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ペンギンだけど、魔法少女になりました-PV

 京都駅から少しだけ西へ向かったところに、梅小路公園がある。

 その一角にある水族館。

 サクラちゃんは、そこで産まれて、ずっと仲間達と暮らしていた。

 のんびりとした毎日。

 ぴょこぴょこと歩いて、たまに羽づくろい。

 餌の時間になれば、トレーナーさんから餌を貰う。

 いつもは暢気にしているみんなも、この時ばかりは大はしゃぎ。

 魚の争奪戦となるのだ。

 それが終われば、ごろごろしちゃう。


「ペンギンだぁ。可愛いっ!」


「凄い数だなぁ。50羽近くもいるじゃないか」


「プールも広いですね。1階で泳ぐ姿を観察できるのですか」


 アクリルガラスの向こう側では、人間達がケープペンギンを眺めている。

 スマホで撮影をしている人。

 ちっちゃな子供を抱っこして、説明をしているお母さん。

 肩を寄せあっているカップル。

 人間に興味津々な子もいて、ガラスを楽しそうに突く。

 サクラちゃんは人口岩の近くに立っている。

 お腹いっぱいで、ぼぉっと居眠り。

 卵からかえった頃は、ママやパパと一緒に過ごしていた。しばらくするとバックヤードへ連れられて、トレーナーさんに泳ぎの練習をさせられた。

 巣の外は、とっても広いんだぁ。


「ペンギンゾーン、いや、水族館の外はもっと広いよ」


 サクラちゃんを覗くように、それはしゃがみこんでいた。

 性別のこそは不明であるが、天使のごとき美しさ。

 人間の子みたいな姿をしている。

 トレーナーさんも、お客さんも、それが見えてないかのように無反応。

 ペンギン達は警戒心いっぱいに嘴を向けている。

 碧い瞳は、じぃっとケープペンギンの子をとらえている。

 ショートヘアーの美少年(少女?)は微笑んだ。


「ボクはアイ。遠くから来た妖精さ。いきなりだけど、頼みがあるんだ。サクラちゃんだね。魔法少女になって、神の眷属と戦ってほしいんだ」


 鈴を転がしたような、綺麗な声だ。

 アイちゃんの言葉は、ダイレクトに魂へ訴えるもの。

 それはペンギン達を刺激する。

 サクラちゃんは叫ぶ。

 まわりの人間からすれば、ボェーと叫んでいるようにしか聞こえない。


「ぼぇーっ。魔法少女とか言われても、わたし、困るよぅ」


「君の魔力は驚異的だ。クトゥルフの眷属どもに負けないだろう」


「何を言っているのか分からないよぅ」


「ボクと契約をしてくれたら、美味しい魚をあげるよ」


「ごくりっ」


 こうして、サクラちゃんは魔法少女になった。

 京都の町を出歩き、クトゥルフの眷属と戦うことになった。

 ペンギンさんが水族館から出てうろつくと大変な騒ぎになるだろう。その辺は、アイちゃんの御都合魔法で上手く誤魔化せた。




 クトゥルフは異世界に封印されし究極邪神である。

 ルルイエという神殿に、そいつの魂は縛りつけられている。

 意識だけは何とか動かせるようで、人間世界へ混沌種カオスシードを送りこもうとしている。動物の魂を暴走させて、魔物へと変えてしまう因子。

 そいつで恐怖を生みだし、復活のためのエナジーへ変えようとしている。

 蛸のごとき大怪獣は、異次元の底で叫ぶ。


「我は恐れを糧に蘇り、ヤツらへ復讐を果たすのだ!」




 サクラちゃんは、アイちゃんの横を、ぴょこぴょこと歩く。

 水族館の外は、とっても広い。

 京都駅は大きいし、人もたくさん。


「まるで、ゴミのようだね。半分ぐらい殺したら、環境問題も解決しそうだけど。待ってね、サクラちゃん。混沌種カオスシードの反応も近いかな?」


「アイちゃんって怖い」


 サクラちゃんは、人間の群れに感心するばかり。

 水族館でも見ているけれど、まさか、ここまで多いなんて。

 自動車という怪物さんも、たくさん走っている。

 彼女が暮らしていた建物よりも、はるかに大きなビルディング。

 通行人は、こちらへ視線を向けてくる。スマートフォンを向けて撮ってくる。それでも、誰も大袈裟には騒がない。これも、アイちゃんの魔法によるものか。


「ペンギンが歩いているよ。可愛いーっ」


 お姉さん達に、頭を撫ぜられた。

 反射的に突こうとするも、指を引っこめられる。

 あの尖がったのは、京都タワーというらしい。

 色んな国の人が、それぞれの言葉で話しかけてくる。

 好意的な反応ばかり。

 魚をくれる人はいないけど。


「サクラちゃん。君は魔法少女となったことで、人間どもの言葉を理解できるようになった。思考力も高まった。他の動物さんともテレパシーで会話もできるんだ」


 アイちゃんは魔法陣を掌に広げて、何かを調べている。

 混沌種カオスシードの反応を探っているようだ。

 人間の価値観でいえば、美しさと愛らしさの頂点極めし容貌をしている。誰も興味を示さないが。まるで透明人間みたいな空気感。

 ちっちゃな子供まで、サクラちゃんに寄ってくる。

 うーんっと両羽を伸ばして、尾っぽをぶるぶるさせた。


「あっ。小さいけど反応ありだ」


「きゃーっ!」


「化物だぁ!」


混沌種カオスシードが実体化したようだ。何かの生物に憑いて、人間どもを襲っている。恐怖を広げられるのは不味いよ。サクラちゃん、魔力変身マジカルチェンジをするんだ!」


