■147 霹靂石
最近めちゃくちゃ悩んでます。
ストレスで死にそうって感じることって皆さんありますか?
今日の私は一人でした。
皆さん色々忙しいようでノースさんはピアノのレッスンが、大河さんはバイト。愛佳さんと千夏さんは今日は体育祭があるそうです。私と大河さんは春に体育祭があるので関係ありませんが、お祭りごとは学校行事の中でも一、二を争う忙しさですからね。きっと今頃千夏さんが頑張っていることでしょう。(※刀香の予想通り、千夏が無双していた。)
かくいう私はと言うと、休日の今日を利用して久しぶりに〈ミヤビ〉の街を散策してみることにしました。
そこでふと普段行かない街の端の方に行ってみることにしたのです。そこでふと見つけたのはーー
「神社ですか?」
階段を登った先、そこは小高い丘の上でした。
振り返れば〈ミヤビ〉の街が一望出来る素晴らしい景色を堪能出来ますが、私はもう一つそこに建てられた神社と思しき建物に興味抱きました。
「せっかくなので少し立ち寄ってみましょうか」
私の足は軽やかではありませんでしたが、何だか誘われるように神社の中に吸い込まれていきます。
それは私の右腰に刺さっている刀の重みが軽いからでした。
「なかなか立派な神社ですね」
そこにお出迎えしてくれたのは格式高い雰囲気を何処となく内包しつつも、質素な印象が強い境内の姿です。
平入りの瓦葺屋根で一目見ただけで圧巻とさせられてしまいます。
「ここは……」
「ようこそ、ここは神鳴神社です」
そう教えてくれたのは女性だった。見たところここの神社の人のようだが不思議なことにNPCの表示がない。とても詳しいからいわゆるここでバイトをしているのでしょうか?
「失礼ですが貴女は?」
「申し遅れました。私、ここ神鳴神社にて巫女をさせていただいております、細と申します。以後お見知り置きを」
「私はKatanaと言います。失礼ですが、貴女はプレイヤーでしょうか?」
「さあどうでしょうね」
何だか皮肉めいたような濁す発言に眉間に皺を寄せてしまう。失礼なことだと理解しているが、やはりこの人は普通ではない。・・・あれ?前にも似たようなことがあったかがするのですが気のせいでしょうか。頭を抱える私でしたが、そんな私に細さんは優しくて仄かな笑みを浮かべます。
「ここで出会えたこともなにかの縁です。よければ一つクエストをやってみてはいかがですか?」
「クエスト?」
「はい。隣をご覧ください」
そう示された方に目をやると落ち葉がたくさん落ちていた。
こんなに綺麗な神社なのにこれはいただけない。唇を噛んだ私に細さんは自分の手に持っていた竹箒を差し出します。
「見ての通り掃除です。私も一緒にクエスト中ですので、どうですか?」
「わかりました。では一つお手伝いさせていただきます」
「はい、喜んで」
私は借りた竹箒を使い、神社の境内を掃除して回る。
一方細さんは拝殿を雑巾掛けしています。
伸びきった背筋、白と赤の巫女装束を身に纏ったその姿は壮観でした。
「いけませんね、私も手が止まっていました」
その懸命な姿に負けじと私も掃除して回ります。
しかしいつもとは違う感覚に少し体がぎこちなく、所々右腰に刺さった鞘をチラチラ見てしまいます。
「なにかございましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「嘘はよくありませんね。貴女、刀が傷付いてしまわれているのでしょう?」
「!?」
私はため息を吐いていた。それに気づいた細さんは私に尋ねるがそれを無意識に誤魔化してしまう。
ですが細さんはそれすら“嘘”だと見抜き、ましてや私の悩みをピタリと当ててしまわれます。
「剣士にとって刀は命です。それに傷が入るのは自分自身の未熟さえゆえと言えるのでしょうね」
「そうですね。ごもっともです」
心底深く抉られる。
わかっていることではあるが、それを突き付けられるとその重みは一変して強くなる。
