■178 トワイライト・メトロノーム
明日投稿したら、一回休みます。多分…
いよいよピアノコンクールが始まった。
さっきのライムさんもそうだけど、皆んな気合が入っている。それにしてもさっきのノースの雰囲気、ちょっとだけ気掛かりだった。何か“負けられないな”って、言ってそうに見えたからだ。
「凄い緊迫感だね」
「このような場ですからね、それも仕方ないのでしょう」
「ううっ、見てるこっちまで緊張するよ」
大河ちゃんはそう言うけど、確かに一理ある。
でも、本人達の方がもっと緊張してるんだと思う。私は最初の一人目が目の前のステージにやって来たのを見た。ピンと背筋を伸ばしていて、いかにもきっちりしていていた。
「なに弾くんだろ」
「えーっと、ぷろこふぃえふ?ピアノソナタ1番?」
「知ってる?」
「知らない」
今日のピアノコンクールは高校生がほとんどだ。
出場するのは全部で十人。最初の人は、都内の有名校に通う男子生徒だった。
それから次は芸術系の高校の女子生徒で、弾くのはチャイコフスキーの白鳥の湖だった。(アレンジ)と、カッコがしてあるから、アレンジバージェンらしい。
どうやら今回の大会は、自由曲?らしくて、アレンジや難易度もバラバラみたいだ。だから気軽にやるんだろうけど、それでも人の数はえらく多い。
「ライムちゃんは、なに弾くのかな?」
「えーっと……えっ!?」
千夏ちゃんは小さな声で驚く。
すると聞こえてきたナレーションの人は、ライムちゃんが弾く曲を教えてくれた。
「続きまして、聖リーネハイム女学院から1年生、ライム・G・レインフォードさん。選曲は、ジャパンから幻想即興曲です」
それを聞いたピクっとなった。
それってノースと同じ曲だ。確かに今回のコンクールでは、同じ曲を選んでもいいけど、それって完全にノースに喧嘩売ってるってことだよね。まあノースの性格なら乗らないと思うけど。
「まさかここまで被せてくるんですね」
「ノースちゃん、大丈夫かな。心配」
刀香ちゃんと大河ちゃんが心配そうにしている。
だけど私はそんな二人に強く言う。
「大丈夫、ノースならきっと何とかするよ」
「あははー、愛佳はノースに期待してるねー」
「期待っていうより、ノースなら絶対普通じゃないことするよ」
「まあ、それは確かにねー」
千夏ちゃんも同じことを思っていたみたいだ。
てなると、どうなるか。私は期待する一方で、ライムちゃんの弾く抑揚のある感じに震えていた。
カッコいい。と言うかエレガントって言うのかな?他の人とは違って、自分を“魅せる”弾き方をしていた。
ミステリアスな感傷に浸り、煽るように流れていく音の波紋が全身を熱く震わせる。凄い。一瞬で、全員を虜にした。これが、ライムちゃんの実力。“魅力”なんだ。
音が踊るように、ライムちゃんの周りを鳥のように舞う。
雰囲気が高貴なフィールドに侵食されたような感じで、固まった。
「なんか、いいね」
「うん」
隣でちなっちが話しかける。
私はライムちゃんの演奏に心を奪われつつも、自然と時間は流れていた。そして演奏が終わる頃には、拍手が溢れる。
パチパチパチパチ
歓声に変わる。それはここまでの誰よりも凄かった。そして次はいよいよ最後の一人。ノースの出番だけど、優勝はライムちゃんでしょオーラが周りに漂っていた。
しかも次弾くのは全く同じ曲。名前順じゃなくて、くじ引き順なのが痛いけど、これじゃあただの比較対象の噛ませ役。二番煎じになっちゃうよ。
(大丈夫だよね、ノース)
私はそう期待すると同時に心配にもなっていた。
そしてステージの上に、ノースが上がる。ライムちゃんはどんな顔で見ているんだろうかと、少し気になるが、ナレーションの人がノースを紹介した。
「続きまして、本日最後となります。市立常蕾学園1年生、ノース・A・高坂さんです。選曲は同じくショパンの幻想即興曲……えっ、違う!?し、失礼いたしました。ただいま急遽選曲が変更になったそうです。改めまして、選曲は……」
ナレーションの人が慌てた様子で、選曲のタイトルを言おうとするが、それよりも早くノースの指は動いた。
そしてその一音目。私達はピクリとする。
「あ、あれ、高坂さん!?」
ナレーションの人がパニックになるけれど、ノースはやめない。
それどころか、曲は加速していく。そしてそれは私たち以外の人達はポカンとする一方で、顔を見合わせる。それで私達は別の意味で、顔を見合わせた。
「これって」
「うん。間違いないよ!」
私達は全員気づいていた。
この曲は・・・
「「「トワイライト・メトロノーム!」」」
まさかここで持ってくるなんて。
前に「いつか聴かせてよ」と言った伏線が、ここで回収された。しかもこんな大舞台で。
私達は感動した。
本人による、演奏だ。しかもこの曲、私達のために弾いているんだとすぐに理解した。何故なら私達が聴いたゲーム音楽に程近い具合にしていて、ピアノに合わせる気がまるで無いからだった。
だからと言って不協和音にはなっていない。流石はノース、最初は戸惑っていた観客達の心を一気に鷲掴みにして、自分のペースに引きずり込む。そんなかは本人には全くないんだろうけど、完全にライムちゃんのが置き去りだった。
「ノース、楽しそうだね」
「はい、そうですね」
ノースは生き生きしていた。
ジャズ風の曲が、クラシックにテイストが変化している。だけど熱くて、カッコいい感じはそのまま活かされていて、聴く人に自信の魅力を叩き込んでいた。
絶対この後、皆んなサントラかゲーム買うでしょ。そんな販促効果さえ、思わせてくれる曲調に、終わる頃には一瞬沈黙が通り過ぎ、すると盛大な拍手喝采が巻き起こった。
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
鳴り止まない拍手。
それは誰がどう見ても、ノースに贈られるもので、そしてこれはノース自身を優勝に導く決定的なものになっていました。
だけどそんなことどうでもいい。
その曲は私達に贈られたもので、ノース自身がとても満足していたから。
そしてそんな演奏をこんな場所で聴けて、私達は本当に感動していました。
ここで伏線回収ってことで。