「ぼぇーっ。サクラ、そんなのできないよぅ!」


「羽を持ちあげて、マジカルチェンジと叫ぶんだ」


「え、えっ? ぼぇーっ(マジカルチェンジ)!」


 アダンソンハエトリという家蜘蛛に、ルビーが憑いて巨大化した。

 ピンクカラーに染まった虫怪獣は、京都駅前で大暴れ。

 人間達は蜘蛛の子を散らすように大慌て。今のところ、犠牲者は確認できない。いや、人の大洪水は負傷者を増やしていく。足を踏まれた子供は泣いている。

 京都駅烏丸中央口から、大量の恐怖心が湧きあがる。




「ふはははっ。混沌種カオスシードを通して、人間どもの恐れが我へと流れこむぞ」


 蛸に酷似した大邪神は、異次元神殿ルルイエで笑う。

 ダゴンも笑う。

 ディープワンの群れも笑う。




 サクラちゃんが羽を、青空へ向けて振りあげた。

 橙と黒のフリッパーバンドが、キラキラに包まれて魔法具へと変わる。

 星の中に目があるようなデザイン:エルダーサイン。

 ヒナペンギンの体は光で覆われていき、フリフリな衣装がまとわれていく。薄桃色で可愛らしい。ピンクのリボンが右頭部の帽子上で花咲いた。

 ステッキが右羽の先へくっつく。


「魔法少女サクラ!」


「ぼぇーっ! 何なの、これは?」


 ヒナペンギンは首を伸ばして回して驚愕する。

 そうしているうちにも、桃色蜘蛛は大暴れ。

 観光客が落したバッグから、宇治抹茶バームクーヘンを取り出して食べる。体全体で美味しさを表現しているようだ。不思議な踊りをはじめだす。


《熟練度が一定に達しました。スキル『抹茶耐性LV1』が『抹茶耐性LV2』になりました》


 コンビニのチキンナゲットを、兄ちゃんから奪って食す。


《熟練度が一定に達しました。スキル『毒耐性LV1』を獲得しました》


 何かを食べる度に、どこからか謎の声が響いてくる。

 暴飲暴食を止めない大蜘蛛。

 警察隊が来るも、発砲などはせず、警戒しながら避難誘導を行っている。

 こいつと拳銃で戦っても、噛ませ犬にされるであろうが。

 アイちゃんは感心深げに見上げている。


「サクラちゃん。気をつけて。あの蜘蛛さんは、食事をすることで強くなるようだから。ていうか、人間を食べれば、効率良く恐怖を拡散できるのにね」


「サクラ。あんなのと戦えないよぅ!」


「大丈夫だよ。君の魔力は、ボクの予想をはるかに凌駕している。あの眷属程度を倒すのは造作もない。万が一にも負けることはないはずだ。たぶん」


「でも、あんなのが水族館まで来たら、みんなも食べられちゃうんだね?」


「その可能性もあるね」


「だったら、サクラ、戦うもん」


 サクラちゃんはペンギン走りで駆けていく。

 ぴょこ、ぴょこと。

 大蜘蛛の前まで来ると、大きすぎる節足で威嚇をしてきた。

 顎を開閉させる動きは不気味である。

 赤い複眼が、いくつも睨みおろす。

 肉食系の陸上節足動物は、獲物を喰らおうと襲いかった。猫ですらも認識不可能なほどのスピードである。きつく抱擁をして、押さえこもうとする。

 ドクドクと、サクラちゃんの鼓動が瞬間的に爆発した。

 ペンギンの魔法少女は反射的に避ける。

 フリッパーで脚を叩きつけると、巨大蜘蛛は体勢を崩す。


「あなた。鈍そうなくせに生意気よ」


「しゃ、しゃべったぁ!」


 この蜘蛛さんは、人間でいえば女子高生に当たる。

 怒りを思念言葉で叫んで、八本足を使って跳びあがる。

 サクラちゃんの突きはかわされた。

 嘴は黒石床を割って、ひびを放射状に広げる。爆音が響く。コンクリートの地面は大きく陥没して、直径10メートルほどのクレーターが開いた。

 舞いあがった瓦礫は、その辺に落ちていく。

 ペンギンの子は、自らの力に驚いてしまう。


「それが魔法少女の力だよ。基本的な身体能力も大幅アップしている。しかし、ここまでとは驚かされたよ。サクラちゃんは、まるで怪獣のようだね」


「サクラ、怪獣じゃないもんっ!」


「生意気な鳥風情が。アダンソンハエトリの力を見せてあげるわ」


 ピンクの蜘蛛魔獣は糸を伸ばして、ビルの合間を高速移動していく。

