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和様異世界異様剣  作者: 眇田行
2/11

俺にはわからない

俺にはわからない 最後まで書けました

消したり投稿したりすみません(汗

入院しています

携帯で書いてます


◆◆

◆◆◆


 年は三十は超えているだろうか。異様な男、背丈が高く190cmは優に超えている。前髪が長くマナコが隠れ気味だが、そのマナコは血走っていて鋭く、それでいてどんよりとしていて、それは異様としか表現できないものの、端正といえば端正なのだが、痘痕がちらほらと、その端正な顔立ちを台無しにしている。

 近寄りがたい様であり、異様な男である。

 そして、異様な様はそれだけではない。

 木製の手枷に紐の首輪、それを身につけた麗しき女性。年は十代後半であろう、少女から抜け出しきれてない幼い女性。その麗しい女性を犬でも散歩に連れて行くように、首輪に紐を繋げてそれを引っ張るように連れているのである。

 侍らせているだけなら、異様とは言えないが、その様は異様としか表現できない。

「恥ずかしくありんせん?」

 麗しい女性が言葉を発した。

「何がだ」

 異様な男は言葉を返した後、琥珀色の液体の入った瓶を口に煽る。恐らく何かしらの酒だろう。

「この様でありんす」

「てめえ、奴隷なんだろ。恥ずかしがることはないさ」

「わっちは恥ずかしくありせん。主人様が恥ずかしくないかと問うているのでありんす」

 異様な男は彼女の言葉が気に入らなかったのだろう。苛つくように手に持った麗しい女性に繋がる手綱をぐいっと引っ張り、酒を煽る。

「さあな。でもよう、今の将軍様は奴隷商売に消極的だが前の家老と御大はそんなお優しい方ではなかったからな。大きな商家と組んで奴隷を大量生産してたのよ」

 一呼吸置き、酒を煽る。酒瓶は空になり、それを投げ捨て、長い前髪を弄ったかと思えば、次は煙草を懐から出し、火をつけて紫煙を燻らし始めた。異様な男は落ち着きがないが、その間手綱を離さなかった。

「だから十年くらい前は俺やてめえみたいなやつは溢れるほどいたわけだ」

 紫煙を思い切り吹き出し、それも団体でなと付け加えた。

「だから恥ずかしくないと主人様は言うでありんすか?」

「まあ、そういうことだな」

「主人様、それは昔の話でありんす。十年も前の」

 麗しい女性は何が面白いのか微笑みをたたえ、

「西洋ではこういう嗜好あると聞き及んでいるでありんす。西洋文化に明るくなった現代、主人様が性的倒錯者と思われてもおかしくないでありんす」

 異様な男は手綱を引き、「どうでもいい」と呟く。

「しかし南蛮にはそんな楽しみ方があるのか。俺にはそれは、皆目わからんねえ」

 異様な男の言葉に、麗しい女性は微笑みを完全に崩したものにした。

「主人様は本当に古いでありんす。西洋を南蛮というあたり、古さにも矜持を感じて、おかしいでありんす。さすがムサどの」

 異様な男は黙って手綱を引いた。


◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


 異様な男と麗しい女性は、その奇態を維持したまま酒場にまで赴いていた。

 異様な男はギネスビールに豚の腸詰、そしてザワークラウトを頼み、麗しい女性はフィッシュアンドチップスを頼んでいた。

 食事が始まり、男は女性の手枷を外した。しかし、首輪だけは外さず、手綱も離さない。その妙ちきりんな様に、店員も酔客も何も言わないのは、異様な男の只ならぬ気配に怖気づいたからだろうか。

