■116 イズモさんって何者?
前回の続きです。
「なるほど。ではここに来た目的というのは……」
「はい。クエスト達成の報告と、お礼に来ました!」
「!?」
イズモさんの表情が険しくなった。
眉が自然に寄って、私に対する目つきが些か不審になる。
「報告はわかります。ですがお礼と言うのは些か不自然ではありませんか」
「えっ、なんでですか?だってとってもいい情報をタダで教えてくれたのに、感謝の一つも言わないのって変じゃないですか?」
「そう言う倫理的なことをに聞いているのではなく、どうして私に対して不信感を抱かないのか。私はそのことを問うているのですよ」
ああなるほど、そう言うことね。イズモさんの眉が吊り寄ったのは、スノーの抱いた感情を強調しちゃったからだ。
確かに私にもイズモさんに対して少しだけど不信感はある。この違和感が不信感かどうかはまだわかんないけど、それでも私にとっては1対9で、感謝の方に軍配が上がった。理由は単純で、私にはイズモさんが悪い人には見えなかったからだ。
「だってイズモさん、優しい人ですもん」
「そう言うことではなく。ちなみにどうしてそのような見解に至ったのか、参考までに聞いても?」
「見解とかそう言う理論的なことじゃなくて、なんとなく話しててもイズモさんからは変な気は感じないから、むしろいい人って感じがするんです」
「いい人ですか……」
イズモさんは言葉を詰まらせた。
その目の奥からは多重に頭の中で思考を重ねているのが窺える。そんな印象がつい浮かんだ。
だけど私はそんなイズモさんを澄んだ目で見つめる。
どうにもイズモさんのそんな凛々しい姿が“らしさ”に繋がったからだ。
「はい。私はいい人だと思います」
「そのなんとなくは的外れですよ。私はいい人間ではありません」
「そんなこと言われても私はピンと来ません。こう見えて、私の直感って結構当たるそうですよ」
「結構当たるですか……はぁ。貴女にはなにを言っても無駄そうですね。ですがそこがまた私の見込んだ人間だ」
「ほえ?」
首を軽く傾げる私。
しかしイズモさんはそんな私に対して表情は顔を下にしていてよく見えなかったけど、薄らと唇の広角がにやけて見えた。ちょっと不気味だけど嫌な感じは全くしない。何でだろうね。不思議な人だ。
「あの、報告ついでになんですけどイズモさんはどうして私達にこんなに親切にしてくれるんですか?」
「親切ですか……それは間違っていますよ。私はただ貴女方を試しただけですから」
「試した?私達って試されてたんですか!」
私はちょっぴり声を張り上げた。
しかしイズモさんはまるで気にせずにティーカップの紅茶を飲む。その姿がまた優雅だ。
「はい。貴女にはなんの関係もありませんが、少し興味を抱いてしまったので。私を助けてくれた恩もあります。それならせめて私の手持ちの情報の真偽を図る名目において絶好だと言えたのです」
「情報の真偽?ってそこですよ、そこ!なんであの島にあんなクエストがあるって知ってたんですか!それにあの島に繋がる道も、普通じゃ絶対見つからないですよね!」
「道は教えていませんよ」
「あれ?」
そう言えば今振り返ってみると確かに島については教えてくれた。
だけど行き方は聞いてなかった気がする。てなると、あの時私が偶然島との直線距離に洞窟があったのは単なる奇跡なのではないだろうか?
「それに私はあの島にクエストが隠されているとは一言も言っていませんよ。ただあの島になにかある。私はそれを確かめるために、貴女に行ってみてはと提案しただけです。それを鵜呑みにしたのは貴女自身の選択ではないですか?」
「それはそうですけど……」
確かに言われてみればイズモさんの言ってることの方が正しい。
だけどその言い回しじゃ「行け!」って言ってるのと同じじゃないのかな?
「人生は選択の連続です。なにをするのも最後にそれを選択し決めるのは自分次第です。そのために無数に存在する道に情報という選択肢を用いて、誘導する手法もあります。ですがそこに至るまでの道筋は自分自身が選び考え、その末に抱いた結末に過ぎません。つまり私の言葉を含めた誰かを指し示すのは単なる“道標”。言葉という見えない力による一種の情報の種に過ぎないちっぽけでとてつもなく莫大で巨大なエネルギーなんですから」
「えっと……」
「つまり、私の言葉で惑わされ選び取ってしまった答えは貴女自身が決めた一つの選択の結末。と言うことになります。ですからこれは強大な力に引きつけられた磁石みたいなものではなく、自らがその道に縋った結果論になります。そのことに対して文句を言う筋合い、選び取ってしまった人間にありますか?」
「えっとわからないですけど、あるんじゃないんですか?」
「そう選ぶのも一つの解釈です。そう言った選択を人は日々迫られて生きています。そうして人という生き物は心身共に成長し、そしてまた悩む。その繰り返しを行ったり来たりしているんですよ」
何だろ。話がついていけない。つまりあれだ。人間って難しい生き物だけど、結果自分がやったことは受け入れるしかないってこと、みたいな話になってる。
あれ?私そんな話をするために来たんだっけか。何だか丸め込まれてるみたいだけど、反論する隙すら与えないイズモさん。その風格はかなり大人びていた。しかもそう言った目線以外から見たみたいに長くて的を射ている気もした。
「よくわからないですけど、難しいですね」
「今はそれでも構いません。こんなことに時間を浪費するのは短い人間という生命において無駄以外のなにものでもありませんから」
「それもイズモさんの考え方ですか?」
「そうです。これが私と言う生命体なんですよ、マナさん」
深い。と言うか理解が追いつかなかった。
気がつくと私の紅茶は冷めきっていて肝心なことの何もかもを言いそびれてしまった。
私はそんなイズモさんに見惚れるとかではなく、ポカンとした不思議感だけが募る一方でした。