 さっき襲いかかってきた時よりも、速さは大幅上昇している。巨体であるにもかかわらず、誰も視界にとらえられない。残像も増えていく。

 上空から毒液玉を連続発射。

 まるで、マシンガン。

 サクラは間一髪でよけきるも、コンクリート床に無数の穴が穿たれる。

 猛毒であるため、掠りでもすれば命取り。


 《熟練度が一定に達しました。スキル『韋駄天LV5』が『韋駄天LV6』になりました》


 またもや、謎の声が聞こえてくる。

 この蜘蛛女は、何かを食べずとも能力上昇を果たせるようだ。

 このままじゃ、やられちゃう。

 サクラちゃんはステッキを地面へ叩きつける。魔力が大爆発を起こして、魔法少女は急速上昇。なぜこんな行為をしたか、自分でも分からない。

 ペンギンは空を飛べない。

 ジャンプしたのはいいけど、そのまま落ちるしかない。

 毒液弾の雨が、真横から襲ってくる。

 ステッキを振りかざすと、魔法陣のシールドが回転しながら現れた。そいつで、見事にガードしきる。こんな技まで使えるなんて。


「悪いけど食べちゃうからね」


「サクラ、食べられないからっ!」


 大きな顎で挟みこもうとするも、サクラちゃんは尾を振るわせてから、顎を足場にして空中ジャンプ。くるっと宙で前転をし、蜘蛛魔獣の背へ跳びこむ。

 きっと、動物としての本能に導かれているのだろう。

 桃色の蜘蛛女子高生は焦りだす。


「汝のあるべき姿に戻れぇっ!」


 ステッキの先を、蜘蛛の背へと振りおろす。

 エルダーサインの輝きにより、京都駅周辺は閃光に包囲された。

 混沌種カオスシードは浄化されて、アダンソンハエトリは元へ戻った。

 サクラちゃんは着地をしてから、そぉっと彼女を逃がした。

 ペンギンとしては本能的に突きたくなるけど、我慢しておく。

 1枚のカードが、ひらひらと空気に揺らされながら落ちてきた。

 蜘蛛のイラストが描かれている。


「君は混沌種カオスシードを綺麗にして、自らの力とした。アダンソンハエトリのカードだね。ステッキで叩けば、その力を引きだせるよ」


「よく、分からないよぅ」


「さぁて、京都駅は滅茶苦茶だねぇ。ボクの魔法で元に戻して、ホモサピエンスどもの記憶も消しておくよ。恐怖心が残れば、クトゥルフ復活の糧にされるからね」


 アイちゃんは、ハリネズミちゃんのヌイグルミを転がす。

 ころりっ。

 そのとたん、瓦礫地帯と化していた京都駅烏丸中央口は元通り。

 人間達は呆然としている。

 こうして、サクラちゃんは魔法少女としてデビューした。

 美しさの頂点を極めた美少年(美少女?)は、ヒナペンギンを抱っこして歩きだす。とても嬉しそうな顔で、スキップもしそうな勢い。




 京都駅の屋上にて。

 その様子を、黒きジャガーが観察をしていた。

 赤いマフラーをして、リボンで頭部を可愛らしく飾っている。

 魔法少女ミワ。

 岡崎動物園のアイドルである。

 しなやかなブラックボディは色気であふれている。


「あの子が新人の魔法少女ね。ピンチだったら助けてあげようかと思ったけど、やるじゃなぁい。先輩として可愛がってあげるわ」


 セクシーなジャガーは、可愛らしくウインクをする。

 そう呟くと、地上まで跳びおりた。

 東大路通まで歩道を走って、そのまま北上するように駆けていく。




「サクラぁ。どこ行っとったんや。みんな、心配しとったで」


「ごめんなさい。魔法少女になっていたの」


「意味わからんわ。まぁ、ゆっくりしとき」


「うん。心配してくれて、ありがとう」


 ケープペンギンのテラマチ君が話しかけてきた。

 成鳥なので、目の上は桃色皮膚が露出している。

 サクラは人口岩を探して、うつむけにもたれかかる。

 みんなのいる梅小路水族館が好きだ。だから、あんな怪物さんに滅茶苦茶にされたくはない。魔法少女として頑張ろう。

 闇夜に抱かれるように、サクラちゃんは眠りについた。

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