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1 後輩




 別棟にある教授の部屋まで講義で使った資料を届け終えた俺。

 大学からの貸し出しノートパソコンを残してきていたので、再びゼミの講義で使っていた教室に戻ると、そこには見慣れたゼミの後輩がいた。


「お前、まだいたの?」

「ええ、先輩にちょっと用事がありまして。あ、パソコンは返しておきましたよ」


 ありがとう、と答えつつもまだ疑問は解消されていない。

 俺に用事とは一体何だろう?

 この後輩に限って、半ば恒例になってるゼミの飲み会に参加したくないという理由から講義が終わると同時に教授にくっついてさっさと教室から逃げる俺の行ないを注意してくるわけないしな。

 机の上に行儀悪く座る後輩を視界に留めつつドアの横の壁に凭れる。

 そんな俺の動きを合図として、後輩は口を開いた。


「先輩って『レドグラ』やってますよね?」


 ギクリ、と心だけでなく身体を反応させてしまった。

 いや、まだだ! 諦めるな、俺!

 思わず肩を震わせてしまったところを見られていなければ、しらばっくれることもできる筈だ。

 落ち着け。落ち着いて対処すればダイジョーブ。


「……『レドグラ』ってアレだろ? あの、ちょっと前までテレビで面白いCMやってたヤツだろ?」

「あーそういえば、そうですね。最近のCMはアニメですけど、昔のCMって何か面白い感じでしたよね。何でしたっけ? えっと、グラファってる?」

「そうそう、ちょっとシュールな感じだったよな」


 あれ、某不動産会社のCMと同じタイプのシュールさがあって好きだったんだけど、何で止めちゃったんだろ?

 CMに予算割けるだけの利潤を得たからかなぁ。


「で、先輩って『レドグラ』やってるんですよね?」


 くそう、何で今の流れで逃げられねぇんだよ! 俺の回避スキルちゃんと機能しろよ!

 ああ、もう……この押しの強さは既に確証持ってやがるな。

 仕方ない、素直に対処しよう。


「ああ、やってるよ。で?」

「いや、自分も『レドグラ』始めようって思ってて、できれば先輩に色々と教え――」

「拒否」

「早ッ!」


 最後まで聞く必要がないからな。

 嫌なものは嫌なのだ。


「攻略サイトを見なさい。検索結果の上位三つくらいから選んで、初心者用ガイドライン流し読みしておけば、あまり後悔するようなことはないから」

「えー、ヤですよー。先輩が教えて下さいよー」


 しつこいな。

 というか、コイツは俺に何を教わる気なんだ?

 最近のゲームは余程特殊なジャンルでもない限り、ゲーム内にチュートリアルが用意されてるから操作方法を教えて欲しいわけではないだろう。

 となると、リセマラの当たり枠でも聞きたいのか? それなら、やはり専用のサイトを見てくれって話で終わりなんだが。


 といっても、実際にゲームに触れていない状態だとプレイスタイルが確立されてないから最高レア度を誇るキャラを引いたとしても自分に合うかどうかはわからないだろうなぁ。

 しかも、『レドグラ』は相性ゲーだから強いキャラが一体いたとしても敵相手に優位を取れないと普通に負ける可能性がある。

 それに第一章はともかく、第二章に入った途端、敵がかなり強くなるし……あー、そういえば、長期的なキャラ育成の優先度って見たことないかも。

 あれ、もしかして、教えて欲しいことってそういうこと?

 実はこの後輩、ちゃんと考えて俺の所に来たのか?


「だって、攻略サイトって何が書いてあるかわからないじゃないですか」


 うん、違った。ダメだコイツ、ただの馬鹿だ。

 何も考えちゃいねぇ。


「お前ってそのレベルで馬鹿だったんだなぁ……まぁウチの経済学部に入るようなヤツが馬鹿じゃない方がおかしいんだが」

「いやいや、何故に私、学部とセットでディスられてるんですか? ……あー、ちょっと待ってください。アレですね? 先輩、勘違いしてますね?」

「おいおい、後輩。俺が何年打ってると思ってる? 暗槓、大明槓、小明槓、全部きちんと晒せるさ。にわかは相手にならんぜよ」

「そのカンじゃない。プニプニの指で何言ってるんですか」


 そうじゃなくて、と人指し指を立てて俺がこれ以上余計なことを言わないように牽制する後輩。

 まぁ意外とノリが良かった点を評価して大人しくしておいてやろう。


「さっき言った『何が書いてあるかわからない』は記事の意味を理解できないってことじゃないですからね。『どんなネタバレが書いてあるかわからない』って意味ですからね?」