「主人様、ビールは控えるのではなかったでありんすか? 痛風が怖いからって。まったくムサらしくもないでありんす」

「今日は解禁だ」

 異様な男は酒が好きなのだろう。愛おしいものを見つめるようにギネスビールを見、ジョッキを一気に飲み干した。

「にしてもムサらしくない食事でありんす。ヴルストなんて、ムサが食べるものでないでありんす」

「ウインナーを洒落た風に言うな」

 麗しい女性は笑う。この女はよく笑うようだ。

「ならば訊くが武者らしい食事とはなんだ?」

「ハギス?」

「それはエギリス人の猛者が食べるものだ」

 異様な男の返しに女性は再び笑い出し、「主人様は西洋のことに疎いと思っていたでありんすが、ハギスは知っているのでありんすね」

「食い物と酒のことはな。後はてんでダメだ」

「ムサらしいでありんすね」

 クフクフと笑う女性。それはとも魅力的な笑顔だ。

「そんな主人様に西洋について教授してしんぜようでありんす。そのかわり」

 さっきまで揚げた白身魚に向いていた箸が異様な男の皿にまで伸びた。

「ヴルストを一本いただくでありんす」

「だからウインナーだって。漬物食えよ漬物。大将! ギネスもう一杯」

 美味しそうに頬張る麗しい女性。口許に付いた油を手で拭き、箸先を異様な男に向ける。

「西洋では、人が死んだ後どうなると教えているか知っているでありんすか?」

 異様な男のもとにギネスビールが置かれ、それを嬉々と口にする。女の話しなどどうでもいいようだ。

「訊いているでありんすか? 主人様」

「ああ、訊いてるよ。確か六道輪廻でも黄泉でねえはずだったな。キリシタンとかいう宗教なんだろ?」

「流石主人様。物知りでありんす」

 ジョッキの縁を指で愛で、そして少しずつ飲む異様な男。

「でもよ。六道輪廻と対して変わらないじゃねえか。天国と地獄、どちらかだったはずだ。輪廻と解脱という概念がないくらいで」

「浅いでありんすね。ムサらしいでありんす」

「じゃあ説明してみろよ。ウインナー一本分のな」

 クフッと笑う女性。

「天国に行ったものは世界が終わった後、神とイエスの作った千年王国に行けるのでありんすよ、主人様」

「おいおい」

 異様な男は焦る。

「神って天子様のことか。その話題はいけねえ」

 麗しい女性は溜息を吐く。

「天皇のことじゃないでありんす。散々人を斬っている主人様がそんなことにこだわるなんて、流石ムサ殿」

 異様な男も溜息を吐く。

「西洋の神はデウスというでありんすよ、知恵遅れの主人様」

「誰が知恵遅れだ、誰が」

 手綱を女性の前に出す。今にも引っ張るぞと言いたげに。

「食事中でありんすよ、まったく」

 異様な男は焦慮に駆られたのか、手をピクピクとさせ、その手をジョッキに移して飲む。引っ張るのは止めたようだ。

「で、世界が終わるとはどういうことだ。後、千年王国とはなんだ。奴隷にウインナー一本は高くつくぞ」

 麗しい女性はまたぞろ笑う。彼女も異様といえば異様である。

「終末理論を知っているでありんすか? 主人様」

「なんじゃそら、理論ときたか。てめえ奴隷の癖に物知りだな」

「クフッ。じゃあこう言えば通じるでありんしょうか。主人様はムサなので知っているだろうと思うでありんすが」

 一呼吸間を置き、

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」

 すると異様な男は得意な顔になり、

「娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」

 その続きを諳んじて見せた。

「さすが主人様、ムサらしいでありんす」

「平家物語の冒頭だろ。今の将軍に聞かせてやてえよ」

「どういう意味かはわかっているでありんすよね? 主人様」

「あたりめーよ。まあ俺の解釈もまぜると“諸行無常”ってのは、形のあるものは必ず壊れるってことだな。どんなに栄えようと、それは跡形もなく滅するということだ」

 異様な男は得意げに語る。その様を相好を崩し見つめる女。

「この世界もでありんすか? 主人様」

「そうだ。死なない生き物がいないのと同じで、この世界も死ぬさ」

「それが終末理論でありんす」

