■151 龍と木の葉
今回はちょっとだけ、心が折れる話です。
大きな川辺にやって来た。
水嵩はそこまで高くなく、水流も緩やかだった。
人の声も全くなく、それもそのはずで少し上流に上がったところであるにも拘らず、元から人の出入りが多くない川だったからだ。そのせいか、聞こえてくるのは季節外れの蝉の声だけだった。
「ここでいいか」
「私は構いませんよ。それより、本当にやるのですか」
Katanaが木乃さんに聞き返す。
すると「無論だ」と軽く頷き返す木乃さん。今まさに、二人の真剣勝負が切って落とされそうとしていた。
「勝敗は先に一太刀浴びせた方が勝者だ。どうだ簡単だろ」
「一太刀ですか」
「それが俺が刀を打つかどうかを測る基準になる。もっとも、そう簡単に俺に一太刀浴びせられると考えるんじゃないぞ」
「そうですか。ですが、やってみないとわかりませんよ」
Katanaは木乃さんの挑発に乗る素振りを見せつつも、決して深入りはしない。それどころか高を括ってみせた。
それを面白くないと思ったのか、はたまた逆にその気合が気に入ったのか木乃さんの口元が少しニヤけていた。
「Katana……」
「心配には及びません。私とて、勝てない勝負に挑むほど落ちぶれてはおりませんので」
「じゃあ!」
「無論勝ちますよ。勝たなければいけない時もあるのです」
Katanaの目が静かに燃えていた。
例えるものが出てこない。強いてファンタジーに例えてみるなら、冷たい炎。そんな感じだった。
「やめておけ。止めるのはもはや不可能だ」
「でもいいのかな?」
「いいんじゃないか。二人とも本気みたいだしな」
「タイガーまで!」
私以外の全員が余裕そうな面持ちだった。
だけど私からしてみれば灯刃さんと立ち合いをした時のKatanaよりもより熱がこもっているのが伝わる。ヒシヒシと周辺の空気をパチパチさせるその気迫はもはやただものではない。
そんなKatanaと終始余裕そうに構える木乃さん。
そんな二人が互いに真正面から対峙し合い、そしてお互いが構える。
お互い日本刀のような刀の武器を持ち、そして今勝負が始まった。
◇◇◇
先に仕掛けたのはKatanaだった。
川の真ん中に陣取る木乃に対しまずは真正面から斬りかかる。
「はぁっ!」
袈裟斬り。高速で迫る刀の刃を木乃は一切避ける気を見せず、軽く一歩退いた。瞬時にそれを見逃すことなく注力するKatanaもまたそれを見やり、すぐさま攻撃を中断。川辺に浸る草鞋を引き戻した。
「やるな」
「それほどでもありませんよ」
この一瞬の攻防でお互いの力量を測る。間違いない。どちらも“強い”。しかも“ただ”強いのではなく、お互いがお互いの動きを完璧に把握した上でその力量を読み合っているのだ。
それ故、すぐに攻防は膠着状態に陥り、そこから先おおよそ5分の時間が互いの距離感を掴むためだけに使われた。
(強い……明らかに今まで見てきたプレイヤーの誰よりも強い)
Katanaはそれを確信していた。
ギルドの一員になる前はソロで活動していた彼女にとって一対一での戦闘は久方ぶりだ。だが記憶を頼りにしてみても、これまで自分が戦ってきた誰よりも強いのは明白。力量だけではない。ハッタリもずば抜けていて。
しかしながらそれでもKatanaからしてみればまるで怖くはない。何故ならちなっちやタイガーの腕は信頼に足る上に相手取れば厄介。スノーの得体の知れない恐怖もまた同じだ。だが何よりも恐れ難いのはマナの本質に他ならなかった。
それを身近に感じてきたからこそKatanaはこんな場面であれ、かなり落ち着いていられた。
「そうですよね。まずは落ち着くこと。それから私らしく“凛として水のように流々に”」
Katanaは息を整え、刀を再度握り直す。
それから木乃を睨むような眼で一瞬チラ見すると、そのまま息を止めた。
「龍蒼寺流剣術捌ノ型“迷霧”」
Katanaは意を決して木乃の元へと走った。
バシャバシャと水飛沫を上げながら近づくと、そのまま一度刀を左に水平に斬り込む。しかし木乃は鞘から瞬時に抜いた刀の腹で受け止める。
「どうした。その程度か」
「やはり効きませんか」
Katanaは左右に跳んで避けながら考えた。流石にこんな見え見えの奇襲が通用するわけもなく簡単に防がれてしまう。
この堂々とした姿勢。相当な強者だ。
これは少し策を労さねば勝てないだろう。Katanaの思考はその方向に切り替わっていた。
(しかしどう攻めれば……)
とは言ったもののまるで作戦など皆目見当もつかなかった。
ただただ時間だけが浪費され、張り詰めた緊張の糸は段々と緩んでいく。しかしそれを許すまいと発せられる木乃の気迫は鋭い刃のようだった。
(早く策を練られなば殺られる。間違いなく、今度はこちらが不利な状況ですね)
もはや私の力量など底が知れた。
きっと木乃はそう睨んでいるはず。ならばそれを突くのが最も効果的ではあるものの、Katana自身がそれを一番に恐れていた。
何故なら自分がここで勝てないとわかれば、きっと皆さんに失望されてしまう。誰もそんなことを口にしないとわかっていても、ここらの奥底ではそれが引っ掛かりになってしまっていた。まさに無意識の範疇。それが自分の足を窄めされる。
「お前の剣も高が知れた。やはりお前の剣は脆いな」
「そうですね。私は弱いです」
「その流派、龍蒼寺流と言ったか。なにを躊躇っている」
「躊躇う?」
何をこの人は言っているんだ。普通ならそう聞こえてもおかしくはない。だがしかしKatanaには確かに響いていた。
「お前はその窮屈な型に縛られて流派をものにしたとでも思っているのか」
「そんな傲慢なことを私は!」
「違うと言えるのか?大切なものために剣を振るう。それはいいことだと思う。だがな、迷ってる奴にそんなことができるわけねぇだろ」
「!?」
Katanaの気が狂う。
兄にはあんな大口を叩いたと言うのに、結局自分は家柄の流派の型に収まっているだけ。それを気付かされたのだ。
「流派の縛りを甘んじて受け入れて、刀をぶっ壊したんじゃ意味ねぇだろ」
これまた派手な言葉がグサリとKatanaに突き刺さった。
確かにKatanaの所有する愛刀はもはや限界寸前。それをこれまでは何とか騙し騙し使ってきた。
振るい続けても壊れぬよう細心の注意を払い型を行ってきた。だがそれが今になって祟り、Katana自身を締め付ける。痛いように突き刺さる言葉の雨が重く鋭くKatanaを龍蒼寺刀香の心を蝕む。
「あっ!?」
重たくなる呼吸と心臓の音が次第にKatanaの膝を水中に落とした。
それは完全な戦意喪失。勝ち目のない勝負。せめてこの状況を打開出来る策があればと、必死に回らない頭を回す。
しかしマシなアイデアは思い付かずに、冷静さを失い意気消沈してしまったKatanaが自力で立ち直ることは出来なかった。