「じゃあ、最初からそう言えよ」

「読解力ッ。ちょっと先輩、もっと行間を読んでください」


 日常生活で行間読みとか普通に嫌だよ。

 小説ならともかく、対人関係でそんな面倒な苦労背負いたくねぇっての。


「……そんな面倒なことやりたくないとか思ってますね?」


 なっ!? こ、こいつ、俺の心を読みやがった! エスパーか!? テレパシーなのか!?


「ふっ、今度はこいつシンパシーじゃないだろうなとか考えてますね?」


 ああ、やっぱ違うわ。ただの残念な人だ。

 ウチの後輩、残念さんだったわ。俺、ちょっとショック。


「で、『シンパシー:お馬鹿キャラ』な我が後輩は俺に何を聞きたいのかね?」

「え、教えてくれるんですか? あんなに嫌がってたのに」


 おいコラ本当に共感できてるじゃねぇか。

 わかってたんだったら止めなさいっての、全く。そういうの、友達なくすぞ? いや俺が言えたことじゃないか。

 この後輩にとって俺は数多の友人知人の中の一人でしかないんだろうが、俺にとっては割とマジで貴重な話し相手の一人だ。

 この後輩から見放された瞬間、確実にゼミ内に俺の居場所が失くなる。どの派閥からも煙たがられている俺にはもう他に行き場がないのだ。

 単位さえ手に入ればいいし、卒業まで残り一年もないから適当にやり過ごせばいいという考え方もあるんだろうが、短期間ながら完全に孤立していたあの頃を思い出すと……うん、あの時期に感じていた気まずさはもう味わいたくないなぁ。

 だから、まぁ仕方がない。行間は読めないが、妥協くらいはできる。


「でも、質問は三つまでしか受け付けないから」

「うわ、ランプの精気取りだ、この先輩」

「いや、別に願いを叶えるわけじゃねぇし、それに当たり前だが俺の知ってることしか答えられねぇからな」

「ああ、ランプの精じゃなくてポ●ンガでしたか」


 いやその理論だと全人類がポル●ガになっちゃうから。誰だって自分にできることしかできないから。それが普通だから。


「仕方ないですねぇ。じゃあ、とりあえず、今日のところは三つだけ質問に答えてもらいましょう、猿の手先輩」


ツッコミどころは多いがスルーしてやろう。そろそろ、帰りたいし。


「では、第一問。デデン」


 セルフ効果音付きか。ノリノリだなオイ。

 ただこの流れだと第一の問題だからな? お前がしたいのは一つ目の質問じゃなかったか?


「『レドグラ』リセマラ当たりランキング第一位はSSRの竹中さん――で・す・が、」


 あーあ、ほら見ろ。完全に出題者になっちゃったよ。フェイントまで入れちゃって。

 質問どこいった。


「SR限定でのランキングではどのキャラが一位でしょうか。『A.吸血姫ドラキュア』、『B.キリングドール・サーティーン』、『C.アイシャ・レゼス』――さぁ先輩のアンサーは!?」


 しかも、三択問題かよ。自分で解答用意しちゃってるじゃん。

 もう質問が迷子になってるよ。

 こんな問題に構っている暇はない。早く迷子センターに行かなきゃ。

 コンナ所ニイラレルカー。俺ハ家ニ帰ルカラナー。


「ちょ、ちょ、先輩! 何、さらっと帰ろうとしてるんですか!? まだ第一問ですよ!」

「Bのサーティーンでファイナルアンサー。じゃ、俺、帰るから」

「正解です! って、あー! ホントに帰る気ですか!? あと二問残ってるじゃないですかー! ちょっと待ってくださいよー!!」


 待たない、決して。

 俺はドア越しに聞こえてくる後輩の叫びに心の中だけで応えつつ、夜の校舎特有の静寂を守る為に割と早足でその場から離れるのだった。


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