 異様な男は得心がいったというように頷いた。頷くだけでもこの男、異様である。

「なるほどな。ふーん、でもよ。千年王国とはなんだ? 世界は滅びているのに、どこにその国を興すというんだ?」

「想像力の欠けた主人様、ムサらしいでありんす」

 麗しい女性はテーブルに手をのせ頬杖を突き、揚げた白身魚をもう片方の手で掴み口に入れ、口許についた油を舌で舐める。

 そして、その手を天井に向け指すのだ。

「天でありんす」

 異様な男も頬杖を突き、はんと言った。

「興味が失せたわ」

「なんででありんす? 主人様」

「どの道死ななきゃわからねえだろ。そんな王国があるかどうかは」

「そうでありんすね。それに主人様はどの道地獄行き、どうあがいてもわからないでありんす」

「つまらねえ話しだった。ウインナー返せ」

「腹に入ったものは返せないでありんす」

「そうかい」

 異様な男は酒盛りに戻る。ギネスを一気に飲み干して、

「死後の世界なんて、俺にはわからねえよ」

 そう呟く。


◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


 人のごった返した夜の街。しかし人がいくらいようと異様な男を見つけるのは難しくない。悪目立ちし過ぎているのだ。

 異様な男はのんきに歩き煙草を、それでいても手綱は決して離さないとでもいうように、しっかりと握っている。

 そしてその異様な男に近寄る者が現れた。

「兄さん、困るよ」

 西洋の軍事服のようで、胸には菊の紋章に、そしてサーベルを装備している。官憲、もとい、警察の男だ。

「ほら、主人様。岡っ引きに目をつけられたでありんす」

「岡っ引きとはひどいね、お嬢さん」

 異様な男は睨みつけるように凄んで、煙草を捨てた。

「本当は罰金なんだけどな」

「何が罰金なんだ? 奴隷を連れて歩くと、何の法に触れるんだい?」

「嫌、それは別にいいんだけどさ」

「あん?」

 異様な男は訝しむ。

「煙草がいけないんだ。ここら辺は禁煙特区にあたるんだよ、兄さん」

 異様な男は更に訝しんだ顔をする。

「禁煙特区とはなんだ?」

「まあ最近できた条例でね。知らなくても仕方ないんだけどさ。この辺りは喫煙ができないのだよ。ポイ捨てもいかんのだよお兄さん」

「俺が煙草を吸って誰が困るというのだ」

「わっちは嫌いでありんすよ、煙草。臭いが苦手でありんす」

 警察の男は「ほら」と言う。

「煙草を嫌う人もいるのさ。それに将軍の意向なのだよ、お兄さん」

「将軍、だと?」

「煙草の煙が身体に害があることがフリーの国、アメリカでわかったそうだよ。その事に殿下は大変ご懸念されてね」

「くだらねえ」

「何がくだらないのだい。殿下は禁煙特区を実験的に作り、次第に広げていくつもりだ。そうすれば、未然に病いを防げる。良いことではないか」

 異様な男は煙草を出し、火をつけて、

「人とは必ず病むものだ。どれだけ達者な者でもな」

 刀を抜いて、躊躇いもなく警察の首を斬った。

 周囲は一瞬、時が止まったように静まり、人殺しがあったことを理解し始め、混乱する。ただ単純な悲鳴に、殺しだと叫ぶ者、おカミを呼べ、助けて等、がなり立てるもの、十人十色に反応するが、皆一様に異様な男から離れる。

 そんな中、

「兄ちゃん! 殺しだぜ!」

「おいおい、てめえの野次馬根性はちと異常だぞ」

 もう一人の、異様な男と、子供が近づいてきた。

「あん?」

 異様な男は睨みつける。もう一人の、異様な男を。

 もう一人の、異様な男。背は高い方であるが、190cmを超える程ではなく、普通の、どこにでもいる青年。

 しかし、その青年は異様としか表現できないのである。その異様とは、まずマナコ。鋭さと狂気、それらを綯交ぜにしながらも、そのマナコは上の空の。そして何より顔色が悪く、クマがはっきりと見て取れる。

 異様な様は、もちろんそれだけではなく。

 子供。可憐な顔立ちをした少女。髪は短いが前髪をくくって簪をつけている。それでいて服は西洋のもの。フリルのあしらわれたドレスである。そして異様なのが、胴元に紐で繋がれていて、青年のもとに手綱があること。異様としか表現できない。

