■19 捕まえた。いや、掴まえた。
後編です。
物語は6月です。
私は腕を掴んでいた。
彼女は目を見開き、何が起きたのかまるで分かっていない様子だ。無論、私にもよく分からない。しかし衝動的に体を突き動かした感覚がそうさせたのだ。
「あの、なにか?」
「やっぱりスノーだ!」
「す、すのー?」
彼女は首を傾けた。
青い瞳。それから銀に揺らめく長い髪。
彼女は私の腕を取り払おうとはしなかったが、固まってしまった。
「私だよ。マナだよ。やっと捕まえた。まさかこんなとろで捕まえれるなんて思わなかったよ」
「貴女なにを言って……ん?マナ!」
「そっ、マナ!」
私はにこやかに答えた。
すると間の抜けた様子でポカーンとしている。
そんな私とスノーの行動を不審に思ったのか、千夏ちゃんが駆け寄って来た。
「なにしてるの愛佳?知らない子に声かけるような性格じゃなかったよね?ん、スノーじゃん」
「貴女は?」
「ちわっち!」
「ちなっち……ですか?」
「そうだよー。ってまさかこんなところで出会えるなんてね。てか、もう捕まえてるじゃん。これでギルド作れるね」
「うん!色々不安が吹っ切れてよかったー」
「貴女達はなにをはしゃいでいるのですか?じゃなかった。なにをはしゃいでいるんだ」
スノーは敬語をやめ、タメ口になる。
溜息を混ぜながらはぁーっと息を吐く。
「まさか本当に捕まるなんてな」
「ねぇ、思わなかったよねー」
「捕まえた本人が言ってもな。まあいい。約束は約束だ。パーティーでもギルドでも好きにすればいい」
「やったー!って、それってスノーはホントはやだってこと?」
「なにを言っているんだ。誰もそんなこと一言も言っていないだろ」
「確かに愛佳の言う通りなんだよね。スノーのこの急な態度の変化、嫌そうにしか見えないし」
「別に嫌じゃない。それに私がタメ口を使う人間など限られている」
「どんな人?」
「聞くのかわざわざ。暇なやつだな。いや用心深いのか?なぜ言わないといけない」
「別に嫌だったらいいけど?」
私が挑発めいた感じで言うとスノーは顔を顰めて、顔を隠す。
そして小さな声で何か言った。
小さくて良くは聞き取れなかったけど、確かに「仲の良い友達にしか使わない」と口にしていた。
それを聞き取った私と千夏ちゃんはクスッと笑った。
「可愛いねスノー」
「可愛いとはなんだ。それにリアルでプレイヤーネームを言うな」
「そっか。まだ自己紹介したなかったっけ。私は神藤愛佳。よろしくね」
「ちわっち、南千夏。よろしく」
私と千夏ちゃんはそれぞれ自己紹介をした。
それを簡単に聞いて相槌を加えるスノー。
理解した様子で頷くと、今度は自分の名前を教えてくれた。
「はぁー。私は、ノース。ノース・アレクシア・高坂。よろしく」
「ノースちゃんかー。よろしくね」
私がそう口にした途端、ノースの手が私の喉元を掴んだ。
びっくりして目を見開く私と制止に入る千夏ちゃん。
その様子は傍目から見たら脅迫だ。
「私はノース。リアルでも敬称は嫌いだ。次からは呼び捨てにしろ」
「うん、ノース」
「分かればいい」
そう言って手を離した。
初めから本気じゃなかったのだろう。当人である私にも見物人の千夏ちゃんにもそれは明らかだった。
互いにのほほんとしていて結果ことなきを得た。
「それにしてもノースのその制服。〈常蕾高校〉のだよね?進学校だよ」
「ええそうですが。千夏達のは〈美桜高校〉のものですね」
「うん!」
私達の通う〈市立美桜高校〉はかなり歴史のある学校だ。
中の中から上に掛けてとそんなに頭のいい高校じゃないけど、綺麗な桜の木が何本も植えられているのが特徴の学校だ。
それに大学からの期待値もあって、進学も申し分ない言わば普通の高校である。
対してノースの通う〈市立常蕾学園〉も名の知れている進学校だ。
かなり勉強のペースが早く難しいらしく、おまけにほとんどが大学進学。規律を重んじるような取り組みや、規則などはそこまで多くないのだがとにかく勉強が大変な学校のはずだ。
「常蕾って、勉強大変なんでしょ?」
「大したことない」
「他の人の顔色ってどうなのかな?」
「知るか。私は他人の顔色をジロジロ窺うような人間じゃない」
キッパリと言い切った。
まあそれがノースらしい。
「おっと、そろそろ私は行く」
「帰っちゃうんだ」
「この後はピアノのレッスンがあるからな」
「ピアノなんてやってるんだ」
「本当はやりたくはない。だが9月まではやることになっている」
「9月?」
「ああ。じゃあな」
「うん。また後で〈WOL〉でね!」
そう告げると、歩きながら私達の方にむしろ向きで手を振った。
何だか肩が笑っていた。
嬉しそうだった。
「そうだよね、また後で会えるもんね」
「だなー」
私と千夏ちゃんはそう口にした。
これでノースと友達になれたのだった。
運命的な出会いって感じがして、素敵だった。




