■119 刀香の夢
予約投稿です。
「ここが私の部屋です」
刀香が止まったのは障子張りの部屋の前だった。
そこは別段特に変わったところもなく、普通に格式高く奥深い雰囲気漂う和風建築の一部だった。
「入ってもいいの?」
「どうぞお構いなく」
「なら遠慮なく」
そう言って障子を横にスライドさせるノース。
部屋の中は薄暗いがかなり立派でとても広かった。
襖越しに奥にも部屋があるらしく、壁材には押し入れが目についた。
「へぇーここが刀香の部屋」
「はい」
「こっちの襖は?」
「そちらも私の部屋です。主に雑多物を置いていますね」
「そうなんだ。ねぇ開けてもいい?」
「はい構いませんよ」
刀香の部屋の奥。
畳張りの部屋から通じる襖をを私は横にスライドさせた。するとそこに現れたのは畳張りではない普通の床がお目見えした。
さらにそれだけではない。画家さんが絵を描く時に使うような真っ白な板に絵を描くときに使う台とかいろいろ仕舞ってあった。
「コレって絵を描く道具だよね?」
私はノースに尋ねた。
するとノースも部屋の中を一瞥するとぽつぽつと呟く。
「キャンパスにイーゼルか。それにこっちは油絵具に水彩もか……随分と本格的だな」
「だよね。ん?大河ちゃんなに見てるの?」
私はキャンパスを眺める大河ちゃんに声をかけた。
「あっ、ううん。この絵って……」
「絵?うわぁー!凄いねこの絵。とっても綺麗!」
「コレって水彩画かなー?」
千夏ちゃんも寄って来て絵を眺めた。
そこに書かられていたのは大きな川の絵だ。生い茂る緑もさることながら水の表現が立体的。あんまり上手い感想は出てこないけど、とにかく素敵な風景画だった。
「ねえ、もしかしてこの絵って刀香ちゃんが描いたの?」
「はい。あまり上手く描けた自信はないのですが」
刀香ちゃんは顔を背けた。
だけど私みたいなあんまり絵に詳しくない人からしてみればかなり上手だ。プロが描いたんじゃないかって思える。
「いや上手く描けている。単に風景を落とす込んだだけじゃなく、客観的に惹きつけるものがあるな」
「いえ。賞賛に値する価値は……」
「価値を決めるのは刀香じゃない。刀香の絵を見て関心を持った相手だろ。自分を謙遜するな」
ノースははっきり突きつける。
刀香ちゃんは目を丸くして固まってしまった。確かにノースの言う通りな気がする。自分の作ったものに一番思い入れがあるのは自分で、出来は如何あれそれを見た相手が何を感じるかが客観的な価値観になる。
って、難しいこと考えてもよくわかんないや。とにかく私は……
「私は刀香ちゃんの絵好きだよ」
自分の思ったことを素直にぶつけるだけだった。
「ありがとうございます」
「でも刀香なら絵描きになれるかもねー」
「はい。私の将来の夢は画家ですから」
「えっ、マジ?」
千夏ちゃんが口をひん曲げた。
冗談のつもりで言ったのだろう。千夏ちゃんの目色が迷走している。
「凄いよ。刀香ちゃんから絶対なれる!」
「“絶対”を鵜呑みにさせるな。だが刀香の腕なら可能だろうが」
「ありがとうございます」
ノースも刀香の才能には圧巻しているみたいだ。
それならギルドのエンブレムとか、刀香ちゃんに清書してもらってもよかったんじゃないかな?なんて元も子もないこと口に出すと後々あれなので、ここは黙っておく。
だけど刀香ちゃんは夢があるんだなー。私にはまだそう言うのよくわかんないけど、一体何がしたいのかな。
まだわからないけど、そんなのは後回し。とりあえず今を楽しまないとね。
「そう言えばさー刀香は剣の修行とかしないの?」
「剣ですか?はい、一応はしていますが」
「じゃあさー、どんな感じか見てみたいんだけど駄目かなー?だっていっつも向こうでしか見たことないからさー」
「千夏、それ以上はよせ」
「どうして?」
ノースが話を止めに入った。
その意図は私にもわからなかったけど、ノースは刀香以外の私達に耳打ちする。
「いいか。あんな人間離れした剣技が本当にできると思うか?」
「えっ?」
「少なくとも私は少々疑っている。無論、刀香自身の腕は確かだ。だがあそこまで達観した剣技が実際にできるかどうかはわからない」
「そっか。でも私はできると思うよ。ねえ刀香!」
「はい、なんでしょうか?」
私は刀香に尋ねる。
「刀香ちゃんの技、私もみたいな!」
「おい愛佳!」
ノースが私の腕を引っ張った。けど私は食い下がる気はない。
「私も刀香ちゃんの龍蒼寺流、生で見てみたい!駄目かな?」
「うーん」
深く考え込んで黙る刀香。
けれど沈黙は至って早く終わった。
「わかりました。ではこれから道場の方を案内します」
「やった!ねえねえノース、刀香ちゃんの技が見られるよ!」
「そうだな」
「あれ?」
私は妙に清々しくいるノースが腑に落ちなかった。
だけどノースの顔色をちゃっかり覗いてみると、「できるかどうかはわからないが、できないとは思っていない」と表情を作らずに伝えようとしているのが察することができてしまったのでした。