 異様な組み合わせが二組。その異様さは甲乙付けがたく、二人の男をどう呼び分ければよいか。甲、乙というわけにはいかない。強いて呼び分けるとするなら、大男と青年だ。

「てめえは落ち着きというものがない。すぐあっちゃこっちゃ行ってどっか行っちまう。この幼児用ハーネスとやらは当分外せねえな」

 異様な青年は言う。

「迷子紐といってくれよ、兄ちゃん。おいらは幼児じゃねえ」

「とりあえず、下がってろ。ガキ」

 青年は少女にそう言い、大男の前に出る。

「チェリーなんか吸ってんのか。随分と渋いな、おたく。葉の香りが良いとか」

 青年は煙草を出し、火をつけた。

「てめえはゴールデンバットか。安っちい煙草吸ってんな」

「男の中の男が吸う煙草だ」

「はん」

 二人は睨み合うが、間合いは一定ののものを保ち、まるで牽制しあっているようだ。

「しかし、官憲を斬るとはな。そんな勇気、俺にはないわ。なんで殺したんだい?」

「さあな」

「なんだ? 理由もなく殺したのか」

「どうだろうな」

「はっきりしない野郎だな。自分のこともわからないのか?」

「ああ」

 青年は眉を釣り上げ、煙草を噛み、異様なマナコで睨む。それに大男は右片手上段に刀を構えた。

「俺は俺のことがまるでわからねえ。何がなんだかまるでわからねえ。

 俺はわからないことばかりだ。

 人のことも自分のことも」


「俺にはわからない」


「自分のこともわからない」


「何がなんだかわからない。だが、いまわかることは」


 くーという低い唸りを大男はし、


「てめえを殺してえ!」


 青年に斬りかかる。

「チィッ」

 青年は辛うじて、鞘から刀を抜き、仰け反りながら受け止める。そして急いで鍔迫り合いに持ち込む。

「片手でその威力とは恐れ入った。俺の同田貫、曲がってねえか? 鞘に収まらなかったらどうすんだ」

 そうなのだ。異様な大男は片手で闘っているのである。右手は刀、左手は手綱。共に煙草は吐き捨てているが、青年はとうに少女と繋がる手綱は離している。そして、大男は手綱を引いた。どういうつもりなのだろうか。

「兄ちゃん、助けを呼ぶか !」

「まあ待て。こいつの手首でも切って生け捕りにして金一封と行きたかったが予定変更だ」

 青年は咆哮する。

「殺す!」

 体重をかけたのち、足を鳴らす。引き胴を、しかし大男は軽く受け、直ぐに右上段に構え青年に迫る。青年の足さばきも早いが、大男は韋駄天の如く。

 引き技に対し、どう対応するか、それをわかっているかのように。

 間合いは詰まり、大男は刀を振るう。

「コナクソ!」

 青年は左に逸れて、今にも転がる勢いで、それを避け、近しい間合いは分が悪いと考えたのか、逃げるように間合いをとる。しかし相手は右上段、打突距離も長く、攻撃的な構えに、その上大男なのである。得策とは言えない。

