■120 兄妹
兄妹でけいまい、きょうだいと読みます。
早速刀香の剣術を生で見せてもらうことになった。
家の敷地内には道場があって、そこで見てくれるらしい。何でも最近は道場に立ち寄ることがぱったりなくってしまったみたいだけど、刀香の足取りは重くはない。
「あっ」
急に刀香ちゃんが止まった。
何かあったのだろうか?後ろを歩く私も同時に止まると、庭先に誰いる。
男の人だ。何処となく刀香と雰囲気が似ている気がする。まだ若そうないわゆる青年ってやつだ。
「兄上」
「兄上?ってことはあの人が?」
刀香ちゃんがそう呼ぶと気が付いたのかこちらに振り向き、すたすたとやって来る。
「刀香か。それと友達か?珍しいな」
「あっ、お邪魔してます」
「うん。ゆっくりしていっていいからね。俺は刀香の兄で、灯刃って言うんだ。よろしく」
灯刃さんは丁寧に挨拶してくれた。
それに何より……
「それより刀香これからどこに行くんだい?また絵を描きに行くんだったら送っていくけど」
「いえその必要はありませんよ」
「そうか。俺は刀香の絵ならいけると思うけどな」
「ありがとうございます。そう言えば鍔音は今どこに?」
鍔音?誰だろ。
「ああ。アイツなら今日は部活だな」
「そうですか」
「もうすぐ帰って来ると思うけどな」
誰なんだろ。その鍔音って子。少し気になる。
「ねえ刀香ちゃん。鍔音って?」
「私の妹です。学校では剣道部に入っているんですよ」
「そうなんだ」
なるほど。納得した。
そんな私の隣でノースは灯刃さんに尋ねる。
「灯刃さんと言いましたね」
「ん?なにかな」
「いえ。ただ灯刃さんも剣を握るのかと」
ノースが一貫して真面目な雰囲気と言葉遣いで尋ねると、灯刃さんの眉根が寄るのが見えた。
いわゆる地雷を踏んだのか。如何にも不機嫌そうだった。
「ノースなんだかヤバいよ」
「なにがだ?」
「よくわかんないけど、灯刃さんちょっと怒ってるかも」
確証はなかったけどノースにはそう耳打ちした。
しかし如何やら私の予想は大方当たっているみたいで、灯刃さんは刀香ちゃんに視線を移すとぎいっと睨みつけた。
「刀香。剣を握るとはどう言うことだ」
言葉が重たい。重厚感があって、刀みたいに鋭い切れ味だった。だけどその一言を川の流れみたいにゆらゆらと退ける刀香ちゃん。
「はい兄上。これから皆さんに私の剣術を披露しようかと思っていたので」
「剣術だと。お前が?はあっ!剣に興味のないお前がか?その有り余る才能を棒に振るって一族の剣を放棄したお前がな」
あれ?これってヤバいよね。
話の流れから“剣”がキーワードになってるみたいだけど、その中でも特に灯刃さんの放った“一族の剣”が強く強調されていた。
「兄上が私を叱るのもわかります。ですが私は一族の剣を受け継ぐ気は毛頭ありません」
「まだそんな子供みたいなことを言うのか」
「はい。父上や母上、鍔音にはそう言っています。そして既に認めてもらっていますから」
「それが俺は気に食わないんだ。お前には才能がある。その歳で既に龍蒼寺の基盤となる剣術、九つを全て会得したお前ならわかるはずだ」
「それはあくまで過程と結果の相対的なものです。そこに私の意思が絡んでいません」
「お前の意思と尊重はしている。画家になりたいんだったら好きになればいい。俺だって自分の夢を叶えた。だが刀香。お前にはその剣を継ぐだけの技術がある。誰しもが認めるその腕を放棄して無碍にしたお前が……俺は羨ましいんだよ」
これは重たい話になってきた。要は“嫉妬”だ。
確かに刀香ちゃんは凄い。それは私達自身が身を持って体感した。だけどそんな力があるのに継がないって言うのには何か理由があるはずだ。
「失礼します兄上」
「どこに行く気だ」
「道場です」
刀香ちゃんは私達を連れてそそくさと道場に向かおうとした。
だけど灯刃さんはそれを引き止める。
「待て刀香」
「なんでしょう兄上」
「この際だ。決着をつけよう。俺が勝てばお前には剣を継いでもらうぞ」
「私が勝てば諦めて認めてくださるのですか?」
「ああ」
「いいでしょう。受けて立たせていただきます」
いやいやそんなの受けちゃうの?一方的な要求じゃないのかなそれ。そんなので本当に刀香ちゃんはいいのかな。
「いいの刀香ちゃん?こんなことで決めちゃった。大事なことじゃないの」
「構いません。私は依然として剣を継ぐ気はないのだ」
「なぜだ」
ノースが尋ねる。
すると刀香ちゃんはすっと答えた。
「私には剣を継ぐ意思がないんです。私はそんなものよりも大事ななもののために剣を握れればそれでいいんですよ。それが私の剣を握る答えですから」
刀香ちゃんはそう答えた。少し難しいことを言ってるみたいに聞こえるけど、私にはなんとなくわかった。
噛み砕くとその意味が潰れちゃうから口にはしないけど、多分刀香ちゃんは剣が嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。だけど家の剣と信条の剣は違う。そういうズレを言いたいんだと思った。そう考えると、とてもスムーズに刀香ちゃんの剣が飲み込めた。だから私はーー
「頑張ってね刀香ちゃん。私は刀香ちゃんの剣、好きだよ」
「ありがとうございます。愛佳さん」
刀香ちゃんは素直に笑ってくれた。
その笑みがとても優しくてそして水の流れに打ちつけた刀の刃先みたいに感じたのは私だけだろうか。