「ですがそうですね、Katanaさんあちらをご覧ください」
そう言って示された手の方を見てみると、そこにはとても立派な御神木の桜の木がありました。
私達のギルドホーム近くにも立派な桜の木がありますが、それととても似ています。
「この桜の木は樹齢までは覚えていませんが、ずーっとこの場に生えています。そうして雨風に当てられ、時には雪の重みで枝葉が折れてしまっても有り続けています。それと同じなんですよ。人が作ったものはいつか必ず壊れてしまう。この神木もいつかは枯れてしまうでしょう。そうした因果が常に隣り合わせであり、それをどう捉えるかもそこにいる人次第なんです」
「つまり私の刀が罅入ったのも私の未熟さと因果が重なり合ったためと」
「そう言うことになります。ですのであまり気を落とさずに、それでも気を落とすのであれば……こちらを」
細さんは私に何かを差し出す。
白地の布に包まれていたものを開くと、そこにあったのは石だった。しかしただの石ではない。これはーー
「玉鋼ですか?」
「はい。そちらは今回のクエストの報酬、霹靂石と呼ばれるものです」
霹靂石?聞いたことのない玉鋼の名前だ。
「コレは?」
「聞いたことがないのも当然です。この玉鋼はとても貴重な代物で、現存するものの方が少ないのです。この石は雷鳴神社と結び付きがとても深い神鳴山と呼ばれる誰も踏み込むことの出来ないとされる神域から採れる石で、強い雷を受けてもなお形を留める耐久力と、所有者の血液を喰らうことでその人のための剣へと姿を変えるとされています」
「それは不思議な石ですね」
「はい。神鳴りが落ちたものですから」
「なるほど、だから霹靂なのですね」
雷は神様が鳴らす音とされている古い言い伝えがあります。おそらくその影響を色濃く受けたものが、この石の設定なのでしょう。
私はそう仮定すると同時に一つ気になってしまいます。
「なぜ細さんが受け取らず、私に渡すのですか?」
「報酬はあいにくと一つしかありません。それに今の私は剣士ではないので、この石は不要なのです」
「そう、ですか。ではありがたく頂戴いたします」
私はそのご厚意を素直に受け取り、霹靂石を入手する。
鋭い石で。慎重に扱わないとと思った矢先、指先を切ってしまった。そこから滲み出た新鮮な血液が石に吸い込まれていく。
「あっ!?」
「おや、仄かな蒼に変わりましたね」
石の様子が変わった。
亀裂部分から吸い込まれた血の色が石に付着すると、その間が蒼く塗られる。見れば最高品質で、レア度もレジェンドランクです。いや、少し違いますね。最近マナさんの〈麒麟の星雫〉のレア度が突然消えてしまったのですが、この石からもそれがすぐに見えなくなります。バグでしょうか?
「なるほど。どうやら貴女はこの子に気に入られたみたいですね」
「そうなのでしょうか?」
「そうですよ。この石は素直でいてとても冷静。貴女に使われるために身を委ねたのでしょうね」
「そう、なのでしょうか?」
正直如何受け取るべきかわからなかった。しかし細さんの言うと通り、この子は如何やら私のことを選んでくれたみたいです。ならばそれに従いましょう。
「Katanaさん」
「はい?」
「私の名前、天井細雨です。今年で17になります」
まさかの本名を晒された。
今は私以外他に誰もいないですが、あまりに不注意すぎませんか。と言う私も明かされてしまってはこちらもするしかありませんね。それが礼儀です。
「私は龍蒼寺刀香と申します」
「刀香さんですか。それに龍蒼寺……」
「なにか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
含みのある笑みを浮かべる細。
しかしその本意はその表情からも言動からもこれ以上掴むことは出来なかった。
よくわからない人だ。私はそう思いながら、赤茶けていく緑の葉をつけた桜に見守られているのでした。




