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理科のテスト

 ある日曜日の午後、部屋で勉強をしていると、「コン・ココ・コココン」とドアをノックする音がした。この個性的な叩き方は、僕と美樹の間で約束しているやり方である。父は「ドンドン」と強く叩き、母は「コンコンコン」と三回叩く。若い僕らは、ノックの音にもリズムを感じたいのだ。


 僕は開いていたノートを閉じ、振り返って「どうぞ」と返事をした。ドアが開き「今、良い? 勉強していたんじゃない?」と尋ねる美樹に、「いや、ちょうど休憩しようと思っていたところだから良いよ」と言って微笑んだのは、彼女が持っていたコンビニの袋の中に、僕の大好きなお菓子が入っていたのが見えたからに他ならない。


「お兄ちゃん、カルピス飲みたくない?」


 こうやって彼女が遠回しに聞いてくる時は、カルピスを作って持ってきてという無言の圧力である。カルピスは、水との配分が難しい。薄すぎても濃すぎても美味しくない。彼女曰く、僕が作るカルピスはちょうど良い濃さらしい。本当なら嬉しいのだが、自分が作りたくないからおだてているだけのようにも思える。


「わかったわかった、ちょっと待ってて」


 僕は階段を一気に駆け下りると、台所でカルピスを二つ作って再び自分の部屋に戻ってきた。すると、美樹が部屋の真ん中に座って何かを並べているのが見えた。


「何やってんの?」


 背中から声をかけると、横に置いてあった本を手に取り、表紙を僕に見せてきた。


「これこれ、タロットカード」


 それはタロット占いの本で、床に並べていたのは付属のタロットカードだった。


「本屋に行ってきたの?」

「うん」


 そう言えば、朝も早くから遊びに行くと言っていたなあ。本屋に行っていたのか。


「お兄ちゃん、占ってあげようか?」

「えっ?」

「何が知りたい?」

「何がって……。そうだなあ、明日の理科のテスト、どの問題が出るかわかる?」

「オッケー!」


 今日買ってきたばかりなのに、もうマスターしたのか? 兄の僕が言うのも何だが、美樹は結構可愛いほうだと思う。それに加えてかなり頭が良い。いつも学年で二番をキープしている。本にちょっと目を通しただけで、やり方を理解したとしても不思議ではない。


「はい、わかりました!」

「えっ、は、早っ!」


 さっきパラパラとカードを触っていたかと思ったら、もう結果が出たと言う。僕のイメージしていた占いとはかなり違うようだが……。そんな思いを巡らせているうちに、彼女は教科書を手にとった。


「これと、これと、これと……。それからこれ!」


 無造作に丸印を書いていく美樹。ほとんどタロットカードは関係ない気がするけど……。これって本当に占いなの? 適当に選んだだけじゃないの? 本当に当たるのかよ、美樹~。そんな僕の不安をよそに、満面の笑みでカルピスを美味しそうに飲んでいる。


「じゃあ、勉強頑張ってね!」


 無邪気な笑顔を振りまきながら、彼女は自分の部屋へと戻っていった。とりあえず、可愛い妹の言う事を信じてみよう。美樹が買ってきてくれたお菓子を頬張りながら、僕は勉強を再開した。


 翌日になり、一時間目からテストの時間を迎える。「さ~て、美樹の占いは当たったのか?」期待と不安が入り混じる感情を抱えながら、問題を凝視してみる。


「な、何だってーーーー?」


 普段は無口な僕が大声を出したので、クラス中の視線が集まってしまった。


「葉山、一体どうしたんだ?」


 理科の石川先生が心配して聞いてきた。僕は口ごもりながら「な、何でも、あ、ありません……」と下を向いた。ほっぺたがりんごのように赤くなっているに違いない。あ~、恥ずかしい。


 それにしても驚いた。美樹が丸をつけた問題が、全てここに載っている。あいつは、買ってきたばかりのタロットカードを、一瞬のうちにマスターしたと言うのか? もしかして、現代の魔女? 魔女っ子美樹ちゃんなのか? そんな馬鹿な思考をしている場合ではない。さっさと解答を書こう。これは百点間違いなしだ!


 その日は一日中気分が良かった。ルンルン気分で鼻歌を歌いながら帰途に就き、早速美樹に報告する。


「コン・ココ・コココン」


 がらにもなく、声に出しながらノックしてしまった。「は~い、どうぞ!」と声が聞こえてくる。ドアを開けると、美樹がタロットカードを床に並べていた。


「美樹、聞いてくれよ。実はさ……」

「テスト、全部当たってたんでしょ?」

「えっ、ど、どうしてわかった?」

「へへへ~、どうしてでしょうか?」


 いたずらっぽく笑う美樹。なーんか気になるなあー。もしかして、本当に魔女になってしまったのかなあ?


「と、とにかく、全部当たってたよ。本当にありがとう」

「じゃあ、お礼は何をしてくれるのかなあ?」

「あっそうか。ちょっと待ってて」


 僕は急いで階段を駆け下りると、慣れた手つきで絶妙なカルピスを作った。今日はちょっとだけ甘みを足してみよう。百点のお礼である。


「お待たせしました!」


 片膝をつき、うやうやしくお姫様に献上するような仕草でカルピスを差し出した。


「う~ん、美味しーーー!」


 ほっぺたが落ちそうなくらいの表情をする美樹を見て、ちよっと嬉しくなった。でも、この後の美樹の言葉が僕を不安にさせることになる。


「でもさー、ちょっと惜しかったね」


 小首を傾げて微笑む彼女の、その言葉の意味がわかるのは翌日の事だった。自信満々で戻ってきた答案用紙を確認すると、百点ではなく九十八点になっている。なんと、理科のテストなのに漢字が間違っていたのだ。


 それにしても、どうして彼女は間違えている事がわかっていたんだろう? やっぱり美樹は……魔女、だったりして?

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