■164 私だけの型
いよいよ、Katanaの型が完成しますよ。
それから今日はゆうししょはお休みです。
その日私は皆さんと合流する前に一つ体を動かしたいと思い森の中にいました。ここにはモンスターもいます。ですので無闇矢鱈と人が足を踏み入れることはありません。
なので私は木乃さんに打っていただいた愛刀〈夜桜蒼月〉を抜刀して、目の前に木を相手にしてみます。
「この間の文化祭……皆さんには言えませんでしたがなにが掴めたのでしょうか?」
楽しかったのは、アレが自分にとって充実したことには変わりありません。しかしそれを私だけの型に落とし込むのは相当苦労がいります。しかし一つだけ確かなことは私が自分から真っ直ぐに型を生み出そうと努力していることと、それに至るものが具体的に形作っていることでした。
「少なくとも考えるのは後です。まずはこの子の調子を見てみましょうか」
あの日から私はまともに刀を握っていない。
これが実質初めての素振りです。
ズシッと重たい感覚が指先から掌全体に感じます。細く薄刃の刀身が私の正眼に構えられ、私は意を決して刀を振り下ろしてみました。
「はぁっ!」
手に馴染む感触。
重たく感じたのはほんの一瞬で気づけば私の腕の延長線。一部のように捉えられました。もっともそれは現実で全く同じものが手元にあり、それを使って日々練習を重ねていたからでしょう。いわゆる“慣れ”と言うものです。
しかしこれ程までに体に馴染むのは何と好都合。言葉になりません。
「いいですね、この子」
私は右に薙ぎ払い、左上に斬り上げ、真下に斬り下ろします。そのどれもが以前とは比べ物にならないほど洗練されていました。この感覚を忘れないうちに私は型を繰り出します。
「壱ノ型“飛沫雨”!」
降りしきる雨のように直下で刀を斬り下ろします。すると水飛沫のようなものが一瞬溢れたような気がしました。
さらに今度は弐ノ型、参ノ型と織り混ぜ、そうして最後はーー
「玖ノ型“氷柱突き”!」
氷柱のような鋭い連続の突き。
いい。かなりいい。滑るように滑らかで、かつ強靭な芯がある。これなら出来るかもしれません。まだ何一つとしてイメージは湧いてきませんが、時間を掛ければきっと見つかるはずです。
と、有意義な時間を過ごした私はそろそろ時間かと思い立ち、その場を後にしようとします。
しかしその瞬間、背後から感じた何者かの鋭い気配に私の体は硬直し納刀していた刀の柄に指を掛けます。
(なにかいますね)
背後に視線を回し、感覚だけで何がいるのか掴もうと心がけます。すると私に向かって何かが飛んでくるのがわかりました。私は咄嗟に抜刀し、それを受け止めます。
「コレは、根ですか?」
襲って来たのは鋭い木の根っこでした。
まるで生き物のように動き回るそれは触手です。そこから推測し、視野を広げて周りを見渡せば微かに動く巨木でした。
「なるほど。木炭樹ですか。これは好都合ですね」
確か木炭樹に関する依頼が出ていたはずです。木炭樹はその名の通り、木炭に適したモンスター。備長炭にはもってこいだそうです。
そうと決まればやることは単純です。
私は〈夜桜蒼月〉を両手に握り込みます。
視界の先に小さく映り込む巨木の化け物。その色が保護色となりつつ、周りを木で囲まれているため上手く擬態しているようには見えますが、私からしたら完璧に把握していますから問題ありませんね。
シュルル!
触手のように伸びる根。アイスピックのように鋭く敵視した私に襲い掛かります。
顔を狙ってきた攻撃を少しだけ顔を逸らし回避します。
しかしコレは如何やら囮のようですね。続けざまに足元から幾本もの根が襲いかかってきます。
「受け止めますか」
流石に後ろには下がれませんでした。
そこで私は刀の刃で全部受け止めてしまう。そんなイメージで身体を動かします。
いつになく繊細に。どれだけの攻撃も無意味に変える。そんなイメージです。
「えっ!?」
その瞬間何かが弾け飛びました。頭の中で紡がれたイメージが身体を通して一体化します。この感覚・・・感じたことのない投影するみたいです。
「刀華流“徒花”」
そう口にする間もなく、私は全ての根を完全に止めていました。動きを止めたのではありません。“今”もそれから“次”も含めた展開の全てを否定させ、完全に打ち止めにした。それが言葉としてふさわしく、徒花でした。
「コレが私の……」
感極まって立ち尽くす私はふと〈夜桜蒼月〉に目を落とします。最初の技が防御。そこに不満はありません。それよりも満たされた高揚感。私は再度刀を構え、今度はこちらから攻め寄りました。
Katanaの足取りは軽やかで、その足早を邪魔立てするものは何もありませんでした。
「“徒花”」
彼女の会得した型である“徒花”には流石の木炭樹の連続攻撃も無意味に変えられてしまっています。しかしそれが出来るのはKatana本来の力と、全力でも応えてくれる武器にありました。
彼女の繊細さと集中力は相当なもので、それが削り取られるまではおそらく彼女が負けることはない。そう言わしめてくれそうなほど頼りになりました。
しかし木炭樹もただではやられません。
彼女の背後を襲うように高速で接近する触手の根です。例え反応できたとしても、両手で握っていては対処出来ない。それを悟った彼女もまた次の型を編み出します。
「“露草”」
まるで葉っぱについた朝露を弾いてしまうかのような技です。
咄嗟に刀を空に投げ、利き手ではない右手に持ち帰るとそのまま下から上に背面斬りを食らわせます。
さらにここからは怒涛の攻めを企てます。
「そろそろ終わらせましょうか」
そう言いつけると、高速で迫るKatana。
ちなっちやタイガーには劣るものの、見事な足取りと気配を絶ったことで完全に意表をつきます。
さらに足掻くように周りの木々達を従わせ、自らを守ろうとする木炭樹でしたがそれら全てを打ち落とすかのような連続突きを見舞わせた。
「“絢爛華”」
煌びやかに駆け巡る連撃が襲い掛かる。
無数の突きが視界を狭ませ、根を払い除けて本体に無数の攻撃を叩き込む。
バリバリと剥がれていく木炭樹の体。HPもじっくりゆっくりと削がれバーが赤いラインに到達した途端、最後の力を振り絞って枝を鞭のように振り上げた。
「なるほど。それが貴方の最後の攻撃ですね。では!」
咄嗟に両手に持ち替え、正眼に構えるKatana。
この構えは彼女がもっとも信頼する技の一つ。それの正当進化版だ。
「“飛沫華”!」
斬り下ろされた〈夜桜蒼月〉。その刀身は間違いなく木炭樹を真っ二つにした。しかしその威力は桁違いで片足でバランスをとって身体を思いっきり支え、そこから繰り出された一撃は0.のタイムラグをわざと生み、二段構えの斬り下ろしになっていた。
もはやスキルなど魔法など必要もない彼女の力は目を見張るものがあった。
「ふぅ。まだ使えそうな部分はありますね」
満足感を引っ提げ、討伐した木炭樹から枝を貰い受けると彼女は達成感に駆られた。
そして一気に四つの型を彼女は編み出し、天才としての才を遺憾無く発揮していた。




