決まってるだろう 1
分割で短編を書かせていただきます
今後執筆することが多いかもしれない気がする
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「占いなんて、釜飯に入っている椎茸みたいなもんだ」
「どういう意味ですか」
「なくてもいい」
「それはそれは、的を得た意見ですね」
異様な男がいる。眼つきが悪く、悪いというより酷いと言うに当たるような、狂気を感じさせるもどんよりとしたマナコの持ち主が、卜者の露店につかまっているようだ。
「そうかい、あんたも椎茸は嫌いか」
「おいらは、椎茸好きだけどなあ」
「なんだ横から。あれはな、きのこの癖して自己主張が強いんだ。そこが好かん」
「ええー、松茸はうまそうに食ってた癖によく言うぜ」
「あ? なんで松茸がでてくる? 同じきのこでも松茸が嫌いな日の本の人間なんぞいないだろ。松茸はなぁ、自己主張なんて一切していない。あれは精錬された装飾品のよう――ああ、お前のせいで話しが逸れたじゃねえか」
「はいはい、おいらは黙ってるよー」
後ろに手を組む少女。とても可憐な少女だ。西洋の、お伽話にでてくるようなフリルのあしらわれたドレスの、前髪を簪でくくってまるで人形のような少女である。
「お兄さんは占いをいらないものとおっしゃいましたが、その実、それは真理なのです」
年増であるが妖艶の、濃いめの化粧におかっぱで、耳飾りに指輪、腕輪もジャラジャラとつけ、一動作するにも億劫しそうななりをしている女が、露店を開いている。
そして異様な青年に語りかける。
「人の諫言、進言、戒厳を無視するものには、占いなど無用の長物ですから」
異様な男は強面に懐から煙草をだし、火をつけて、
「あん、まるで俺が聞き分けの悪い人間みたいじゃねえか。おたく、そんなこといってご神託を授かりました。あなたは煙草をやめるべきですとかほざくんだろ。そんなこときいてられっかつーの」
妖艶の女性は綻び、「そんなこといいませんよ」と言って、
「私も吸いますからね」
懐から煙草を出し火をつけて紫煙をくゆらし始めた。
「ほーん、ロングピースなんて吸ってやがんの。女の癖に」
異様な男は嬉しそうに紫煙をくゆらして「1ミリの煙草吸う女は腐るほど見てきたが、ロングピースとはな。あんた、なかなか良い女だ」露店のタナに身を乗り上げていた。
「兄ちゃん、吸ってる煙草で良い女かどうか区別するのはどうかと思うぜ」
横合いから、つまらなそうな顔をして可憐な少女は言う。
「うるせーぞ、ガキ」
「女はな、妊娠中に煙草を吸うと、障碍者を産みやすいんだぜ。そんなん女の吸うもんじゃねえぞ」
「煙草吸ってなくても障碍者は産まれる。ガキの癖にみょうちくりんなこと言いやがって。それにな、ジェンダーフリーの時代にあってはいけない発言だ。あとな、障碍者は生まれちゃダメなのか。諸々のことに引っかかる発言だ。今すぐ撤回しろ。それか黙ってろ」
「みょうちきりんな言葉覚えやがって」
可憐な少女は後ろに手を組み、呆れたと言わんばかしに背を向けた。が、離れる様子はない。
「占いにつきあってもいいぜ。そのかわり、ロングピースを一本いただけると最高だ。最近はバットばかり吸ってて、いい加減飽きちまってたところでな」
「いいでしょう、いいでしょう」
妖艶な女は手を合わせ、ジャラジャラと腕輪をならしなが手を振り、煙草を一本差し出した。
「おお、あっりがてえ。で、占いの代金は?」
「違う種類の紙幣を三枚、もっていますか?」
「違う紙幣三枚って一万と、五千と、千だろ? 二千円札なんてどっかに消えたから、あたりまえだがこのみっつだよな? なんだ、一万六千円もとるのか? いくら何でも高いぜ」
「いくらかは返します。それが、あなたを幸福に導くのです」
