我輩は天空城である。名前はまだない。
全ての天空都市を有する物語に捧ぐ。
我輩は天空城である。名前はまだない。お空の上をぷかぷかと浮かんでおる。
そもそも我輩の歴史は古く、バビロニアの空中庭園あたりまで遡る。都市としての機能はそろそろなくなり、記憶の編纂も難しくなって来た。最後の民が死に絶えたのはいつだっただろうか。周りを見渡しても乱気流に囲まれるばかりで見つかる気配もない。下の文明はどうなっているのだろう。我らが天空文明に対抗できるかな。フハハハハハハハ。などとラスボスを気取って見ても空しいばかり。人がいなくてはラスボスなど勤まらぬ。
飛行石の在庫もそろそろ無く、このままでは墜落は免れない。乗る人がいないことに安堵しながら我輩は高度を下げていった。エベレストやらの上に落ちれば、迷惑をかけることもあるまい。今まで飛行経路に山が出てこなかったことから察するにその辺りは避けられているのだろうが。
とはいえ、流石に墜落するのは忍びない。我輩にも天空城としての誇りがある。死ぬなら、そうだな。空の上で死にたいものだ。
どうにかして空の上で死ねないものかと、ロボットを下界に遣わしてみることにした。まずは情報収集だ。下へ飛び降りていったロボット。盛大な落下音が響いた。メンテナンスを怠っていた気がする。いつもなら問題ないはずのこの程度の高さで壊れるなど、我輩のロボットにはふさわしくないと強がってみても、いつも届いていた定期連絡がなくなると寂しいものであった。
無為の時間が流れていく。どこかに我輩を作った文明の生き残りがいて、ここを目指して飛んで来るなどという夢をみたこともあったが、一笑に付すよりない。そんなことはありえない。空の上を浮かんでいた長い長い年月、誰一人として我輩の元にやって来る者はいなかった。
◇◆◇
嵐の空を飛行艇が突っ切ってくる。無謀で勇敢な突撃は、確かに実を結んだ。我輩はあっけに取られてそれを見た。小さな飛行石の首飾りを持つ少女に、勇敢そうな少年。羨ましいほどの冒険を経てここまでたどり着いたのだろう。
「見てよ。ラ●ュタは本当にあったんだ!」
我輩の存続に関わるようなことを言われた気がした。我輩の名前はない。断じてそんなジ●リが猛烈に怒りそうな名前などではない。ここは大事だ。
二人を乗せた飛空艇は、我輩の突端に着陸した。どうやって帰るつもりなのだろう。我輩の食料庫はすでに土に帰ってしまったのだが。ここはもう、天空城とは名ばかりの、ただの浮いているだけの都市に過ぎないのだ。ただ、真ん中に飛行石があるだけの。彼らの冒険の最後の地として、期待に応えられるかはわからないが、ともあれ歓迎しよう。ようこそ、天空城ラ●ュタへ。⋯⋯いかんいかん。つい名前が移ってしまった。妙に記憶に残る名だ。我輩の名前はまだない。そこが大事だ。この話の肝と言ってもいい。
ほどなくして、軍隊がやってきて我輩を取り囲んだ。空漕ぎ飛行船など時代遅れにもほどがある。我輩はこっそりバカにした。我輩のロボットを何体か投入すればたやすく落とせるだろう。ふははは圧倒的ではないか我が軍は。
なんだか偉そうな男が降りてきた。ポマードの匂いが漂ってきそうな髪だ。そして、なぜだか悪寒がした。この男が我輩に破滅をもたらすのではないかと言う漠とした不安だ。
男たちは先行して上陸した少年少女を探しているようだった。我輩は沈思黙考した。軍隊を妨害するのは簡単である。とは言え、甘酸っぱい冒険譚には強大な敵役が必要不可欠だ。そうでなければ盛り上がるまい。我輩は空気を読んだ。
偉そうな男は我輩の真ん中にたどり着き、私こそがこの都市最後の生き残りだと威張り始めた。我輩にとっては、ここから出て行った時点でこの都市の生き残りとは認めたくはないのだが。
彼は我輩の一部を操って自分の力を過信した。もともと味方だったはずの飛行船に対して、攻撃命令をだす。別にやめさせる義理もなかったのでその通りにさせた。
「あっはっはー。見ろ、人がゴミのようだ!」
調子に乗って高笑いする。
飛行船が撃墜され、人が逃げるようにバラバラと下へ落ちて行く。
ふむふむ。なかなかいい性格をしている。我輩も一緒になって高笑いをしたい衝動をこらえるのに必死だった。ふははははははは。くはははっ。よし。落ち着いた。
あの少年少女が彼の元にたどり着いた。だが、彼は見事な悪役ムーブで二人を追い詰める。これは、彼らの冒険談もここで終わりかと思えた。
「バルス!」
飛行石を掴んだ二人は、堂々と言い放った。
えっ、ちょっ待って。それ滅びの呪文。我輩死んじゃうやつ。やめて。完全に油断していた。嘘だろう。
まばゆい光が放出される。
「あっが〜。ぐっ。目がぁ〜目がっ〜!!あっがっ〜目がっ〜あっ〜〜」
呻く悪役。我輩に捕まればまだ助けてやれなくもなかったのだが、光を失った目ではそれも難しかったらしい。
崩壊が始まる。我輩の都市を構成する要素が抜け落ちて行く。
重い都市を脱ぎ捨てて、天高くへ登って行く。
高らかな女性の声で、少年の父母の思いが歌われているような気がする。良い歌だ。
登る。今までの我輩が到達し得なかった高度へ。はるか下で日が昇り、沈み、ついには、太陽が沈まなくなった。空は高く暗く冷たくどこまでも澄んでいた。上る。月を横へ。火星を過ぎ、木星を見て、土星のリングを通って。海王星のガスの中に突っ込み、天王星は向こう側で、我輩は太陽系を過ぎ去った。
なおも上る。これは上るという行為なのかもわからぬままに。ついに考えることをやめた究極生命体の彫像とすれ違い、銀河帝国と自由惑星同盟のいつ果てるとも知れぬ戦争を横切った。宇宙戦艦とともに進み、機動戦士とモビルスーツのビームサーベルを振り回す戦闘を危機一髪で切り抜けた。ルーク・スカイウォーカーとダース・ベイダーの宿命の対決のそばを通った。宇宙、戦い起こりすぎじゃないだろうか。
名状しがたい化け物が漂っていた。触手を伸ばしてこちらを絡め取ろうとする。天空城の全ての能力を動員して振り切った。
そして、そばを通った全ての人物から、こう言われた。
「ラ●ュタ⋯⋯!」
皆一様にそう言うのだ。なぜだ。我輩の名はまだない。そのはずだ。
そうして登って登って、いきなり反転した。ここはどこだろう。目を回す我輩の前に広がっていたのは雲海と、大地と、そこに立つ少年少女。
「わあ。ラピュタは本当にあったんだ!」
そうはしゃぐ二人の姿に我輩は、悟った。
この世界のどの人物も私をそう言うのなら、きっと私はそれなのだろう。
我輩の名はラピュタ。由緒正しき天空城である。