「教科書通りなら平正眼か?」

「真剣だぞ。てめえは突くことだけを考えた方がいい。勝機はそこにしかねえ」

 大男は手綱を引く。麗しい女性は大男に近づく。そこは闘の庭、危険である。

「まるでわかったような物言いだな。自分のこともわからない僕ちゃん」

「わからねえものはわからねえ。俺は素直なだけだ」

「無知の知気取ってんだか知らねえが気に食わねえな!」

 青年は胴体に突きを放つ。しかし易々と叩きはじかれ、流れ動作のように大男は青年の頭蓋めがけて刀を振るう。

「嘘つきやがった!」

 青年は寸前のところで足を鳴らし、後ろへ踏み込みなんとか躱す。突きは全力のものでなかったようだ。

「嘘じゃねえさ。お前の勝機は突きだけだ」

 間合いを取り、青年は「はん」と。大男はうーと鳴き、そしてなぜかまた手綱を引いた。

「わかったぜ」

 青年が言う。

「何がだ。上段の対策でも思いついたか?」

「違う」

「よくしゃべる奴だ。官憲が来るまでの時間稼ぎか?」

 青年は笑う。

「違うぜ」

 青年の異様なマナコが、笑っている。

「お前のことが、わかった!」

 青年は俊敏な動きで距離を詰め、刀を右肩上に担ぎ、回り込みをしたかと思うと打ち込む。担ぎ面か。

「はんっ」

 大男は動じない。間合いを読みきったのであろうか。一歩下がり構えを右上段のままにして。

 しかし相手は担ぎ面。その軌道は読みづらい。

 そして、青年の刀は⋯⋯大男の方にいかず、その軌道は紐の方にいった。麗しい女性に繋がる紐は、切られた。

「こうするとどうなるか」

 青年は早い足さばきで大男と麗しい女性の間に入った。

 大男は、動かない。

 嫌、動けないのだ。動じて動けない。大男の表情は異様。何がなんだかわからない、どうしたらいいかわからない。そう、訴えかけるような泣きそうな顔になっていた。

 すると、


「わっちは逃げたりせん! 両手で闘いんさい!」


 麗しい女性は吠えた。


 その言葉に大男、昏睡状態から意識が戻ったかのようにはっとした。そして、手綱を持っていた手を刀に添え、左足を前に出した。

 火の構え。

 天の構え。

 異様な、上段。


「お前にはわかるのか?」


「人のことがわかると言うのか?」


「俺にはわからない」


「自分のこともわからないんだ」


「まして、人のことなんてわかるものか」


 大男は呟き、青年は笑って言った。


「わからねえなら、わかる努力くらいしようぜ。てめえのそれは、子供の駄々だ」


 青年は、異様だ。この状況でも笑っている。

「今のお前と闘っても勝機はねえな。それがお前の本当の、本気の構えのようだ。頭のいい俺は、こういう時はな」

 青年は麗しい女性の方を向く。大男に背を向けた。


「弱い奴を殺すんだ!」


 青年は女性の方に、足を運ぼうとし、そして、

「やめてくれ!」

 大男は大声で乞う。

「そいつを殺すのだけはやめてくれ⋯⋯ 」

 刀を捨て、おろおろと、縮みこむように、願い乞う。大男が小さく見える。

「俺を殺すのはいい。そいつだけはやめてくれ⋯⋯ 」

「⋯⋯ 主人様」

 青年は真顔になり、そして問う。

「こいつが、大事なんだな」

「わからねえ⋯⋯ 」

「見てればわかる。大事なんだ」

「なんでわかるんだ?」

「誰だってわかる」

 青年は綻んだ。

「まず紐で繋ぎ止めてること。手放したくねってことだな。それにな、この女は見た目も着てるものも綺麗だ。誰も奴隷と思わねえぞ。そういうプレイとかいう嗜好の一環だと思われるな、はは」

 青年は刀を鞘に収める。その間、「おっ収まった」と安堵して、

「それにな、てめえはしょっちゅう手綱を引っ張ってたがな。この女の首は綺麗なもんだ。痣も綱跡もねえ。緩んだ紐をちょいちょい張ったものにしてただけだろ。闘ってるときも、あれは合図だろ? 出来るだけ近くに、それで後ろ。その方が安全だもんな。逃げられないように、それと、俺に狙われないようにってな。まあ詰めが甘かったわけだが」

