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ライバルの告白

「お兄ちゃん、ちょっと良い?」


 美樹が僕の部屋を訪ねてきたのは、夜の九時頃の事。勉強していた僕は、ちょうど休憩しようと思っていたので「良いよ、入って」と答えた。ゆっくりとドアが開き、そろりそろりと近づいてくる美樹。その手には、何やらノートらしきものを持っている。


「どうしたの?」

「ちょっと、お兄ちゃんに相談があるんだけど、良いかな?……」


 可愛い妹に頼られて、嬉しくない兄がいるだろうか? 誇らしい気持ちを胸に秘めて、僕は笑顔で「良いよ」と答えた。その途端、それまで神妙な顔つきだった美樹の顔が明るくなり、いつもの無邪気な笑顔になった。そして、「これなんだけど……」と言って、手に持っていたノートを僕に手渡してきた。


「ん? 予言ノート? 何の予言?」

「んふふふ……」

「中、見て良いの?」

「まだ、何も書いてないけど」


 確かに、表紙に「予言ノート」と書いてあるだけで、中身は真っ白のまま。意味がわからず困惑した顔の僕に、彼女はこのノートの使い道を説明してくれた。


 彼女には、同じクラスに気になる女の子がいる。その子の名前は麗菜れいな。髪が長くておとなしく、お嬢様タイプの女の子だ。自分の事を可愛いと自負している美樹は、男子の視線を集めている彼女に対し、ライバル心を抱いている。


 その麗菜が、同じクラスの藤田倫太郎ふじたりんたろうに告白するらしい。手作りチョコを作って渡すつもりだと、友人に聞いたのだ。実は美樹も、藤田のことが好きなのだが、恋愛に奥手の彼女は告白なんて出来ない。ライバルに好きな男子をとられる、そう焦った美樹が考えたのが「予言ノート」なんだとか。


 「予言ノート」とは、叶えたい願い事を書いて、その予言を的中させるためのものだと言う。なんだかデスノートみたいである。彼女 いわく、言葉には言霊ことだまがあって、強く念じれば念じるほど、その通りになるのだと。


 美樹は、タロット占いをやっていくうちに、霊感が強くなってきたと言い、いつかこの予言ノートを試してみたいと思っていたのだが、怖くて出来なかったと言うのだ。


「こんなノート、使って良いと思う?」

「殺人に使わなければ、大丈夫じゃないかな?」

「私も、殺人だけはしないつもりだよ」


 殺人だけはしない? じゃあ、上限はどこまでなんだろう。彼女の考えを聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。


 そして、美樹の「予言ノート」生活はスタートした。彼女のやり方はこうである。まず、「麗菜はフラれる」という言葉を、一ページにびっしりと書く。その際、書きながら呪文のようにその言葉を唱えるのだ。それを、告白する日まで毎日続けると言うのである。


 僕はときどき、そのノートを見せてもらった。確かに、「麗菜はフラれる」の文字が、ページいっぱいに隙間なく書かれている。兄としては、美樹の一途な思いが叶う事を願うのだが、実際にそんな事があり得るのかという思いもある。


 そしてついに、運命の朝がやってきた。美樹は緊張しているのか、目をつむりながら朝食のトーストをゆっくりと噛みしめている。緊張に耐え切れない僕は、先に学校に向かった。


 一日の授業が終わり、下校時間となる。いよいよ、運命の瞬間の到来だ。一人で校舎の裏に立っている麗菜。美樹と僕は、遠くから彼女を見張っていた。麗菜の友だちから呼び出された藤田が、彼女の前にやってきた。何を話しているのか、その内容は遠すぎてわからない。ただ、麗菜が手作りチョコを差し出すと、藤田は喜んで受け取った。


「これ、OKって事、かな?」


 僕は隣の美樹に聞くが、彼女の返答はない。美樹は黙ったまま、走って家に帰っていった。彼らが悪いわけではないが、可愛い妹を悲しませるこの二人が許せなかった。


 家に帰ると、美樹は自分の部屋に閉じこもっており、かける言葉も見つからない僕はどうする事も出来なかった。その後しばらく、美樹から笑顔が消えてしまった。


 そんなある日の夜、部屋にいた僕のもとに美樹がやってきた。


「お兄ちゃん、勉強してる? ちょっと良いかな?」


 宿題はあったが、妹と久しぶりに話せるのが嬉しくて、「良いよ」と快く迎え入れた。美樹の手には、例の「予言ノート」が。そして、彼女が開いたページには、”missionミッション)completeコンプリート”と書かれている。


「何なの、ミッション・コンプリート(任務終了)って?」


 意味が分からない。願いは叶ったという事か? 不思議な顔の僕に、美樹は詳細を語りだした。


 実は、あの手作りチョコを食べた藤田が、チョコが原因で食中毒になって入院したのだ。そのお陰で、大事なサッカーの試合にも出られなかった。退院後に藤田は、麗菜との交際を断ったらしい。そのショックで、麗菜は今、登校拒否状態だと言う。


 「そうなると、願いが成就したって事なの?」そう尋ねる僕に、紙袋を差し出す美樹。中には、木で作った二体の人形が入っていた。


 人形の頭の部分には、隠し撮りした藤田と麗菜の顔写真が貼られている。よく見ると、藤田の人形の腹の部分に、コンパスの針を刺した痕がいくつもあった。美樹は、告白現場を見届けた後に急いで家に帰り、この人形を完成させていたと言うのだ。


 そして再び、「予言ノート」に「麗菜はフラれる」という言葉を書き続け、さらには藤田人形の腹を刺し続けたのだ。部屋を真っ暗にして、キャンドルを二つ灯し、ブツブツと念じながら腹を刺し続ける光景を想像すると、背筋が寒くなってくる。その結果、藤田は食中毒を起こしたのだと言う。


 それだけにとどまらず、美樹はさらに、麗菜の写真の頭の部分にも針を刺し続けたらしい。その努力の甲斐あって、見事に予言を完成させた。ニコニコ顔の美樹を見て、「こいつに恨まれたらおしまいだ」と僕は思った。


 「これからも仲良くしようね、お兄ちゃん!」そう笑う美樹に対し、僕はうなずく事しか出来なかった。

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