■157 誠に剣を振るうには
明日は投稿お休みするかも。
代わり、『女の子勇者』の方を読んでくれると助かります。
その日の夜更け。
私は一人道場で竹刀を振っていました。
「壱ノ型飛沫雨」
斬り下ろした壱ノ型。
昔から使い慣れたこの技は我が一族に伝わる型の一つ。一つの技にすぎない。しかし昔から同じように考えることがあるのです。
無粋かもしれない。きっと兄上達に言えば怪訝な顔をされることだろうが、私には如何にも腑に落ちない点があったのです。
「本当にこれでいいのでしょうか……」
ポツリと口から溢れたのは一族の技を否定するような一言だった。
しかし昔から思う。この型達には何か物足りない。そんな気がしてならなかったのです。
「いけません!こんなことでは、皆さんのお役に立てないのです」
少し前から気づいていた。
起天龍蒼寺流の剣では駄目だと。
だからこそ私は新しい技を磨かなくては。見つけなければならなかった。しかし型の概念に囚われるばかりで、何も思いつきはしなかったのです。
「一体どうすれば……」
「なにを悩んでいるんだ」
その瞬間、私は背後からの声と気配に気づきサッと竹刀を握り直した。
そうして反射的に背後で殺気を放つ者へ斬りかかると、そこには同じく竹刀を持った父上の姿があったのです。
「ち、父上!」
「太刀筋は良し。その上反射もまずまず。十分すぎる。が、なにを迷っている」
私はスッと半歩下がった。
竹刀を下ろし正面を向き直った。
「迷っている、ですか?」
「そうだ」
迷っている。
単に今のままでいいのかそれでは駄目なのかを迷走していることへの追求だろうか。それにしても珍しい。こんなにも真剣な父上を見るのは久方ぶりだ。
「まあそこに座りなさい」
「はい」
私は竹刀を傍らに置き、正座した。
父上はあぐらをかきながら少しの間と沈黙が過ぎ去ら、一言目が投げ落とされた。
「もう一度聞く。なにを迷っている」
「なにをと言われましても。私は……」
「全て先の剣から伝わった。言葉にせずともわかる。が、一度口に出してみろと言うのだ」
そう促されてしまった。
私はしばしの沈黙をいただき自分の言葉を整理すると、一人でに口から溢れ出た。
「確かに私は迷っています。今のままの剣でいいのかどうか」
「ほお。それは我が一族の剣を継ぐと言うことか。それとも不審に思うと言うことか」
「後者です。私はこの家をこの剣筋を継ぐ気は毛頭ありません。ですので、この剣に。いえ、型に不信感を覚えるのです。今のままで本当に全てなのかと。この型はこれで正しいのかと疑問に思うのです」
私はつい口から滑り落ちた言葉達を溢れさせた。
まるで湯呑みに注がれる疑念の言葉が溢れ溢れていくよう。そんな印象さえ覚えさせてしまった。
しかし父上は何も言わない。私の口から答えるよう促すのだ。
「我が一族に伝わる剣筋。起天龍蒼寺流剣術。その極意とは“始まりにして次へ繋ぐ一太刀。全てを会得する術を持たぬ未完の型。”父上はそうおっしゃいました。私には昔から、そうですね具体的には10歳の頃より思っていたのです」
「10歳となると、刀香が初めて飛沫雨を見た頃合いか」
「はい。あの一太刀を見て確かに私は興味を抱きました。しかしその時から継ぎたいとは考えていません。それとは関係ありませんが、あの時から私にはこの型にはおかしな点があると気づいたのです」
「ほお。言ってみろ」
促されるままに私は言葉を紡ぎ出します。
「飛沫雨。確かに強烈な一撃ではありますが、体重移動までの行程が難しく深く踏み込めば次の技へ繋ぐことが困難になります。それに加えて他の型もそうですが、必ず型の入り口は型により決められている。入射角が決められているからこそ型への繋ぎが狭まり限定されるだけでなく、相手にも読まれやすい。以下のことから、この剣筋には不可解な点が多く露見しているのです」
私は思いの丈を話した。
すると父上はしばし黙ります。長い長い沈黙が抜けた時、父の口元はニヤリと吊り上がるのです。
「あの、父上?」
「合格だ」
「はい?」
“合格”。その一言では何も察せられませんでした。
「合格だと言ったのだ。全くこの歳でそこまで見透かしてしまうとは末恐ろしい才能だ」
「あの父上……」
「はぁー、それで継ぎたくないと言うのはかなり惜しいな。この私でさえ、そのことに気づけたのはそこからさらに二十年と言う月日を費やしたと言うのに……」
「父上!」
私は怒鳴るように声を荒げた。
もう少しわかるように話して欲しい。説明を求む。一人で納得されても困るのです。
「おっとすまんな。てっきり気づいているとばかり」
「いえ、私の方こそすみません」
「いやいい。そのぐらい素直な方が子供には抱いて欲しい親心があるからな。さて、話を戻そうか」
「はい」
父上はコホンと咳払いをした。
真剣な目で私の目を強く見つめ返し、答えてくれたのです。
「刀香。お前は我が一族に伝わる剣筋の型。その全てに気づいた。確かにお前の言う通り、我が一族の剣には無駄が多い。それは何故かわかるか?」
「いえ……いえ訂正します。“次へ繋ぐ一太刀”……“全てを会得する術を持たぬ未完の型”……この中にヒントがあるとすれば……型自体が未完?」
「そうだ。起天龍蒼寺流剣術、それは全ての型の起点とするための基礎。その真髄は己自身が開闢する新たな型。そのための礎となることを目的としたものだ」
「新しい型を編み出す。それがこの流派のあるべき姿だと言うのですか?」
「そうだ。刀香、お前は既にその域まで達した。故にこの型の矛盾的に気づき、その窮屈な鞘から抜け出さんとした。その結果がこれだ。何も恥じることはない。これは正しき、あるべき姿なのだ」
父上はそう熱弁してくださった。
つまりは我が一族に伝わる型の流派は、己が新たなる型を開拓するために存在する基礎とすべき動きの総まとめと言うことになるのです。今までの窮屈な型のあり方を脱却するためにわざと作り出した窮屈な規則。それがこの型の真髄で、その境地に達した今、私が成すべきこと。それは何か。それは至ってシンプルであり、私は既に答えを手にしていた。
「それで刀香、お前はどんな型を編み出す」
「それは……」
「まあすぐにとは言わん。言う必要もない。型の道は一つでなくともよいのだ」
「一つでなくていい……では、幾重にも枝分かれしてもよいと?」
「もちろんだ。それがこの型の真価なのだからな」
「では、もう決めております。私が開拓する真髄。その理念、その信念は既に固めてあります」
「ほお」
そうだ。
私が剣を執る理由。そんなもの、一つでいい。ごく単純で簡単で如何しようもない子供っぽいものだ。
「私は“自分のため、そしてなによりも私の守りたい友達のために剣を執る”。そう決めたのです。皆さんの力となり、刃となる。それが私がこれからも剣を執る理由です!」
はっきりと告げた。
すると父上は馬鹿にすることもなく何も言わずに笑うのだ。純粋無垢に、その姿はまるで子供のよう。
そんな清々しい姿を目の当たりにした私は誓った。
私の道は私が斬り開くのだと。そう心に楔を打ち込んだのです。
今回の話はかなり前に書いたものになります。
それからストックが減って来たので、またストック作りに入ります。