 そして青年は懐から煙草を出し、火をつけた。

「兄ちゃん! 官憲どもがこっちに来てるみたいだぞ!」

 可憐な少女、今更ながらだが周りの様子を見ていたようだ。

「そうか。じゃあ逃げるか」

「じゃあ競争な! おいらが一等賞だ!」

 可憐な少女は走り出す。俊敏である。

「あーおい待てこら! 競争なんてするか! あーもうあいつ、ものは知ってるが、落ち着きがねえ。何かしらの発達障害を疑ったほうがいいかもしれん」

 青年も走りだそうとすると、

「待て」

 大男が止める。

「なんだよ、俺も一等賞をとりたいんだが」

「俺を生け捕りにするんじゃなかったのか? 嫌、殺すんじゃなかったのか?」

「俺は殺しが好かん。なるべくやらないようにしている。それとな」

 青年は煙草を捨て、頭を掻く。

「俺のすねは傷だらけだ。官憲なんかと関わりたがるかよ」

 大男は呆けた顔になる。

「じゃあなんで俺と殺り合った?」

 その問いに、青年は苦笑いし、


「はは、それは、俺にもよくわからん!」

 あんまりな答えに、大男は多少難しい顔をしたが、真剣味を帯びたものになり、言う。


「いつか、また殺りあおう。その時は、どちらかが、必ず死んでいる、闘いを、やろう」


「お断りしたいが、いいぜ。約束しよう。


 俺とお前は⋯⋯ また闘う。それはいつかはわからないが、早いか遅いか、どこかで、

 必ず闘い、

 雌雄を決しよう」


 異様な青年はそう言い残し、走り去った。



◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


 異様な男と、麗しい女性は街道を歩いていた。

 手には枷、首輪にと、切れた紐は結ばれていた。

 街道は暗く、男は懐中電灯の光を頼りに歩いていた。

「電気を発明した人は誰でありんしょ」

「エジソン」

「ムサらしくないでありんすー!」

 妙ちきりんな二人。しかし、距離感というものが、少し違うような気がするのである。見えるものでなく、見えない距離が。

「主人様は、わからないことだらけじゃなかったのではないでありんすか?」

「わからないことはわからないし、わかることはわかる」

「自分のことは?」

「わからない」

 風が吹き、砂埃が舞い、静寂を撫で、異様な男の長すぎる前髪が乱れ、女性はその様を綻んで見つめる。

「わっちのことは?」

「わからない、だが」

 異様な男は女性に向き合う。

「わかる努力をしてみようかと、思う」

 その言葉に女性はクフッと笑い、

「そうでありんすか。でもわからない方がいいと思いんす」

「なんでだ」

「きっと、主人様を困らせてしまうでありんす」

「そうか。でも、知ろうとしないと、わからないだろ」

「わからなくていいでありんすよ。だって」

 女性は男の前を歩き振り向いた。蠱惑的な笑顔。


「わかってしっまたら、主人様はわっちのことをわかる努力をしなくなるでありんしょ? そしたら、つまらないでありんす」


 男は前髪を弄り、煙草に火をつけて。

「とりあえず、これは外すか」

 異様な男は、手綱を持ってそう言った。

「嫌でありんす」

「なんでだ」

「なんででありんしょう? わっちにもわからないでありんす」

「そうか」

 異様な男は女の前を歩き、煙草を吹かして手綱を引っ張る。

「その気持ち、俺にもわかる。なぜだかわかる。言葉にできないがわかる。

わかるが、」

 異様な男が、笑顔を見せた。


「わかっても、どうしようもないこともあるんだな」


「わっちが、こういう嗜好が好きだとか思ってないでありんすよね?」

「馬鹿にするな」


 二人で笑い、異様な様相を維持したまま歩き去っていく。


◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


 異様な男と可憐な少女は、田園の中を歩いている。

 辺りは暗く、懐中電灯の光を頼りに歩いている。

 紐で繋がれ、少女は不満そうにその紐を弄っている。

「これじゃおいらはまるで奴隷だぜ。兄ちゃん」

「こんな身分の良い奴隷がいるもんか。その服と簪、高かったんだぜ」

