■167 疫病
こう言う言葉って、今の世の中駄目そうだよね。
でも、忘れちゃ駄目なんだよ。
私達は準備を周到に備え、〈ミヤビ〉の街から離れた村にやって来ていた。
この村の近くにある洞窟に疫嬢蜘蛛が潜んでいるそうだ。
今回の依頼はギルド本部に届出が出ていたものをスノーが拾って来た形だけど、誰もやりたがらない分報酬は破格だった。それもそのはずでーー
「疫嬢蜘蛛は強力な毒性を持つモンスターだからな。無策で挑めば死は免れない」
「怖ぁっ!」
まあまあここまでは聞いていたんだけどね。
私達はそのために毒耐性装備を引っ提げ、こうして火炎石までありったけ持って来たんだ。何に使うのかは知らないけど・・・まあとにかく。一回その村に行ってみようってことになったのでこうしているのだがーー
「なんだか静かだね」
「そうだねぇ。うん、静かすぎる」
ちなっちの様子もいつもと違って緊張感が漂う。それもそのはずで、喋り方に余韻がない。この閑散とした空気がひしひしと伝わり、ただごとではない感じで喉を流れる唾液に苦みを増した。
「とりあえず入ってみませんか?」
その空気を断ち切ったのはKatanaだった。彼女はこんな状況でも姿勢を崩さない。カッコいい。と言うよりもそうだよね。せっかくここまで来たんだもん。
私達はそんなKatanaの動じない姿勢に感化され、村の中に入る。
「それにしても誰もいないのはやっぱり変だよね。何処か家の中にいるのかな?」
村の中心部にやって来てみたが、やっぱり人の姿はない。それどころか声すらしないのだ。
だけどスノーの観察から畑を耕した後や、馬の蹄の跡。それから最近まで使われていたであろう井戸水が汲み上げられた形跡から人がいたことは確実だった。
だから適当な家の中にいるのだろうが、扉を叩いても誰も出てこないし返事もない。
「どうするの?帰る?」
「うーん」
タイガーが弱気に聞いて来た。
それに対してかける言葉はなかったが、このまま何もせずに過ごすのもと思い考え込んでいるとか細い男の人の声が聞こえて来た。
「あの、どちら様でしょうか」
「「「!?」」」
不意に現れた男の人は酷くやつれていた。
頬の骨には肉がなくげっそりしていて、着ている服も萎れていた。覇気はないし、目に正気を感じない。失礼だけど気味が悪かった。
「村の外から来たんだったら、今はやめてくれ。すぐに帰った方が身のためだよ」
「あの、なにがあったんですか?私達、ギルドからこの村の洞窟に潜む疫嬢蜘蛛を討伐しに来たんですけど……」
「や、や、やめておけ!あんなの敵いっこない!」
凄い形相だ。私達何かしちゃったのかも。
「敵いっこないと言うのは、疫嬢蜘蛛のことか」
「あぁぁ」
「そうか。それはこの村の閑散とした空気と関係があるんだな。なにがあった」
スノーはとても冷静だ。
この状況を依然として感じ取りながら、この人の考えを読み解こうとしている。私もちょっと読んでみよう。
「疫嬢蜘蛛の毒のせいで土地が痩せちゃって、その影響で村の人達も寝込んじゃってるのかも」
「な、なんでそれが」
「当たっちゃった」
如何やら今ので合ってるっぽい。
それにしてもそんなに強力な毒なんて私達が食らったらひとたまりもないかも。この世界の人達と私達とは違うけど、それでもやっぱり誰かが苦しんでる姿を見るのは辛いな。
「話してくれるか?」
「俺達の村はちょっと前まではなんてことない静かな村だったんだ。だけど最近になって土地が痩せて野菜が採れなくなったり、水が濁ってまともに飲めないものになった」
「毒のせいだな」
「うん。俺達も最初は懸念してたんだ。野菜も水もできるだけ飲まないようにしてた。でも時間が経つにつれて日に日にやつれていくんだよ。それで今みたいなことになってしまって」
聞いてるだけで嫌になる。
そんなモンスターがいるなんてと思うと、心底辛くなった。
「皆んな絶対倒そ!」
「マナ……」
「こんな酷いことになってるんだよ。このまま帰るなんて、私はやだよ」
子供みたいだ。
だけどここまで来たし、もう依頼も受けてる。今から取り下げるなんて出来ないよ。
「そうだな。どうせ倒さないといけない相手だ」
「スノー」
「スノーさん。その疫嬢蜘蛛を討伐できればこの村は良くなるのでしょうか」
「時間は掛かるだろうが可能なはずだ。聖水の一つや二つ撒いておけばなんとかなる」
「そ、そうなの?」
そんなので解決するのかな?
正直信用ならないけど、今はそれでもいい。とにかく早く何とかしないと取り返しのつかないことになる。
「あの、洞窟ってどこにありますか?」
「えっ……」
「私達がその蜘蛛を倒します。早くしないとマズいことになる気がするんです」
もう半分近くヤバいことになってるけど、今からでも間に合うかもしれない。幸い死者はまだ出た報告がないから何とかなるはずだ。
「やめた方がいい。いくら君達でも」
「俺達の実力を知らないで言ってんな。やってやるよ」
タイガーが拳をかち合わせた。
皆んなの顔色も本気だ。それに促されて私達は村の人から洞窟の場所を聞いた。如何やら目の前に広がる山の中にあるそうだ。
早速私達は村を出て洞窟を探しに行くのだった。




