プロローグ
ぼくは勝てない戦はしない主義だ。
負けず嫌いだが、自分の上限を客観的に把握できているため、自分が決して優秀な方ではないことも理解していた。
故に、自分のスペックでも対応出来る相手、環境、状況が整っていなければ、勝負の場に立つこともしない。
万が一立たざるをえない時は、勝てない相手に全力で取り組むなんて労力のムダだと判断して、粘ったりせずすぐ撤退する。
そんな姑息でムダにプライドが高くて、執着しないぼくにとって最も鬼門であるものが、恋愛だった。
恋愛は勝ち負けではないと言われるかもれないが、ぼくにとって振られるというのは負けと同義だった。
ぼくを好きになってくれるような奇特な人間は存在しない。
自分を客観的に見ているからこそ、断言出来た。
自分の生き方に納得し、好きなようにやってきたので尚更だ。
つまり、最初から負けの確定している勝負にわざわざ挑みたくなかった。
そんなぼくが、せめて彼氏を得ようと意識改革をしたのは、結婚適齢期を迎えた兄弟達が誰一人として、恋愛に意識を向ける様子が無かったためだ。
姉は仕事が恋人で、朝から晩まで会社に詰め、必要とあらば休日も出勤する準社畜だった。
友人付き合いも趣味もあるのに、異性には関心を寄せない。
兄はフリーター志願で、一度きりしかない人生、一つのことだけに取り組んで一生を終わらせる気はないと、バイトをころころ変えては収入を食と趣味に費やす。
一応跡取りという自覚はあったが、「こんな過疎で限界集落みたいな田舎に、好き好んで嫁いでくる人間いないって」と恋愛に消極的だった。
そんな二人を見てぼくは思った。
あ、この家滅びるわ。父さんと母さんは孫の顔を拝めないだろうな、と。
末っ子の特権で比較的好きにさせてもらっていたぼくは、今こそ親孝行をしなければならないと決意した。
結婚なんてする気は無かったし、最悪子供だけでも欲しいとは思っていたが、子供だけ欲しいならいろいろ方法はある。だからわざわざ恋愛──負け戦になんか──に挑む必要はないと、公言していたが、気持ちを切り替えた。
せめて彼氏を作って、スタンダードな恋愛をして、両親に少しは安心材料を提供しよう。
兄弟全員が全く恋愛も結婚もせず、ただ枯れていくなんて、そんなことはあってはならない。
(母がぼくらの結婚や、恋人が出来る事を楽しみにしているのは、なんとなくわかっていたのです。時々訊かれるから、全くないよと返答すると、その度にガッカリされていました。)
何を隠そう、ぼくは母さんが好きなので、少しくらいは喜ばせてあげたいのだ。
そんな不純な動機から始まった、ぼくの彼氏探し。
(ぼくという一人称を使ってるけど、ぼくは女です。なんでこんな一人称なのかは追々話します。)
これはぼくが初めてした恋と、ぼくを変えてくれた旦那にまつわる、結婚に至るまでの日々を綴った備忘録。
恥ずかしくも楽しかった出来事や、辛くて腹立たしかった出来事を忘れないように、書き記すことにした───遅まきの日記みたいなものである。
(不思議なもので、当時あんなにぼくの心を占めていた様々な思考や思い出が、歳を経る毎に曖昧になっていくのです。
あんなに鮮烈で、忘れまいと思っていたことでさえも。
加齢による忘却といえばそれまでですが、大切な思い出が色褪せていくのは怖いことですね。)