「兄ちゃんが勝手に買ったんだろ! おいらは着せ替え人形じゃねえんだからな!」

「おいらっていうのを止めたら、好きなもん着ていいぞ」

 少女は「兄ちゃん、もしかして光源氏か」と男から少し離れて言う。

「貞操の危機を感じるぜ」

 青年は呆れたようにため息を吐き、

「てめえの知識は偏っている。もの知ってるが、きっと常識ってもんは知らねえんだろうな。例えば⋯⋯」

 異様な男は懐中電灯を見て、

「電気を発明した人は誰だ? 言えねえだろ?」

 と馬鹿にするような問い。そして少女は「あー⋯⋯」

 ともの悲しげにした。

「強いて言うなら、神様じゃねえか?」

「お前は思想も偏ってるのか。天子様がなんでも作ったとか思ってんの?」

「兄ちゃんの方がよっぽど偏ってるぜ。神様といえば天皇って⋯⋯ 。神様は他にもいくらだっているだろう。剣士なんだしタケミカヅチぐらい出てこないとダメだぜ」

 異様な男は難しい顔をした。

「あの⋯⋯ 、もしかしてエジソンじゃないの?」

 少女も難しい顔をする。

「兄ちゃん、エジソンが発明したのは電気じゃなくて電球だ。電気は現象だから発明とは言わないぜ。せめて発見だ」

「お前、ガキの癖になんでも知ってるな。本当に奴隷してたとは思えねえぞ」

「おいら、常識だと思ってたぜ」

 異様な男は考え込む。

「ガキが知ってて大人がわからないのはちょっとなぁ。恥ずかしいよ」

 少女は上機嫌で「まあおいらが天才なだけかもなぁ」と嘯き、でもと言って、

「おいらにもわからないことあるぜ。例えば昨日の晩飯の美味しさ」

「昨日の晩飯? そういえば昨晩は何食ったっけ?」

 少女は驚いたとでも言いたげな表情をして、

「あれを忘れるなんて、やっぱ兄ちゃん、相当酔ってたんだな」

「酔ってた? 俺は酔うことなんてねえぞ」

「嘘こけ。じゃあ晩飯の料理、なんて名だったか言ってみろよ」

「うーん、たしかエギリス酒場で、ウイスキー飲んで、その後⋯⋯ 俺は何を食べたんだ?」

「ほーら、覚えてねえ」

 少女は呆れたと言わんばかりに手を頭の後ろに組んで、

「ハギスだよ」

「ハギスだって! ハギスといや、羊のモツ料理らしきゲテモノ喰いのエギリス人が食べるという、あのハギス?」

「そうだぜ。兄ちゃんの呑みっぷりがいいもんだから、エギリス人の店主がカタコトで勧めてきたんだぜ。スコッチウイスキーに合うとか言って」

「それで⋯⋯ どうなったんだ? 俺」

「最初のうちは、二人でなんじゃこりゃーって言ってたんだよ。でも兄ちゃん、途中からハギスに適当な調味料ぶっ込んだかと思えばウイスキーもかけはじめて⋯⋯ それで」

 青年は続きを促すように「それで?」と言い、

「ハギスの美味しさがわかった! とか言ってよ。犬みたいにムシャムシャ食い始めたんだ。その後エギリス人店主のハゲた頭を叩きながらエギリス人は料理をわかってるって力説してたぞ。おいら、恥ずかしかったんだからな」

 異様な男は深刻そうな顔をして、そして「なるほどな」とわかったような顔して言うのである。


「わかることもあればわからないこともある。

 わかってたつもりが、間違えていることもある。

 それで、わかったとしても、そのことを忘れちまうこともあるんだな」


 男がうんうんと頷いていると、少女は「忘れない努力をしてくれよー」と言う。

 少女は男の前を歩くと、異様な男は急いで追い越す。

「そうだな。忘れない努力は大事だな。後、当たり前だがわかる努力もしなきゃ駄目だぜ。ハギスの美味しさしかり」

 少女はまた男を追い越して、「じゃあさ」と言って男の前で振り向いた。


「酒や煙草が、はた迷惑な代物だってことを、わかろうぜ」


 異様な男は少女を追い越し、その間少女の頭を撫でたかと思うとその手は懐にいき、煙草を出して火をつけた。


「わかってたまるか」


 少女は男の答えを予想していたのだろう。にひひと笑って、


「この世界は⋯⋯わからずやの集まりなんだな」


 わかったようなことを言った。





俺にはわからない 了


最後まで読んでいただきありがとうございます

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