妖艶な女は煙草をもみ消し、目を見開いて、
「私にはちょっとだけ未来が見えるのです」
そんなことを言うのだ。
「未来が見えるって。馬鹿げたこと言うなよ。そういうの決まってわかりやすいことしか言わないんだ」
妖艶な女は煙草を出し、「例えば、あなたは煙草を吸い続けると不幸になるでしょう……とか?」火をつけた。
「そんなことは誰でも言えましょう。煙草は税金が上がるばかりで、体にも悪く、嫌う人も多い。そんなこと決まってる。そんな決まりきった未来は私は見ませんよ」
「あーん……なんだかな、煙草のことを悪く言われてるような気がして、嫌な気分なんだが……」
「でも、真実でしょ? それが喫煙者の決まりきった未来で、わかりきった未来です」
妖艶な女は煙草を異様な男に吹きかける。
異様な男はきんちゃく袋から水筒を出し、それを飲んで紫煙を吐いて、
「うわ、この臭いはどぶ水コーヒーか」
可憐な少女は臭いで察した。背を向けているのに。
「700ミリも入らないような水筒に、コーヒーを大匙四杯。メリケンはもうびっくりのコーヒー」
「うるせえうるせえ。日中はこいつのおかげで酒を絶てるんだ。なにか考えあぐねたときはこいつで頭を冷やす」
「頭使いたいなら砂糖入れろよな……どっちみち夜は酒飲んでるし」
「うるせえな、決めたぜ。ほらよ一万と五千と千円だ」
異様な男は意を決して、札を三枚出す。
妖艶な女は微笑を称え、
「未来を見る気になりましたか?」
「違うぜ、おたくが良い女だからな。騙される気分になっただけだ。ロングピースいただくぜ。ずいぶんと長ぇな、バットになれっちまうと驚く長さだ」
妖艶な女から煙草をさらい、吸い始める異様な男。すると女は三枚の札を机の上に置き、
「私の手の中にお札があります」
いまから手品でも見せるかのように、話し始める。
「あなたはこの三枚から一枚、お札を取ってください」
異様な男は訝しんで、
「一枚取ってなにしたいんだ」
「私が未来を見ていることを証明して見せましょう」
妖艶な女は煙草を机にもみ消す。口紅のついた吸いさしには、くすぶった煙が残った。
「あーん、こういうのはきまってタネがあるんだぜ」
「じゃあこう付け足しましょう。何枚でも取っていいです。そして、そのお金は返しましょう」
異様な男は呆けた顔して、
「てめえさ、俺のことなめてるのか」
異様な男はせっかくもらった煙草をもみ消し、「そんなのタネがありますよっていってるようにしか俺には聞こえないんだが」
すると妖艶な女は「あなたは冷静な反面、時々熱に浮かされる時があるようですね」と言う。
異様な男は水筒をひっくり返すように飲んで、「そうかもしれねえが、この瞬間のやり取りで容易に想像つくぜ」
「そのうえ用心深く、疑りやすい。まあここまでは誰でも言えます」
妖艶な女はそこで微笑んで、
「あなた相当裕福な家庭に育ったようですね。旗本の長男、教育熱心な家庭。でも、とある宗教から長男は立たないと言われて、母親は宗教に走り、厳格な父が嫌で、酒と煙草、あと女もかな。それが好きなあなたは家を離れ放蕩する。そうでしょう」
「なっなっ!」
「そうなのか? 兄ちゃん」
今まで背を向けていた少女はひょいとこちらに背を向ける。
「ちげー!」
異様な男は怒気をはらんだ声で言う。
「どうかしら、ふふ」
妖艶な女はあざ笑う。
「だったらあててみろや、俺は千円札を取る」
異様な男は机に並んでいた三枚の札のうち、千円を取って、
「お前の手の中には何があるんだ」
妖艶な女は、深淵のように底のない、暗い瞳に、笑みをたたえ、
「千円札です」
手の中からもみくしゃの千円札を出した。
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