばその分強くなる。そんな感じだ。
例を挙げるのは今目の前にいる千夏ちゃんがそうだろう。
千夏ちゃんのちなっちのレベルはそんなに高くない。AGIも同レベル帯の人ならもっと高い人もいるはず。では何故彼女が“最速”なのか。それは千夏ちゃんの持つ身体能力と、リアルでは絶対に表れない潜在的なものが関与しているからだろう。何だかそう考えれば筋は通るような気も……いや通ってないなー。うんうん。
「で、スパイク?腕をブンブン振るだけだっらサーブでもいいんじゃないの?」
「いやー、別にサーブでもいいけどねー。てかあの剣ってさ、空中で放てるようにしてた方が良くない?」
「どうして?」
「強いから」
「単純だね」
まあ確かに空中で使えた方がいいんだろうねー。
地面に足がついてたら衝撃を流せるかもしれないけど、空中だと痛みを押し殺すことすらままならないだろうから、それを加味して言ってるんだと思う。まあ無茶苦茶だけどね。
「はいはい。と言うわけでさっさとやろうぜ!」
「うん。それにしてもこのネット高くない?」
「そう?たった2メートルだけどねー」
「2メートルはたったじゃないよ!私よりも全然高いよ!」
私の身長は156センチ。
対して千夏ちゃんは163センチだったはず。
私の方が断然低い。その上ジャンプ力もそんなに高くない。ネットを超えるなんて無理だよー。
「いけるいける!愛佳はやればやるほど上手くなる!」
「勝手なこといってー。もう、わかったよ。じゃあやるよー」
「OK!じゃあ、せーのっ、ほいっ!」
「いきなり!」
千夏ちゃんはボールを高く上げてから、私の届きやすい位置にボールを上げた。
いきなりのことでびっくりしちゃったけど、体は思ったよりもその状況を瞬時に飲み込んでくれていた。
打ち上がったボール目掛けて私はジャンプする。
足腰の力を使ってだ。だけどタイミングも高さもバラバラで全然だった。
「あれ?(全然届いてないんだけど)」
ボールがポンと音を立てて床を転がる。
ボールを回収した千夏ちゃんは今の私の動きを見てこう言った。
「愛佳、もう少し足腰使った方がいいよー」
「そう言われてもわかんないよ。それにさっきはなんで失敗したんだろ。千夏ちゃんは性格に私の打ちやすいところに上げてくれたのに」
「うーん……単純に跳ぶタイミングじゃない?ちょっと遅いし」
「遅かったの?」
「それと腕に力が乗ってない。この際打つことはいいとしても、力を全部乗せれるようにならないとまた腕痺れて動かなくなるよ」
「そ、それは嫌だ!」
嫌なら使わなかったはいいじゃんって思うかもだけど、せっかく作ってもらったものを使わないのも何だか勿体無いし、シズさんに合わせる顔がない。
だから頑張るのみだ。と言うかそれしか方法がなかった。
それから私と千夏ちゃんは練習を続けた。
千夏ちゃんは的確かつ、毎回正確にボールを上げる。そこに私がタイミングを見て上手く跳ぶんだけど、全然合わない。最初に比べたらちょっぴりズレも消えてきたけど、それでもまだまだな気がした。先は長そうだ。
「あー全然駄目だよー!」
「でも惜しいよ。最初に比べたら十分成長してるじゃんか」
「でもまだボールに手が当たらないんだよ!はぁーどうしよう」
落胆する私。
しかし千夏ちゃんは小言でぶつぶつと何か唱えている。
「たった一時間で跳躍力が5センチぐらい伸びてる。いくらなんでも早すぎるし」
「何か言った?」
「ううん。何でもないよー」
「ん?」
千夏ちゃが何の話をしていたのかはわかんないけど、やっぱりネットが高い。
もう少しで届きそうなのに。
「よーし、もう一本やろ!」
「お、OK!行くぞー!」
「うん!」
千夏ちゃんは再び先程と同じところにボールを打ち上げた。
今度こそ。次こそはと言う気持ちで全力で跳んだ。跳んだだけじゃ駄目だ。ここからやるべきなのは、腕の痺れをものともしない力強いスイング。スパイク練習と言いつつ、結局これが初めてだ。
もうそろそろ5時だから早く帰らないと。
そんな気分を控えつつ、私は思いっきり腕を振った。するとさっきまでない感触が手に伝わる。
腕の全エネルギーが注ぎ込まれ、グイン!と乗せる。
そして次の瞬間には、ボールは向こう側に飛んでいた。
ボーン!!
「えっ!?」
ネットの奥にボールが転がる。
目を瞑っていたわけではない。ちゃんと見ていたはずなのに、そんな記憶は何処へやら私はその光景に驚いていた。
これは一体。わけわかんない状況の中、千夏ちゃんはこう言った。
「やったじゃん愛佳!まさか本当にスパイク打っちゃうなんてさー」
「う、うん。そうみたいだね」
「あれ?嬉しくないの」
「そうじゃなくてさ、何だろ。不思議な感覚。覚えてるはずだし、この目で見たはずなのに実感がないんだよ。でもさ、こう変な感じだったんだ」
「変って?」
「うん。こう、“宙を蹴った”みたいな?」
自分でも変なこと言ってるのはわかる。
そんなこと人間には不可能だ。この世界が〈ライフ〉の中ではないことも確かだし、たまに小説である夢落ち展開だったりしてこの世界は実は架空の世界でした!的な展開でもない。そんなことわかってる。ここはれっきとした現実の世界のはずなのにこんなファンタジックなことがあり得るわけなかった。
だから私の勘違いだと思うことにする。その方がいい。
「へぇー、面白いねー」
「面白いかな?でも多分私の気のせいだよ」
「でも面白いよ。それでそんなことより成果は?」
「成果?」
「今日のトレーニングの成果」
千夏ちゃんに促された。
その結果、私の中に流れたのはめちゃめちゃ単純な答えだった。
「うん。なんかいけそうだよ!」
「なんかいけそうねー。OK、OK!上々じゃん!」
「うん」
何だかまったりムードのまま結局実にならないようなことを言いつつも、結局上手くいったのだった。




